アルメニアの鬼才ジャズピアニスト「Tigran Hamasyan」

19歳でセロニアス・モンク・ジャズピアノ・コンペティションのグランプリを受賞した経歴や、アコースティックからヘヴィーロックまで自由自在なプレイスタイルなど、世界中で絶賛されているアルメニア出身の鬼才ピアニスト、ティグラン・ハマシアン。

オダギリジョーさんが初監督する長編映画で音楽を担当するなんてニュースも注目されました。

このインタビューを読んで、彼のことや、その出身地であるアルメニアのことを知ると、きっとその音楽を聞いてみたくなるはず。事前情報なしで聞く以上の魅力をぜひ!

今年は東京JAZZに加え、いくつかの公演を日本で行う予定。ティグランってどんな人なんだろう? 彼が生まれ育ったアルメニアってどんな国なんだろう?そんな素朴な質問をしてみました。

 

――こんにちは! 9月1日の東京JAZZでは、ハービー・ハンコックさんとステージをともにすることとなり、ファンの間ではとても話題になっています。どんな心境ですか?

 

ハービー・ハンコックは、ぼくにとってとてつもなく重要な人物だよ!

ほかにも、セロニアス・モンク、チック・コリア、ブラッド・メルドー、キース・ジャレット、アート・テイタム、バリー・ハリス、影響されたピアニストはたくさんいるんだけど……。

ぼくがジャズを好きになったきっかけは、彼のアルバム『Head Hunters』を聞いてからなんだ。

 

――ファンキーなアルバムからなんですね。

 

もちろん『Empyrean Isles』も大好きで、今でもずっとお気に入り。

自分自身、彼の熱狂的なファンで、そんな伝説的なアーティストとステージをともにするだなんて、とても光栄だよ。

 

――ファンも心待ちにしていると思います。ジャンルに関してはかなり柔軟な考え方なのかなと思うのですが、昔からですか?

 

子どもの頃から、ジャズ、ファンク、ソウル、ヘヴィーロック、フォーク、いろんな国のいろんな種類の音楽を聞いて育った。自分の国も含めて。だから、その影響は、たぶん自分の愛する音楽や、逆にやらないことに現れていると思う。

初めてピアノに触ったのは3歳のときで、レッド・ツェッペリンやディープ・パープルの曲を聞いてそれをマネして弾いてたよ。

 

――シブい3歳(笑)。楽曲を聞いていて感じるハイブリッド感はそういう幼少期を過ごしていたからこそなのかもしれませんね。

 

一番大好きなのは即興演奏だから、なにかひとつのスタイルに自分を制限することはないね。

もちろん作曲はするんだけど、プロジェクトのフォーマットをガラッと変えちゃうのも好きだから。

 

――あくまで表現するための手段ってことでしょうか。

 

ジャズトリオアルバムといっても、今はいろいろなアプローチがある。とってもやわらかいアコースティックサウンドから、ヘヴィーロックまで、自由にできるよ。

 

――プレイスタイルがホントに多彩です。ピアノだけでなく、スキャットともビートボックスともとれる表現を同時に演奏するのも特徴的。

 

小さな頃からやっていることなんだ。それこそピアノを触る前からいつも歌っていたし、ドラムを叩いたり、リズムを奏でることも好きだった。

いつも頭の中でドラムパートを思い浮かべながら歌っていて、何回かこれをステージでやったらかっこいいなって思ったことがあって、それで。

重要なのは音楽コンテンツなので、しなやかに作曲された一つひとつのピースと、即興性が大事だと思ってる。

 

――“メロディやリズムを口ずさんでた延長”なんですね。おもしろい。たしかに、柔軟性は楽曲を聞いていて強く感じます。新しくて刺激的、と同時にクラシックでもある。

 

ぼくはラッキーだったんだよ。小さなころから自分や他国の文化感について探求することができたから。

ジャズはぼくに自分自身の文化感覚をもたらしてくれたし、民族音楽はすべての音楽の基礎だと理解してる。だから、民俗史もぼくにとってはとても重要。

伝統的な民族音楽家になる予定はないんだけれど、個人的にはそういった即興アプローチが連続することによって伝統が継承されているという感覚もある。

それを理解して学ぶことは、一生をかけて少しづつ拾い上げるようにして取り組んでいかなければいけないことだと思ってる。

 

――日本の伝統についてはどうですか?

 

ちょっとだけかもしれないけれど、知ってるよ。日本の音楽は大好き。とくに、尺八や琴、歌。

ひとつの国の音楽が持つ価値を理解するためには、まず歌を聞かないといけない。楽器って、ときおり本題からずれることがあるからさ。

歌の伝統はぼくにとってとても重要で、日本はその意味深い表情の豊かさが好きだし、同時に、その空間にとてつもない流れを感じるんだ。

 

――オダギリジョーさんの映画で音楽を担当することになった経緯も、そういった伝統に対する興味が関係しているのでしょうか。

 

何年か前に、黒澤明や溝口健二といった映画監督を大好きになったというのもあるんだけど、あの話は彼が「もしよかったらどう?」って連絡をくれたのがきっかけだよ。

ぼくのアルバムを聞いてなにかアイデアが生まれたんじゃないかな。脚本を読んだけど、とても気に入ってる!

2011年に初めて日本を訪れて、東京の4箇所でコンサートをして、ジャズや音楽、アートに敬意を持つ素晴らしい人にたくさん出会えたから、今回はもっと日本文化や、人の特徴を知りたいと思ってる。伝統と、日常のこと。

 

――アルメニアと日本では、かなり違うのではないかなと。

 

うーん、経済も産業も、日本とアルメニアでは違いがありすぎるね。アルメニアは、冷戦やアゼルバイジャンとの争いを抜きにしても、ちょっとむずかしい理由でヨーロッパやアメリカへのアクセスが限られている。

アルメニアは、オーガニックな生産だけでも成り立つ小さな国で、水源も農地も豊かなところだ。個人的には世界で初めて農業が生まれたのはこの周辺のエリアからだと思っているよ。

高地にある岩の国で、太陽が眩しくて、アプリコットが蜂蜜みたいな黄金色に輝いている。四季が美しくて、人もこの土地の自然みたいに、ウェルカムで、エモーショナルで、愛にあふれてる。

旧約聖書に出てくるアララト山があって、たくさん教会があって、古代の歴史や知恵を空気から感じる場所でもある。それに、残酷で、絶望的なところも。歴史を生き延びた民族音楽が多くの小説や詩の内容を象徴してるし、芸術家たちの夢でもあって……。

 

――日本はかなり騒がしく感じるかもしれませんね。

 

アルメニアは日本みたいに高水準な飲食を提供できるおいしいレストランが揃っているわけではないし、知ってると思うけれど、マクドナルドもないからね。

だけど、そういうものを必要としない、とても豊かなポテンシャルがあるんだよ。一番良いレストランなんて探さなくても、誰かの家に行けば素晴らしい食事を楽しめる。

貧しさはなんとかしなくちゃいけないし、もっと良くなってほしいと思うけど、伝統が現代文化にまじわっていくことは、とてもとても繊細なことで、急速に失われてしまう可能性もあるから難しいよね。

 

――普段はどんな生活を?

 

うーん、今はエレバンという首都に住んでいる。基本的にディナーで外出することはない。

家には、妻が準備している手作りのパン、チーズ、スープ(これが最高!)、ナスや野菜のプレート、ラム肉、かぼちゃ、マツンっていうアルメニアのヨーグルトがある。あとは、旅行先で買ったスペシャルティコーヒーの豆を挽いて飲むのが大好き。最近はちょっと飲み過ぎに気をつけてるくらい。

ぜんぜん有名な観光地じゃないんだけど、訪れるには最高だと思う。

アルメニアは誰に対してもウェルカムな人たちばかりだから、家に行けばご飯を食べさせてくれるだろうし、家族同然に接してくれる。泊まっていっても平気だし。

 

――みんな人懐っこいんですね。

 

そう。ミシュランガイドにのってるレストランやファーストフード店がどこにでもあることよりも、このほうがぼくにとってはずっと価値があることなんだ。

アルメニアに来れば、ほかのどの観光地に行ってもなかなかできないような、予想不可能でエキサイティングな体験ができると思うよ。

人に会えば会うほどその文化にも触れられるし、何より本当に素敵なものをオススメしてくれる。そういう冒険をせざるをえなくなるんだ。

画家のスタジオ兼自宅を通りがかったとするでしょ? すると、その晩そこの人と飲みに行くことになるか、村のどこかの誰かの家でバーベキューすることになる。なぜか発見されたばかりの古代遺跡にたどり着いてるかもしれないし、ジャズやエレクトロが流れるホームパーティに参加しているかもしれない。

 

――何に出くわすかわからない。なんともワクワクするお話。ちなみに、アルバムタイトルになっている生まれ故郷の街、ギュムリについては?

 

ギュムリで一番好きな場所は、昔の家と生まれ育った場所の近辺だね。1996年に両親が家を売却してエレバンへ移住してしまったから。駅の角を右に曲がったところにぼくの父親のおじいちゃんちだった場所があるんだ。

その家は今もそこにあるんだけど、廃墟みたいにボロボロになっていて、見ると悲しい。壊れた窓や通路のところにある青い壁、子どものころによく見ていた花柄の壁紙なんかを見ると、ノスタルジックな気持ちになって、白昼夢に陥る。ちょっと憂鬱な話に聞こえるかもしれないけれど、そこに行くのは好きなんだ。

どこか不思議で、悩みや悲しみから開放される。光が差し込んでいるだけの場所なんだけどね。

 

――アルバム『For Gyumri』では、その感覚を音楽で表現しているんですね。

 

このアルバムは、ぼくが生まれ育った土地への“オード(※)”なんだ。

(※)オードとは、古代ギリシャで合唱隊が歌った思いを伝えるための抒情詩。

子どもの頃の記憶は、大人になるにつれてどんどん変わっていってしまうものだと思っていて、その頃の世界や記憶が、ぼくという人間をつくってくれたことへの感謝を表している。

 

――とても深くて美しい音色です。ある種、音でつくった記録のようなものなのでしょうか。ちなみに、そんなティグランさんにとって、音楽を好きな理由というのをあえて言葉にするとしたら、どんな答えになるのか、気になります。

 

なぜって? うーん、ピアノを弾いていると魂が安らぐんだよ。それに、たぶん神様が、ぼくが愛するものをちゃんと見つけられるように、しっかり導いてくれたような気がする。

幸運なことに、ぼくの音楽に対する愛情をいつも応援してくれるすばらしい両親に恵まれた。ふたりとも、ぼくがどれだけ好きでいるかを見守りながらサポートしてくれたからね。

 

――安心。たしかに、シンプルですが核心を突いた答えかもしれません。最後に日本のファンにメッセージをお願いします。

 

みなさんの前で演奏できることがとても嬉しいです。ぼくのパフォーマンスを見ることで、もっとアルメニアの文化に興味を持ってくれたり、旅行しに来てくれたら良いなと思っています。

 

――今回お話いただいた文化の違いは、ぜひ現地で体感したいですね。ありがとうございました!

もっといろいろな曲を聞いてみたいという人は、彼にお墨付きをいただいたプレイリストもぜひ。

 

取材協力Tigran Hamasyan
Licensed material used with permission by SHIKIORI
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