【対談】原田 郁子 × 柳樂 光隆 「エルメート・パスコアールの魅力」

5月、ブラジル音楽界の巨匠、エルメート・パスコアールが来日する! それって誰? というあなたには、これを機会に彼のことを知ってもらえたら嬉しい。もし気に入れば、ライブに行って実体験できる。かなり貴重なチャンスなのだ。

奇才、楽聖、無形文化財など、数々の異名を持つ彼は、マイルス・デイヴィスに「この星で最も重要な音楽家のひとり」と評されたなんて言われている存在。14歳でプロデビューし、2017年に御年80歳を迎え、今でも精力的に活動を続けている。

ここでは、ツアーを運営する団体「FRUE」が、彼の魅力を伝えるために用意した対談企画を紹介する。ジャズ評論家の柳樂 光隆さんと、昨年の来日公演でエルメートを初体験したクラムボンの原田 郁子さんが、彼を知ったきっかけや、その音楽、ライブの魅力について語ったものだ。

ふたりから見たエルメートとは?


 

音楽じゃないものを音楽にできる人。

柳樂 光隆(なぎら みつたか)

ジャズ評論家。

21世紀以降のジャズをまとめた『Jazz The New Chapter』シリーズの監修者。2002年以来、エルメートの来日公演に毎度足を運ぶ。初めて聴いた作品は『Lagoa Da Cano A Município De Arapiraca』。

それまで聴いてきた音楽とは全然違う言語に聴こえて、とてもユニークに感じた。

原田 郁子(はらだ いくこ)

バンド、クラムボンのヴォーカリスト/キーボーディスト。

ジャズに目覚めた頃、エルメートの世界に衝撃を受ける。初めて聴いた作品は『Slaves Mass』。

 

──エルメート・パスコアールを知ったきっかけから教えてください。

 

柳樂 光隆

マイルス・デイヴィスのバンドに参加していて、まず名前を知りました。そのあとで、ジャズ喫茶でエルメートのレコードを聴いて、変わったスキャットやよく分からない音が入っていて、面白いなと思って聴くようになりました。

 

原田 郁子

私は10代の頃、レコード屋で見かけて、眼鏡に鍵盤が映っているアルバム(『Slaves Mass』)を買いました。セロニアス・モンクの『In Italy』ってアルバムがあって、そのジャケにも通じるものがあり、“なんか凄そうだ”っていう、ただならぬオーラを感じて。聴いてみたら“何だこれは!?”と、ビックリしました。

柳樂

僕がこのアルバムを最初に聴いたときは、マイルスやチック・コリアのようなちょっとハードなジャズ・ロック風味のフュージョンの先にある、良く分からないものという印象でした。エルメートがアメリカのミュージシャンと一緒にやっている音とは違う感じだし……原田さんが鍵盤奏者として『Slaves Mass』を初めて聴いたとき、どう思いましたか?

 

原田

まず、ぱっと聴いて何が起きているのか分からなかったです(笑)。ものすごく高速のフレーズがあって、アドリブなのかと思ったら、管楽器がユニゾンしたりして。“え!これって譜面があるの?!”って。譜面があるとしてもすごいし、譜面がなければもっとすごい!って思ってました。“ビックリマーク”と“ハテナマーク”が頭上にいっぱい出るような感覚でした。あの、この謎はいまだに解けていなくて……彼らに譜面はあるんですか?

 

柳樂

基本的にありますね。譜面集を出しているくらいですし。だから、曲を聴いていてもキメキメな部分も多いですよね。

 

原田

そうなんですね。例えば、瞬間的にあるフレーズを思い付いたとしても、それを楽器で演奏する技術、さらにバンド・アンサンブルにできるっていう全員の表現力。まるで巨大な建造物を見ているような、緻密で精巧な部分と、フリーで爆発している部分が混在していて、浅いながらにそれまで聴いてきた音楽とはまた違う言語に聴こえて、とてもユニークに感じたんですよね。

 

柳樂

確かに、キーはこれでテーマはこれ、あとは自由に即興でっていうジャズとは全然違いますよね。にもかかわらず、抽象的な部分や謎も多いのも魅力だと思います。原田さんがエルメートを好きになったときって、友達で好きな人いましたか?

 

原田

いえ、インターネットもない頃だったので、レコード屋の店長さんに“これもいいよ”って、教えてもらうという、本当に口コミで。

 

柳樂

僕もそうです。さっき言ったジャズ喫茶のマスターに『なるほど!ザ・ワールド』ってテレビ番組にエルメートが出ていたとか、あとは豚をレコーディング現場に連れてきたとか……。

 

原田

え!? その映像見たいです!

 

柳樂

そういう断片的な情報だけを仕入れて、とりあえず片っ端から作品を買ってみたりしていました。そうするとジャケットのアートワークも謎で、自分のなかでエルメートの神秘性がさらに増していきました。

 

──エルメートのライブをはじめて観たのはいつですか?

 

柳樂

僕は2002年ですね。エルメートのほかに、サン・ラ・アーケストラ、メデスキ、マーチン&ウッドなどが来て、よみうりランドで開催されたTrue People's CELEBRATIONというフェスティバルで観ました。

 

原田

うらやましい……。いかがでしたか?

 

柳樂

バンド編成でエルメートはヤカンを吹いたりもしていて、あと確かコンクリートの塊に鉄パイプを落として、音階を出したりしていました。レコードで聴いた時に感じていた、ヘンテコなままのライブでしたね。原田さんが最初に観たのはいつですか?

 

原田

私は去年の来日公演が初体験でした。渋谷のWWW Xに着いたら、もうお客さんでパンパンで、“まずい、エルメートの手元が見えない”と焦って(笑)、会場の一番前の扉からどうにか入ったら、ちょうどステージ前に子供たちがたくさんいるエリアがあって、そこに混ざって観させてもらいました。

 

──近くで観てどうでしたか?

 

原田

いや、“夢かな”と何度も思いました。まさかエルメートのライブに行ける日が来るとは思っていなかったですし、伝説上の人物に遭遇してしまったような……。今、目の前でエルメートが楽器を弾いている! その音を生で聴いている! もう胸がいっぱいでした。

めちゃくちゃ速いパッセージのフレーズを弾く姿を直に見られる贅沢というか。たぶん、私、ずっと笑っていました。感動して涙が出るというより、楽しくて笑っちゃう(笑)。

柳樂

エルメートは本当に衰えないというか、よく“ダバダバダバ……”って早口で言うじゃないですか? でも、おじいちゃんなのに全然噛んだりもしないし、息切れもしない。僕は2002年から、来日するたびに見ていますが、毎回違う遊びがありますね。2017年だと豚のオモチャをみんなで鳴らしたりしてましたよね?

 

原田

最後にメンバー全員がステージの前に出てきて、楽器じゃないようなオモチャとか、小さいお鍋みたいなもので順番にリズムを出して、重ねていき、生音を出したままステージから去っていったんですけど、それが凄く自然でチャーミングでした。

“この人たちには、ステージとかライブとか関係ないのかも”って。いつでもどこでも音を鳴らす、そこにはリズムがあるっていうような、彼らの日常が垣間見られたようで、ワクワクしたんですよね。

さっき、柳樂さんが“フュージョンっぽいけど違うもの”っておっしゃっていましたけど、エルメートの音楽が難しく聴こえないのは、やっぱりそこにリズムの気持ち良さや、おおらかさがあるからじゃないでしょうか。

 

柳樂

確かに、ずっとポリリズムが鳴っている感じですよね。アルバムを聴いても管楽器のフレーズもリズムっぽいリフが多いですし、ピアノもあまり和音を重ねたりしなくて、もっとフレーズっぽい。

 

原田

私、YouTubeで観られる、大自然の滝の中でエルメートたちが水面で音を鳴らしたり、瓶を吹いたりしている映像が大好きなんですよ。獣のようでもあり、子供のようでもあり、でもちゃんとアンサンブルになっている。

 

柳樂

2017年のライブは若いピアニスト、アンドレ・マルケスが参加していたのもよかったですね。彼はアメリカのジャズ・ミュージシャンとも共演していて、今のアメリカの若いジャズ・ミュージシャンがやっているようなテイストを出しつつも、エルメートのバンドの音楽をやっていて。それがフレッシュな感じを生んでいて、面白かったです。こうやってバンドのメンバーが入れ替わるのも良いことだと思います。

 

──2018年の来日ではじめてエルメートのライブを観るというお客さんに、どこ部分を意識して見ると面白いなど、アドバイスできることはありますか?

 

原田

長年のファンで詳しい方もたくさんおられると思いますが、前知識なしでも楽しめると思います! あと、去年ライブを観に行ったときに子供が多かったことも嬉しかったですね。びっくりしたり、ワクワクしたり、釘付けになったり……でも、やっぱりメンバー全員の手元が見たいです(笑)。

 

柳樂

あんなに難しそうな演奏しているのにかかわらず、楽しそうですよね。

 

原田

ですよね。ものすごく練習しないと、あんな演奏はできないと思うんですけど、バンドが本当に素晴らしくて、“わー、エルメートと演奏できるってとてつもないことなんだろうなぁ”と思ったりもして。そういう“嬉しい”とか、“楽しい”っていう、“陽のパワー”を音の中から強く感じるんですよね。

 

柳樂

最近、ジャズの界隈だと、フランスのシャソールや、晩年のプリンスのサポートを務めていたモノネオンとかが、誰かがしゃべっているYouTubeの動画に合わせて、喋りと同じタイミングと音程を、楽器で弾くということをやっていますが、エルメートはそういうことをいち早くやった人でもあって。

彼は音楽と音楽じゃないものの境界があまりないというか、音楽じゃないものを音楽にできる人。だから子供も楽しいと感じるんだと思います。ヤカンやパイプを吹いたりもしますが、それが、あまりパフォーマンスっぽくは見えないというのも彼の特徴だと思っていて。

 

原田

自由さと緻密さのベクトルがすごいし、でも根底にはやっぱり遊び心やユーモアがあるところが好きですね。

 

柳樂

エルメートはそういう意味でも必ず面白いことをやってくれるし、そういうネタはたくさん持っている。でも、それがちゃんと音楽として観られるのが、彼の魅力だと思います。

写真 小原 啓樹
FRUE

 

エルメート・パスコアールの日本公演は、熊本・大阪・東京と全3箇所で行われる。

どの公演も12歳以下が無料になるので、家族で行くのもオススメ。5月12日(土)・13日(日)に開催される東京・渋谷WWW Xの公演は、先着60名限定で、自由席に座って参加することもできる。

 

詳細はコチラから。

 

Licensed material used with permission by FRUE
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