まだ咲き誇っている、都内にある「枯れない桜」。

4月の2週目も、もうすぐで終わりを告げようとしている。早く休みにならないかと願っていたのに、都内の桜が散ってしまった今、いざ週末を目の前にすると何をしたらいいかがわからない。

そう思っていたけれど、視点を変えさえすればそんな事はないのだと気づかせてくれた、後輩とのある会話がある──。

金曜の昼下がり、溜まっていた仕事を片づけて、待っていた後輩と一緒に会社近くのイタリアンへ行った。

店オススメのナポリタンを注文してから顔をあげると、丸テーブルの向かい側で後輩が気をつかったようなカタイ表情をしていた。

実践を積んで経験値をあげることが大事だとされているこの会社では、新入社員は毎年、入社後すぐ各部署に配属される。

彼女を見ていると、こちらにまで緊張感が伝わってくると同時に、どこか初々しい気分になった。

「今週末、母が遊びにくるんです」

パスタがくるまで他愛ない話をしていた私達。けど、いざ食べ始めると後輩はリラックスした表情で言った。

「良かったね!」

この2週間、気を張りっぱなしだった後輩の嬉しそうな顔を見て、私は安心して言った。

「ただ、どこに連れて行こうか迷ってまして…。桜ももう散ってしまいましたし、お花見というわけにはいかないので…」

聞いてみると、後輩は地元で毎年、母親と花見をしていたそう。思い出すかぎり、一緒に桜を見ることができなかったのは今年が初めてなんだとか。遊びにくるタイミングも、歳が離れた弟の入学式に出席するため4月の半ばになってしまったらしい。

(何か良い案はないかな…)と、思いをめぐらせていると、ふと思いついた。

見せたのは、つい先日SNSに投稿した写真。

「アポに行った帰りにお腹が空いたから買ったんだ。ホテルやデパートにあるお菓子屋さんなんかは、桜をモチーフにしたスイーツがまだ売ってて」

「そうなんですね」

「東京駅の周辺だったんだけど、あそこらへんだとカフェも多いし、テラス空間が設けられている通りもあるから歩き疲れても大丈夫。近くに美術館や皇居もあるし、ちょど良いんじゃないかな?」

「ありがとうございます!実は、お母さん東京には何度も来たことがあるので、せっかくなら今回はゆっくりして欲しいと思っていたところでした」

「ならよかった。あと、日本橋だとまだ桜色にライトアップされてる通りもあるよ。今週末までみたい」

「キレイ!ここ、ずっと気になってたんですけど、なかなか見にいく機会がなくて」

「そっか、なら良かった。確かに桜は散っちゃったけど、視点を変えたらまだお花見はできるのかもね」

後輩は嬉しそうに頷いた。この2週間で一番リラックスした彼女の表情を見て、なんだか私まで嬉しくなった。

その日の夕方、定時に帰る後輩の足どりはいつもより軽かった。まだそれほど大きな仕事は任されていない彼女は、いつも申し訳なさそうに私達の横を通って帰っていくのだけれど。

午前中にだいぶ仕事を済ませていたこともあり、私もそれから間もなくして帰宅。帰り道、久しぶりにお母さんの声が聞きたくなって実家に電話した。

お母さんは、弾んだ声でお父さんや弟のことを話してくれた。私も東京での生活の近況や昼間の後輩との会話を話した。

そうこうしているうちに家について、携帯を耳にあてたまま玄関の扉を開けた。

「おかえり」

電話越しに音を聞いてか、お母さんのやわらかい声が耳元で響いた。一瞬だけ、実家に帰った錯覚がして、疲れていた心が安心感で満たされていくのを感じた。

「ただいま」

本当に大切な人とは、離れていてもつながっている──。

遅れた桜が運んできてくれた優しさに、私は思わず目頭が熱くなった。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。