国立公園のなかにある暮らし4選
「国立公園」と聞くと、遠くで保全されている大自然や、特別な観光地を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、その風景は、いまも多くの人々が暮らす場でもあるのです。
実際、日本の国立公園は、昔から人々の生活の場と重なってきました。漁をする海、草を刈る草原、祈りを重ねてきた森──。それらは、利用と再生の繰り返しを通じて、その営みの中で風景が育まれてきた場所でもあります。
本記事では、単なる観光地としてではなく、“生活圏とともにある自然”という視点から国立公園を紹介していきたいと思います。ただ美しいだけではない、新しい風景に気づいてもらえるはずです。
歩きのスピードで、海と人々の暮らし、
そして復興の姿に触れる。
三陸復興国立公園
1955年に指定された陸中海岸国立公園は、2013年に東日本大震災からの復興を背景として拡張・再編され、「三陸復興国立公園」という名称になりました。公園内にあるのは、「海のアルプス」を呼ばれる大断崖やリアス海岸といった自然風景と、自然とともに暮らしてきた人々の姿です。

その風景や暮らしに直接触れ、体感できるのが、海岸沿いにつながる一本の歩く道「みちのく潮風トレイル」です。青森県八戸市から福島県相馬市までを結ぶ全長1,000kmに及ぶこのロングトレイルでは、変化に富む海岸線はもちろん、森、川の風景までが楽しめます。





今では国内外から訪れる多くのハイカーが「みちのく潮風トレイル」を歩きますが、彼らがそこで目にしたり出会ったりするのは自然やその風景だけではありません。
漁船の浮かぶ港では、高台移転が進んだ集落から通い漁業を営む人々、レジャーで海辺を訪れ釣りを楽しむ家族などの姿をよく目にします。
また、歩く人を見かけると話しかけたりもしてくれます。


海の自然は、豊かな漁場という恵みをもたらす一方で、津波という大きな脅威にもなります。その両面を何度も繰り返し経験した土地だからこそ、人々は海と向き合い、適度な距離を保ちながら暮らしを立て直してきました。
その“距離感”を肌で感じることができるのも「三陸復興国立公園」の魅力のひとつです。


陸前高田市にある名勝「高田松原」では、新たに整備された防波堤のかたわらで、津波により失われた松林の再生が続いています。植えられた苗木は地域住民やボランティアの手によって管理され、少しずつ以前の松原が戻りつつあるのです。
被災当時の記憶や将来の世代への教訓を伝えるために保存している伝承施設、「龍の松」や「奇跡の一本松」といった震災遺構もまた、「みちのく潮風トレイル」の各地で見られる風景です。


この地を歩くと美しい景色に目を奪われる瞬間と同じく、自然とともに生きるとはどういうことか?と考えることがあるかもしれません。また、復興する街や人々との出会いに勇気をもらえることもあるでしょう。
「三陸復興国立公園」は、景色を楽しむ場所であると同時に、自然と人の関係を静かに考える場所でもあるのです。
海女の海と信仰から
循環を知る。
伊勢志摩国立公園
「伊勢志摩国立公園」は、観光地として多くの人に馴染みのある公園といえます。公園内には絶景スポットとして知られる「横山展望台」や“天空のドライブウェイ”と呼ばれる「伊勢志摩スカイライン」、そして古(いにしえ)から現在に至るまで、多くの参拝客を集める伊勢神宮もあります。



そして、観光地として有名な「伊勢志摩国立公園」のもうひとつの顔が、“多くの人の生活の場”でもあるという事実です。
日本国内に35ある国立公園の約60%は国有地からなっていますが、「伊勢志摩国立公園」に限っては、その約96%が私有地であり、それだけ多くの人々が公園内で暮らしていたり、産業を営んでいたりするのです。

そのため、公園内ではこの地域ならではの暮らしを肌で感じることができます。
そのひとつとして挙げられるのが、長い歴史のある海女漁です。



その営みを眺め、実際にアワビやサザエを食することは「伊勢志摩国立公園」の楽しみのひとつではありますが、その背景に目を向けると、この地域のまた違った魅力に気づけるはずです。
長く受け継がれているのは素潜りによる漁の技術だけではありません。アワビには禁漁サイズがあり、潜水日数にも制限があります。これらは、海女漁が持続していくための明確なルールとして設けられています。
また、伊勢志摩の内陸部には、黒潮による温暖な気候により豊かな常緑樹の森が広がっており、木材や炭の確保など暮らしのために用いられてきました。そうした森から川を通って海へ注がれた栄養が、まわりまわって海女漁で獲られるような豊かな海の生き物を育む、といった生態系の循環も特徴です。
この地域では長い時間軸で、海も森も使うために育て、使ったらまた育てるといった“暮らしと自然の循環”が、数千年にわたって繰り返されてきました。
そんな海や山に対する畏れと感謝の気持ちは、祭りや年中行事のなかに自然に溶け込んでいます。観光資源としてではなく、暮らしの延長として続いています。

「伊勢志摩国立公園」の暮らしは、里山、里海といった言葉で語られることがあります。
自然をただ保全するのではなく、関わりながら維持してきた海と山のかたち──それこそが、この公園を形づくっているものなのです。
カルデラに広がる草原の風景から
“関わること”を学ぶ。
阿蘇くじゅう国立公園
火山活動によってできた凹地のことを指すカルデラ。国立公園の阿蘇地域は、世界でも珍しいカルデラのなかに人が暮らしている地域です。そして、阿蘇といえば誰もが思い浮かべる草原が広がる風景は、“自然のまま”に維持されてきたものではなく、人が介在することで受け継がれてきたものなのです。

阿蘇の大地は火山性の土壌で、そのまま広く水田に転用できる土地ばかりではありません。一方で降雨量は多く、カルデラに降った雨は地下へと浸透し、豊富な地下水として蓄えられます。
その水はやがて湧水となって流れ出し、白川水系などを通じて平野部(カルデラ床)へと広がります。つまり、阿蘇カルデラの外輪山と平野部は水でつながっているのです。



こうした自然条件のもとで、人々は山間部の草原を放牧地として活用してきました。現在も阿蘇では「あか牛」をはじめとする肉用牛の飼育が行われていますが、その背景には、草を資源として循環させる暮らしの歴史があります。
草原では茅(カヤ)が刈り取られ、茅葺き屋根の材料や家畜の敷料として利用されてきました。刈り取った草は堆肥としても活用され、平野部の農地へと還元されます。
そして、湧水に支えられた平野部では灌漑が行われ、稲作が営まれてきました。
つまり阿蘇では、草原・家畜・水・農地が分断されず、一つの循環として機能してきたのです。草原は、単なる“自然”ではなく、食や住まいを支える生産の基盤となっています。


そして、毎年春に行われる野焼き。観光のための行事ではなく、放牧や採草に不可欠な草原を維持するために、放牧や農業と同様に1000年以上続いている営みです。
野焼きがなければ、草原はやがて森林へと遷移していきます。一説には、野焼きをしなければ数年で山々はヤブに覆われた森となり、今のような草原の生態系は崩れてしまうとも言われています。
いま目の前に広がる阿蘇の美しい景色は、人の手が入ることで成り立っているのです。

肥沃で平坦な土地と湧水といった火山からの恵みと火山への畏れのバランスのなかで生きる方法を選び続けてきた結果が、阿蘇の風景です。そこで暮らす人もその一部としての役割を果たして、はじめて成立する自然がある。
「阿蘇くじゅう国立公園」は、そんなことを私たちに教えてくれます。
自然と人との関わりが、
風景をより深く彩る。
奄美群島国立公園
貴重な亜熱帯の生態系を有する「奄美群島国立公園」。湯湾岳(ゆわんだけ)や金作原(きんさくばる)など、厳格な保護管理が行われているエリアでは、認定ガイドのツアーに参加することで他にはない希少な自然を体感することができます。
公園内の亜熱帯の森に足を踏み入れれば、街の日常とはまったく異なる生き物のにぎわいに包まれます。


また、マテリヤの滝の清流や、あやまる岬から望む水平線は、奄美大島を代表する景観のひとつ。旅先としての魅力を求めて訪れる人も多い場所です。


豊かな自然が広がる「奄美群島国立公園」ですが、“人と自然の関わりの中で形成された風景や風土”を価値として保全・継承する、環境文化型の国立公園として指定されています。自然を守るだけでなく、自然とともに築かれてきた暮らしもまた、公園の一部なのです。
元来、この地域は山と川と海が近接する島嶼環境。台風が多く、潮風も強い。限られた土地と資源という前提のなかで、人々は暮らしを営んできました。

その一端は、徳之島の阿権集落に残る石垣などからも見て取れます。使われているのはサンゴ礁の石。台風や潮風から住まいを守るために積み上げられたものです。
また山中に残された、かつての生活に利用されていた古道や、耕作地跡、炭窯跡などからは、かつての島の人々の暮らしと自然の関わりに思いをはせることができます。
自然を避けるのではなく、自然素材を活かして暮らしを組み立てる。その知恵が、いまも風景の一部となっています。
また、たとえば五穀豊穣への感謝や来年の豊作を願うために「ショチョガマ」と呼ばれる片屋根の小屋を倒す奄美大島の「アラセツ行事」など、自然への畏敬の念を背景とした祭事や年中行事が、現在にいたるまで生活文化として脈々と続いている土地柄でもあります。

この地域を訪れると、自然への畏怖の念と同時に、自然が“克服する対象”ではなく、折り合いをつけながら共に生きる相手であることに気づきます。
制約があるからこそ、生まれる工夫がある。
厳しさがあるからこそ、根づく文化がある。「奄美群島国立公園」は、自然条件と向き合いながら続いてきた暮らしそのものを映し出す場所でもあるのです。
「守る」だけではない、国立公園の役割
三陸で時間の重みを知り、
伊勢志摩で循環の思想に触れ、
阿蘇で関わり続ける責任を感じ、
奄美で条件とともに生きる知恵を見る。
もしこれらの国立公園を訪れる機会があれば、風景だけでなく、その背景にある営みにも目を向けてみてください。その体験は、単なる観光を超えて、自然との向き合い方をほんの少し変えてくれるかもしれません。
あらためて、国立公園は、遠くにある特別な場所ではありません。私たちの暮らしの延長線上にあり、「守る」「使う」「続ける」という積み重ねのなかで、その価値が生まれてくるものなのです。

Top image:©環境省






