キーワードは「抑制の美学」。世界が「日本の小説」を愛してやまない、意外な魅力
近年、静かなブームから世界を舞台に大きなうねりを見せ始めている「日本の小説」。イギリスでは、2022年に翻訳されたフィクション小説の売上の25%を日本の小説が占め、2024年にはなんと43%にまで増加したという。
私たちが知らないうちに、国境を越えて多くの人々の心を掴んだ、その意外な魅力とは……?
立役者は「癒し系」小説
何気ない日常が織りなす、優しい世界
火付け役のひとつとして挙げられるのが、「癒し系」と呼ばれるジャンルの台頭だ。
コンビニエンスストアで働く36歳の女性ケイコを主人公とした村田沙耶香の『コンビニ人間』は、イギリスで50万部を超えるベストセラーとなり、日本の小説ブームを象徴する一冊となった。また、猫と飼い主との穏やかな日々を描いた新海誠の『彼女と彼女の猫』も人気を集めている。
これらの作品に共通するのは、日常に散りばめられた小さな喜びや哀しみを、繊細なタッチで丁寧に描写した世界観だ。競争社会やSNSの普及によって生きづらさを感じる現代人にとって、日本の「癒し系」小説は、疲れた心をそっと解きほぐしてくれる温かいお茶のような存在なのかもしれない。
「生きづらさ」の先に見出す希望
共感と癒やしを超えた、日本の小説の力
日本の小説の魅力は「癒し」の要素だけに留まらない。日本の小説を専門に翻訳するGinny Tapley Takemori氏は「日本の小説は読者が共感しやすい普遍的なテーマを扱っている」と指摘。「私たち人間は皆、ちょっと変わっているし、社会もまた奇妙なものだ。村田沙耶香の作品は、そのことを教えてくれる」とTakemori氏は語る。
その通り、先に紹介した『コンビニ人間』の主人公ケイコは、周囲との違和感に悩みながらも、コンビニというシステムの中で自分なりの居場所を見つけようと模索する。彼女の姿は、現代社会における「生きづらさ」を浮き彫りにすると同時に、同じように葛藤を抱える読者へ、静かな共感を呼びかけている。
世界の気分は「ジャパンディ」?
ミニマリズムと奥ゆかしさ、日本の美意識
日本の小説が世界で受け入れられる背景には、近年注目を集める「ジャパンディ」の概念との親和性も考えられる。これは、北欧のシンプルさと日本の伝統的な美意識を融合させたライフスタイルのこと。機能性と洗練性を兼ね備えたミニマルなデザインは、多くの人の共感を集めている。
日本の小説もまた、華美な表現を避け、登場人物の心情や情景を丁寧に描写することで、静寂の中に豊かな感情を表現する。この抑制の美学が、物質的な豊かさよりも心の充足を求める現代人の心に響くのかもしれない。
日本の小説が世界中で注目を集めているいま、私たちは改めてその多様な魅力と向き合う必要があるだろう。それは、一過性のブームを超え、閉塞感漂う現代社会における新たな価値観を示唆するものであるかもしれない。そして、私たち自身の内面にも問いかけてくる。
あなたは、日本の小説のどんなところに惹かれるだろうか。ページをめくるその先には、きっとあなただけの特別な物語が待っているはずだ。
👀GenZ's Eye👀
ちょうど1ヵ月前にインド・ニューデリー空港の書店で、日本の小説が並んでいるのを見て驚いたばかり。(私の大好きな柚木麻子さんの『BUTTER』も「MOST RECOMMENDED」セクションに置かれていて嬉しくなりました🧈)
日常の何気ない風景、心の機微を繊細に捉える日本人作家たちの言葉は、海外読者がこれまで気が付かなかった自分の内なる感情や感覚にも気が付かせてくれるのかもしれません。