シトロエン、介護者のリース超過走行距離を年間1,000km免除

フランスの自動車メーカー・シトロエンが、介護のために車を走らせる人々へ向けた新プログラムを発表しました。リース契約の走行距離超過料金を、介護者に限り年間1,000km分免除するという取り組みです。誰かのために走った距離にペナルティを課さない——その問いかけに迫ります。

介護者が抱える「距離」の重荷

フランスには約1,100万人の近親介護者(proches aidants)がいるとされています。通院の送迎、日用品の買い出し、急な体調変化への駆けつけ——彼らが日々こなす移動は、自分の意思で選んだドライブではありません。介護目的だけで週平均約80kmを走行しているというデータもあり、年間に換算すればおよそ4,000km。決して小さくない数字です。

一方、フランスでは新車のおよそ2台に1台がリース契約で取得される時代になりました。購買力の低下を背景に、月額固定で車を利用できるリースは合理的な選択肢として広がっています。しかし、リース契約には走行距離の上限が設定されており、超過すれば車両返却時に高額なペナルティが発生する仕組み。自分のためではなく、大切な人のために走った距離が、そのまま経済的な負担としてのしかかるのです。

シトロエンが広告代理店BETCとの協業で2026年4月末に発表した「Les Kilomètres Solidaires(連帯のキロメートル)」は、まさにこの構造的な矛盾に切り込むプログラムでした。リース契約(LLD=長期レンタル、LOA=購入オプション付きリース)を利用する介護者を対象に、年間1,000km分の超過料金を免除。2026年末までフランス本土で適用されます。

シトロエンCEOのXavier Chardon氏は、同社の使命について「すべてのユーザーとその大切な人々の日常を改善すること」だと語っています。今回のプログラムは、その言葉を契約条件という最も実務的な場所で形にした試みといえるでしょう。

「すべての1km」は本当に等価か

本プログラムを手がけたBETC社長兼CCOのStéphane Xiberras氏は、フランスの広告業界メディア「AdForum」の記事において、この施策を「自動車料金体系の中で忘れられた人々、つまり他者を助けるために走らざるを得ない人々への後押し」と位置づけました。

ここで注目したいのは、シトロエンが提示した「見えないキロメートル(kilomètres invisibles)」という概念です。リース契約において、走行距離はあくまで車両の消耗を測る数値にすぎません。仕事の通勤も、週末のレジャーも、深夜の緊急搬送も、メーターの上ではすべて等しく「1km」としてカウントされます。

しかし、本当にすべての1kmは同じ重さなのでしょうか。シトロエンの答えは明確でした。誰かをケアするために積み重ねられた距離には、個人の消費行動とは異なる社会的な意味がある。その認識を、広告コピーではなく契約条件そのものに反映させたところに、この施策の本質があるように思えます。

近年、多くの企業がブランドパーパス(存在意義)を掲げるようになりました。けれども、その多くはキャンペーンメッセージやCSR報告書の中にとどまりがちではないでしょうか。シトロエンが今回行ったのは、商品設計のレイヤーでパーパスを「仕組み化」するという、より踏み込んだアプローチだったといえます。

日本にも届く「見えない移動」

この話をフランスだけの出来事として片づけるのは、少しもったいない気がします。日本においても、家族の介護を担う人は推計600万人を超えるとされ、その数は高齢化の進行とともに増え続けています。特に公共交通機関が限られる地方部では、介護における車の役割は都市部の比ではありません。通院やデイサービスへの送迎、役所での手続き——移動そのものが介護の一部になっている現実があります。

日本でもカーリースやサブスクリプション型の車両利用サービスは着実に広がりつつあります。走行距離に応じた料金体系が一般化していく中で、「どんな目的の移動も一律に扱う」という前提は、いずれ問い直される場面が出てくるかもしれません。

もちろん、介護者であることの証明方法や制度の公平性をどう担保するかなど、実装にあたっての課題は少なくないでしょう。それでも、シトロエンの試みが示したのは、サービスの契約条件という一見無機質な領域にも、社会的な想像力を差し込む余地があるということです。

定額制やサブスクリプションが生活のあらゆる場面に浸透する時代だからこそ、「利用量」という数字の裏側にある文脈を読み取る姿勢が、企業にもサービス設計者にも求められているように感じます。走行距離計が刻む数字の一つひとつに、誰かの暮らしと、誰かへの思いが宿っている。シトロエンの「連帯のキロメートル」は、そんな当たり前のことを、私たちにそっと思い出させてくれるプログラムです。

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