adidasが問い直す「2足1組」という見えない不公平
adidas(アディダス)が、脚の四肢欠損を持つ人々に向けた「Single Shoe Service(片足シューズ販売サービス)」をヨーロッパ22カ国の直営店舗で開始しました。同社の公式プレスリリースによると、ペア価格の半額で片足だけを購入できるこの仕組みは、靴の「売り方」そのものを変える試みです。
「2足1組」が排除になるとき

私たちが靴を買うとき、「2足で1セット」であることに疑問を持つ人はほとんどいないでしょう。けれど、脚の四肢欠損——先天的な疾患や事故による切断などで片脚を失った方々にとって、この「当たり前」は長年にわたる経済的・心理的な負担の源でした。必要なのは1足だけなのに、ペアで購入し、使わない片方を捨てるしかない。その不合理さは、小売の仕組みが「すべての人は両足に靴を履く」という前提で設計されていることから生まれています。
adidasのSingle Shoe Serviceが画期的なのは、新しい「アダプティブ専用シューズ」を開発したわけではない点にあります。店頭に並ぶすべてのフットウェア——大人用も子供用もセール品も——が対象で、ペア価格の50%で片足だけ購入できます。つまり、特別な製品ラインを作るのではなく、既存の販売条件そのものを書き換えたのです。
トレンド分析プラットフォームのTrendWatchingは、この取り組みを「Sympathetic Pricing(共感的価格設定)」というトレンドに分類しています。価格やパッケージングといった、一見中立に見える仕組みの中にこそ、特定の人々を排除する構造が潜んでいる——そんな視点を、adidasの施策は鮮やかに浮かび上がらせているのではないでしょうか。
当事者の声が動かした仕組み
このサービスの実現には、障がい者コミュニティとの深い協働がありました。英国パラリンピック委員会(ParalympicsGB)や、パラリンピック運動の歴史を描いたドキュメンタリー映画『Rising Phoenix』の制作会社Harder Than You Thinkが主要パートナーとして参画。当事者の日常的なリアリティを起点にサービスが設計されたとのことです。
注目すべきは、切断者ランナーのStef氏の存在でしょう。同氏はNike、adidas、Pumaなど大手ブランドに対し、片足購入オプションの提供を求める「One Shoe」キャンペーンを展開してきた人物です。同氏が指摘していたのは、ブランドが店頭に切断者のマネキンを飾りながら、実際には片足での購入に対応していないという矛盾でした。「表象としてのインクルージョン」と「実装としてのインクルージョン」のあいだにある溝——それは、多くの企業が見て見ぬふりをしてきた課題かもしれません。
Stef氏はadidasのサービスを実際に体験し、こう語っています。「26年間の切断者生活で、この状況が初めて普通のこととして扱われた。片足の靴を持って店を出たとき、初めて自分が問題ではないと感じた」。この言葉の重みは、サービスの本質を端的に物語っています。
なお、Nikeも一部店舗で片足販売を実施していましたが、事前にカスタマーサポートへの連絡が必要で、店頭に案内表示もなかったとされています。adidasが全直営店舗で、特別な手続きなしに利用できる仕組みを整えたことは、アクセシビリティの面で大きな前進といえるでしょう。
製品と仕組み、両輪の戦略

adidasのインクルーシブな取り組みは、販売システムの変革だけにとどまりません。同社はパリ2024オリンピック・パラリンピックで使用されたアパレルの86%にインクルーシブデザイン原則を適用。車椅子や着座アスリート向けのアダプティブバスケットボールユニフォームも開発しています。さらに2026年3月21日の世界ダウン症の日には、ダウン症の当事者と協働開発した初のアダプティブ・パフォーマンスランニングシューズ「Supernova Rise 3 Adaptive」を発売しました。
製品そのものを変える「プロダクトイノベーション」と、売り方の前提を変える「システムイノベーション」。この両輪が揃ってはじめて、インクルージョンは表面的なメッセージから、日常の買い物体験を変える力へと進化するのだと感じます。
学術誌『Frontiers in Public Health』に掲載された研究によれば、外傷性切断の世界的な有病者数は2019年時点で約5億5,245万人(指や足趾を含む)にのぼり、1990年から約49%増加しています。また、米国の研究では同国内の四肢欠損者は約230万9,000人と推計され、その約91%が下肢切断とのこと。糖尿病や末梢血管疾患の増加に伴い、この数字は今後さらに拡大が見込まれています。
前提を「外す」という革新
「靴は2足で売るもの」という、誰も疑わなかった前提。それを変えるのに必要だったのは、革新的なテクノロジーではなく、「誰のための仕組みなのか」を問い直す視点でした。adidasの取り組みは、インクルージョンとは特別な何かを「足す」ことではなく、不公平な前提を「外す」ことでもあるのだと、静かに、しかし力強く教えてくれます。






