#7 バーチャル・ラウンジへの扉――Local Visions インタビュー

Vaporwave特集 #7

Local Visoinsは、ヴェイパーウェイヴから影響を受け、新しい音楽を精力的に紹介している国内の音楽レーベル。立ち上げは、2018年だ。

運営者は、200部限定の初版が即完売したヴェイパーウェイヴの特集ZINE『蒸気波要点ガイド』などへの寄稿でも知られており、ムーブメントに関連するカセットテープやレコードのコレクターでもある。

レーベルを立ち上げたきっかけや、今の音楽シーンへの影響について話を聞いた。

©2018 Local Visions

 

――ヴェイパーウェイヴを知ったきっかけや、レーベル立ち上げについてお聞きしてもいいでしょうか?

 

もともと、アンビエントや実験的なエレクトロニック、ノイズ音楽の類が好きで、関連情報を調べてはレコードやカセットテープを集めて聞いていたんです。そのころからカセットテープというフォーマットにとても惹かれていました。

ヴェイパーウェイヴについては、2012年ごろから知っていて、本格的に聴きはじめたのは、しばらくしてからだったのですが、この音楽ジャンルの影響を受けたすばらしいクリエイターがたくさんいることを知ったんです。

それで、もっと注目されて欲しいなと思い、そのためにどうしたらいいのかを考えはじめました。それが、Local Visionsを立ち上げるきっかけになりました。

最初は、ヴェイパーウェイヴに特化したコンピレーションなどを継続的につくっていこうと計画していましたが、今は固執せずに、多様な音楽やアートを発信していけるプラットホームになったらいいなー、なんて思いながら運営をしています。

 

――もともと音楽的なお仕事を?

 

いえ、普段は全く関係ない仕事をしています。

島根県出雲市で生まれ育ち、今も住んでいるのですが、こういった音楽やインターネット文化について話せる人も周りにはなかなかいないですね。「ヴェイパーウェイヴ」と声に出して発音する機会もないくらい。

 

――たしかに、ヴェイパーウェイヴでよく使われる言葉「Aesthetic(美学)」も、発音する機会はないかもしれません。

 

絶対ありませんね。

出雲市は、出雲大社をはじめとする神話や風土記ゆかりの神社仏閣、古墳などの遺跡といった古の文化、海や山、湖、峡谷といった美しい自然に恵まれたすばらしい街ではあるんですが、周りにある最先端の文化発信地といえばショッピングモールくらいですから。

イベントなども都会のように頻繁にはなくて、あったとしても興味を持てるものはなかなかありません。だから、ほとんどの活動をインターネットを通じて行っているんですね。地方在住者にとっては、インフラのひとつです。

レーベルの運営は、気になるアーティストさんにインターネットで連絡をとり、リリースやカセットテープの制作を進めています。

 

――最初にリリースしたのは『Mega Drive』というコンピレーション・アルバム。この制作は、Local Visionsが主導したんですか?

 

 

このアルバムは、最後に収録されている『Mega Drive』というタイトル曲のイメージを拡張して制作していったアルバムなんです。その一曲はもともとリリースされていました。

アルバムコンセプトは、アジアの夜景。香港みたいな街のどこかにある部屋の窓から、都市を眺めているような雰囲気です。

 

――ゲームの中にいるような、異世界感というか。聞いていると、パラレルワールドにいるような感覚にも。

 

ヴェイパーウェイヴ全体についても言えることなんですが、クラブやライブハウスで大音量でみんなと楽しむというよりも、自分の部屋でひとり夜中にパソコンを付けて、チープな音楽プレイヤーやYouTubeから流れる音楽に身を任せながら、自分だけの世界に浸る、そういう人たちが自然と集まってきてシーンが形成されていったような内向的な性質がありました。

Local Visionsもそうで、今は現実での音楽体験にあまり興味がなくて、ディスプレイの向こうで、自分たちだけの世界を大切に、マイペースに活動を続けていけたらと思っています。

 

――たしかに、AOTQさんの『e-muzak』は、部屋でディスプレイを見ながら浸るような印象は感じていました。そういう個人の感覚がインターネットを介してひろがっていったカルチャーのようにも思えます。

 

 

彼の『e-muzak』というアルバムは、レーベルを立ち上げようと思ったきっかけのひとつになった大切な作品です。

このアルバムも、もともとAOTQさんが、YouTubeやSoundCloudに投稿していた楽曲のリマスター。アートワークを一新して、コンセプトに沿ってパッケージングしていくスタイルで制作しました。イラストを描くのが得意なので、ジャケットも彼のオリジナルです。

 

――「バーチャル・ラウンジ・ミューザック」というコンセプトが特徴的です。

 

AOTQさんによるものですね。

人種や国籍も関係なく誰もが気軽にアクセスできるインターネットという公共施設、そのラウンジで音楽が流れていたら、こんな感じだろうなと思います。

e-muzakや、Mall Softもそうなんですが、ショッピングモールで流れているミューザック(※)のような音楽が再評価されるというのは、きっとヴェイパーウェイヴ以降でなければ現れなかった感覚なんじゃないかって思ってるんです。

※BGMのような、聞き流す音楽という意。

 

――例えば、どんなところでしょう。

 

あらゆるノスタルジックなものを、今の感覚として再定義させたところです。

たとえば、小さいころに聞き流していた、BGMとしてのミューザック、歌謡曲、フュージョン、R&B、ゲームのBGMなどなど。

これまで主にサンプリングされていた音楽は、ディスク・ガイドにアーカイブされるほどの名曲ではないけれど、頭の片隅に残っていたノスタルジックな記憶なんです。

それを、再びインターネットで引っ張り出してきて、現代的な感覚としてアップデートさせた。そこにおもしろみがあると思っています。

 

――記憶のリニューアルみたいな感覚。

 

Future Funkに近接していけば、ノスタルジックな音楽だけではなく、最近のJ-POPや、アニメソング、K-POPをサンプリングした作品もあります。

ヴェイパーウェイヴが注目され、大企業がその美学を消費するように、ムーブメント自体も様々な音楽を物凄い速度で消費しているように思います。

『e-muzak』は、そんな消費速度に疲れてしまったときに聴いてほしいなと思うアルバムです。

 

――癒やしを求めて行く公園のような場所がバーチャル・ラウンジという感じでしょうか。

 

そうかもしれませんね。

インターネットであらゆる時代の音楽にアクセスできるので、偶発的な出来事の連なりをきっかけに、これからもっと変な音楽が出てきたらおもしろいなと思います。

 

――シティ・ポップが今流行ったことと同じようなこと?

 

竹内まりやさんの『Plastic Love』が、YouTubeをきっかけに海外で突然注目されたように、インターネットをきっかけのひとつとして、次々と80年代の素晴らしい名曲が再発掘・再評価されました。でも、そこで描かれている世界は、当時の現実というよりも、きっと理想像だったと思うんですね。

Local Visionsは、そういった理想の世界を、自分の部屋でひとり思い浮かべているようなレーベルだと思っています。

 

――架空の世界。

 

はい。今年の7月にリリースした、神戸市在住のミュージシャン、Tsudio Studioさんの『Port Island』というアルバムのコンセプトは、まさに架空の神戸をイメージしたもの。

 

 

不況も震災も悲惨な事件も無かった、都合の良いお洒落と恋を楽しむ架空の都市です。もしそんな世界がそこにあったら、こんなJ-POPが流行っていたんだろうな、という夢物語を描いた作品です。

そのほかの作品も、同様のコンセプトがあります。

 

Crystal Cola『L8 NITE TV』は、深夜のテレビ番組を眺めながら眠気で意識が朦朧としていくなかの、気だるくも幸福な感じをイメージ。

Future Funkアーティスト、Tenma Tenmaのシングル『リハーサル』。CGデザイナー、takemonのアートワークが印象的。

 

――「ヴェイパーウェイヴは死んだ」と言われたことに対してはどんな印象を?

 

まず、ヴェイパーウェイヴのカルチャーが広く認知されたきっかけはいくつかあります。

ひとつは、実験音楽家として知られる、Oneohtrix Point NeverのYouTubeチャンネル「sunsetcorp」のビジュアルイメージ。加えて、VektroidとInternet Clubの諸作品、それらに影響を受けた作品群が数多く現れたことです。

その後で、大手メディアが注目しはじめたころに「死んだ」と言われはじめたと記憶しています。ところが、Google検索に「Vaporwave」と入力される数は年々伸び続けています。

だから、ブームが死んだというわけではなく、アンダーグラウンドで生まれた実験的な創作活動だったものが、そうではなくなった、本質的に死んでしまったという意味で言われた言葉だと思っています。

確かに初期とは別物だけれど、最も盛り上がっているのが今なのは間違いないと思いますし、新しい感覚も生まれてきていると思います。

 

――音楽ジャンルとしてだけでなく、かなり幅広い楽しみかたがありますね。

 

ファッションにも影響があるし、Supyrbさんのようにゲームアプリを開発しているクリエイターもいますね。単純に、ジャケ買いと同じ感覚で、部屋に並べるだけでも楽しいですし、ネオンが強調された写真のテイストや、グラフィックの組み合わせ、映像にもその影響は感じられます。

やはり、今考えてみても、ヴェイパーウェイヴが登場したことで、音楽的な表現や楽しみかたは大きく変わったように思えます。

自分はカセットテープをコレクションしているのですが、今でも海外のコレクター達は、発売時にパソコンの前で待機して、ボタンをクリックしまくってますよ。

 

――名作と呼ばれる作品のカセットテープの希少価値が、驚くほど高く評価されていることについてはどう思いますか?

 

©2018 Local Visions

 

もともとインディーズの活動なので、アーティストが大量生産をしないんです。

基本的にはダウンロードのみ。カセットテープも、だいたい200本とかそういう規模感でリリースしていますが、ファンの数はそれよりも多いので、発売後即完売になることも珍しくありません。

買う側は、アーティストの発信や販売サイトをチェックすると言うよりは、レーベル単位で選んでいる人が多く、そういった情報はクローズドのファンコミュニティでやり取りされていますね。

 

――『Mega Drive』についても同じですか?

 

最初は25個だけつくって売り始めました。ただ、30秒くらいで売り切れてしまいました。要望があったこともあり、追加で150個つくりましたが、それも一晩で完売。あとはネットのダウンロードだけです。カセットテープは全部で175個しかつくっていません。

1個14万円を超える金額で取引されるようになった、Vektroid『Floral Shoppe』のカセットテープも、たしか100個ほどの販売だったはずです。なかには、25個だけっていうものもありますよ。

 

――多くの作品が完売状態になったままになっていると思うのですが、売れたらまたつくる、の繰り返しにはならないんでしょうか。

 

今は活動を停止しているアーティストやレーベルも多く、再発されないまま放置されている場合が多いです。それらの作品が名作であればあるほど希少価値がついて高額で販売されますね。

Local Visionsとして今後どうなるかはわからないのですが、欲しい人に行き届くようにしたいと考えてはいます。

そのテープの価格が高騰するというのは不思議な現象で、いいのかわるいのかわかりませんが、それだけヴェイパーウェイヴやカセットテープに人気があるのかな、とは思います。

 

――9月に入って、立て続けにリリースがありましたが、どんな作品を?

 

9月は3作品をリリースしました。

・NECO ASOBI『君と月とサイダー』
・AOTQ『Alone』
・Mellow Blush『Camera Obscura』

ですね。

 

NECO ASOBIは、宇都宮市のニューウェーブ・バンド。『君と月とサイダー』は、ふわふわとした可愛らしいボーカルと、シンセの音色がバンドサウンドと溶け合った曲。東京でライブの予定も。アートワークはイラストレーターのF*Kaori。

AOTQによる新作。コンセプトは「プラスティックのイヤフォンから流れるチープ・ディスコ」。勤務先や学校から帰る途中、夕方にチルなディスコを聞くような、けだるく、ぼんやりとしたイメージの作品。『e-muzak』『Alone』の2作品は、Local Visionsが選ぶ、2018年の年間ベストアルバムだそう。

Mellow Blushはロンドン在住の女性アーティスト。アートワークは自作で、日本語や韓国語の歌詞も歌える多才な人物。『Camera Obscura』は、可愛くも不気味さがあるファンタジーの世界を表現したアルバム作品で、ジャズやクラシック、ボサノバの影響を受けながらも、おもちゃ箱のようなポップなメロディーが特徴的。

 

加えて、今月はもう1作品、インターネットを拠点にクリエイティブな活動を行うアーティスト、upusenさんのファーストアルバム『Signal』をリリースする予定があります。

 

――Mellow Blushの『Camera Obscura』は、これまでにない新しい感覚の作品でしたよね。次のリリースも楽しみです。ありがとうございました。最後に、今後の活動やヴェイパーウェイヴについて、どんな考えをお持ちか教えてください。

 

ヴェイパーウェイヴの影響力を再認識する出来事は今もたくさん起きていて、とても流動的で、一体どこへ向かって行くのか、何を目指しているのかがハッキリしないところは、Local Visionsの活動も同じかもしれません。

今後は、音楽だけではなく、そのアートワークにも力を込めて、今ある形式に捉われない様々な表現を発信していけたらと考えています。好きな音楽やグラフィック、映像、それらの良さを大切にしながら伝えていきたいですね。

 

取材協力 Local Visions
Top image: © 2018 Local Visions,TABI LABO
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。