【失礼な敬語】「させていただく」の使い方を間違えていませんか?
謙譲の表現というと「させていただく」を思い浮かべる人は少なくないと思うが、使いこなすことが相当難しい表現である。それでは「させていただく」について解説していこう。
単なる「する」の謙譲語ではない
「させていただく」には大きく分けて2つの用法がある。厄介なことに、その2つは相反する性質を持っている。
1つ目は「厚かましくて申し訳ないと思いつつ、私は~する。ありがたいことに、それをあなたが許可してくれたから」という気持ちで用いるものだ。まだ許可が下りていない行為について述べるときには「させていただけますか」という願望や問いかけの形になる。
もう1つは、相手の意向など全く考慮せずに「私は~する」と一方的に宣言するものである。言葉づかいは丁寧でも自分勝手なことをするわけだから、表現と行為のギャップが大きい。
このように「させていただく」は単なる「する」の謙譲語ではない。謙虚な表現だと思い込んで「させていただく」を多用すると、本人の意志と裏腹に、失礼な人という烙印を押されかねない。
GOOD!な使い方
「早退させていただけないでしょうか」
まず「させていただく」が動詞「する」の使役形「させる」と、「~てもらう」の謙譲語「~ていただく」からなっていることに注目したい。使役形には、本人がしたがっていることをしてもよいと認める使い方がある。「~てもらう」はその人から受けた恩恵への感謝のこめられた表現だ。その人物が目上の存在であれば「~ていただく」となる。
したがって「させていただく」を用いる際には、「人が何かをすることに許可を出す誰か」と「することを許してもらう誰か」がいなければならない。
「頭痛がひどいので、申し訳ありませんが、今日は早退させていただけますでしょうか」
これは意味からいうと許可と恩恵、文法的に見れば使役と謙譲という、まさに正統派の「させていただく」である。これが1つ目の用法だ。
慇懃無礼な言い回し
「会社を辞めさせていただきます」
もう1つの「させていただく」は、相手に失礼であることを十分に承知しながらあえて用いる。意図的な慇懃無礼である。
「会社を辞めさせていただきます」
この意味は「こんなとこやめてやる!」と同じだが、そんな捨て台詞を吐くのではなく、わざわざ謙譲表現「させていただく」を使うのである。これは、低姿勢な言い方でありながら、決定事項を一方的に通告している。相手を不愉快にさせるために用いているのだ。
敬語は相手を苛立たせもするし、怖がらせもする。「やめさせていただきます」と相手の了解を得ることなく申し渡すのは、「させていただく」の本来の姿ではないのだ。
2つ目の用法、すなわち、失礼な相手に対して、それを上回る「失礼のお返し」をしようとわざと必要以上の敬語を用いるのが、戦略として行う慇懃無礼である。
「させていただく」→
「いたしました」で十分な場合も
「させていただく」を使う必要がない、または使わないほうがよいケースも挙げておこう。
(寄付金を募っている団体に宛てて)「少額ですが送金させていただきました」
(新入社員の自己紹介)「この春、A大学を卒業させていただきました」
(若い女性タレントのブログ)「このたび入籍させていただくこととなりました」
相手の許可も依頼も恩恵も受けていないような場合に「させていただく」は使えない。自分の行為を丁寧に述べたい場合、相手を立てる低姿勢な言い方にしたい場合は、「いたす」を使えばよい。「する」の謙譲語「いたす」はそのために存在する。
「送金いたしました」「卒業いたしました」「入籍いたしました」で丁寧な気持ちを伝えることができる。場合によっては単に丁寧語で「しました」でも構わない。無理に「させていただく」を使うことはない。
「締切は10月末とさせていただきます」
決定事項の伝達には失礼
自分で決めたことを低姿勢に述べるつもりで「させていただく」を連発するのも考えものである。
「締切は10月末とさせていただきます」「著者校正は2回とさせていただきます」
これはある企画会議における出版社の人の言葉だそうだ。「~です」のへりくだった形が「~とさせていただきます」だと勘違いしている人は少なくないが、自分が決めたことを相手に伝達するとき、または相手の了承を得たいと願うときに「させていただく」を使うと、慇懃無礼になってしまう恐れがある。
「させていただく」を一度も使わなくても言いたいことを伝えることができる。
「締切は10月末です」または「10月末までに原稿をお送りいただけますか」「校正は2回までにしてくださるようお願いいたします」
敬意は全く失われず、むしろ「させていただく」よりもはるかに謙虚な言い方になる。「させていただく」に自己規制を書けると、言い回しを工夫するよい訓練になる。
『失礼な敬語 誤用例から学ぶ、正しい使い方』
コンテンツ提供元:光文社
日本語・フランス語教師。青山学院大学文学部フランス文学科卒業後、パリ第八大学に留学。東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程単位取得退学。フランス語通訳ガイドを経て1990年より大学非常勤講師になる。著書に『かなり気がかりな日本語』(集英社新書)『バカ丁寧化する日本語』(光文社新書)など。