図書館員はAIに代替される?──変わる「知」の役割
人工知能(AI)の進化は、図書館の運営だけでなく、図書館員という専門職の役割そのものを変えつつあります。こうした変化について、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の「Impact of Social Sciences Blog」では、図書館はAIによって「自動化された倉庫」へ向かうのか、それとも「知を拡張するサービス」へ進化するのか、という問いが提示されています。
AIは図書館員を代替する存在ではなく、専門性を補完・拡張する可能性を持ついっぽう、対応を誤れば図書館が利用者から取り残されるリスクも孕みます。本記事では、このLSE発の論考を手がかりに、AIが図書館にもたらす変化と、AI時代における図書館員の役割を考察。
AIによる図書館業務の変革と進化
AIの多岐にわたる図書館での活用
世界中の図書館では、AIが目録作成、メタデータ生成、利用者サービス、資料推薦など、多岐にわたる分野で活用されています。アメリカ議会図書館では、機械学習を用いて音声コレクションを検索可能にする「Speech-to-Text Viewer」や、職員やボランティアが自動生成されたメタデータを修正する「Humans in the Loop」といったプロジェクトが推進中。
国立公文書記録管理局(NARA)では、デジタル化された政府記録から個人情報を削除したり、アーカイブの初期説明を生成したりするためにAIを実験的に導入し、プライバシー保護と効率化を図っています。また、ChatGPTベースのデューイ十進分類法(DDC)分類ツールは、タイトルや主題に基づいてDDC番号を割り当てるのに役立ち、特に大規模なコレクションの分類作業において、従来の手作業に比べて大幅な時間短縮をもたらしています。
利用者体験の向上とアクセシビリティの強化
AIは、チャットボットや仮想アシスタントを通じて、24時間365日利用者にサポートを提供。オクラホマ大学図書館のチャットボット「Bizzy」は、一次・二次的な問い合わせに常時対応します。
さらに、スウェーデン国立図書館では、スウェーデン語のテキストでモデルをトレーニングし、ラジオ放送を文字起こしするツールの開発を進めています。シンガポール国立図書館委員会は、利用者が民話や古典物語を再構築するのを支援するAIツール「StoryGen」を導入しました。
これらの例は、AIが単なるバックエンドツールではなく、利用者体験の中核をなしつつあることを示しています。パーソナライズされた推薦やインタラクティブなストーリーテリングを通じてコレクションの魅力を高め、テキスト読み上げ、音声認識、翻訳などのAIツールを活用することで、特に障碍のある利用者や外国語の資料を利用する利用者にとって、アクセシビリティが大幅に向上しているのです。
AI時代における図書館員の新たな役割と重要性
AIによる図書館員の機能補完と専門性の深化
AIが簡単な質問に答えたり、メタデータを整理したり、資料検索を支援したりできるようになると、図書館員はより高度なリサーチ支援や地域社会とのコミュニケーションといった、より人間的な関与が求められる業務に時間を割けるようになります。
これにより、従来の役割の喪失や雇用の不安が懸念されることもありますが、AIは図書館員の機能を代替するのではなく、補完するものと捉えるべきではないでしょうか。
チャットボットが一次的な問い合わせに対応し、予測分析がコレクション開発を支援するいっぽうでその結果の解釈、指導、そしてAIには不可能な倫理的監督は、引き続き図書館員の重要な役割となります。
「教育者」「キュレーター」「倫理的ガイド」としての図書館員
AI時代において、図書館員は「教育者」としての役割を強化します。利用者がAIの検索結果を批判的に評価できるよう、アルゴリズムの仕組みや、バイアスや誤情報を見抜く方法について教育することが求められます。
また、「キュレーター」としての役割も進化するはずです。AI時代におけるキュレーションは、単に書籍や雑誌を選ぶだけでなく、AIモデルのトレーニングに使用するデータの形成、デジタル化・AIシステムへの提供資料の選定、機械可読な形式でのメタデータの構造化など、より広範な意味を持ちます。特に、地域言語の資料やコミュニティアーカイブをAIモデルのトレーニングに利用する場合、文化的文脈や言語のニュアンスを保持することが重要となるでしょう。
さらに、「倫理的ガイド」としての責任も増大します。AIシステムの利用におけるアルゴリズムの透明性、利用者のプライバシー保護、監視主導型のパーソナライゼーションモデルへの反対などを推進する必要があります。
国際図書館連盟(IFLA)や研究図書館協会(ARL)などの専門団体が、プライバシー、人権、アカウンタビリティ、公正なアクセスに関するガイドラインを作成しており、これらは図書館員が道徳的エージェントとしてその機能を拡大していることを示しています。
AI時代に対応する組織文化の醸成戦略
役割の明確化と継続的な学習の推進
AIの導入にあたっては、AIが担当する業務と人間が担当する業務を明確に定義することが不可欠。たとえば、「AI Library Services Innovative Conceptual Framework (AI-LSICF)」は、AIが提案や分析を支援する一方で、リサーチガイダンスやコレクションの監督は図書館員が主導すべきであると提案しています。
また、電子図書館情報(EIFL)などが提供するAIリテラシー、倫理、応用に関するモジュールは、図書館員がAIツールに精通するだけでなく、それらが人々とコレクションに与える影響を批判的に評価する能力を養うのに役立ちます。
協調的な設計と倫理的統合の重要性
図書館、技術者、法律専門家、そして利用者の間の協調的な設計は、包括性、透明性、関連性を優先するAIサービスを創出するために重要です。AIの利用においては、バイアス、透明性、プライバシーに関連する危険性を考慮する必要があります。
たとえば、米国の一部の図書館がコレクションの多様性監査にAIを導入した際、地域図書館員が調査結果を確認・検証しない限り、これらのツールがコミュニティのニーズを単純化または誤って表現する可能性があるという懸念がスタッフから表明。したがって、AIの倫理的な統合は、技術的な進歩と社会的責任のバランスを取る上で不可欠です。
考察:AIは図書館の「知」を拡張する触媒となる
AIによる「知」の民主化と図書館員の変容
AI技術の進化は、図書館が提供する情報へのアクセス方法と、図書館員が果たすべき役割に根本的な変革をもたらしています。
「LSE」の記事が示唆するように、AIは単なる自動化ツールではなく、図書館の「知」を拡張し、その社会的使命を深化させるための触媒となり得ます。特に、AIが目録作成や情報検索といった定型的・分析的なタスクを肩代わりすることで、図書館員は、利用者の深い理解、複雑な情報ニーズへの対応、そして地域社会との連携といった、より人間的で創造的な業務に集中できるようになります。
これは、図書館員が「情報の管理者」から「知のナビゲーター」へと役割を進化させることを意味します。AIの能力を最大限に活用しつつ、その限界(倫理的判断、文化的文脈の理解など)を補完する能力こそが、これからの図書館員に求められる資質となるでしょう。
未来の図書館像:人間とAIの共進化が描く新たな地平
「自動化された倉庫」ではなく「拡張されたサービス」という未来像は、AIと人間が対立するのではなく、相互に補完し合い、共進化していく可能性を示唆しています。
AIは膨大なデータからパターンを抽出し、効率化を実現しますが、その結果を解釈し、倫理的な判断を下し、利用者の心に寄り添うのは人間の図書館員。この協働により、図書館は、単なる情報保管庫から、学習、創造、そしてコミュニティ形成のためのダイナミックなハブへと進化するでしょう。
AIを倫理的に、そして戦略的に統合していくプロセスは、図書館が社会の変化に対応し、その存在意義をさらに高めていくための鍵となります。図書館は、AI時代においても、公平で開かれた知識へのアクセスを保証し、人々の知的好奇心を満たすための、不可欠な公共空間であり続けるのです。






