今なお苦しむ「カーネル・サンダースの呪い」を知っていますか?

何気ない一日に思えるような日が、世界のどこかでは特別な記念日だったり、大切な一日だったりするものです。

それを知ることが、もしかしたら何かの役に立つかもしれない。何かを始めるきっかけを与えてくれるかもしれない……。

アナタの何気ない今日という一日に、新しい意味や価値を与えてくれる。そんな世界のどこかの「今日」を探訪してみませんか?

行方不明の「カーネル像」24年ぶりに発見

2009年3月10日、大阪市の繁華街、道頓堀川の戎橋下流200〜300メートルの付近。

同年8月末に開催を控えた官民あげてのプロジェクトイベント「水都大阪2009」に向け、水辺整備事業の一環として、障害物調査と除去作業が行われていたときのこと。

潜水作業員による磁気探査作業中、川底より反応が。不発弾の有無確認を主とする障害物調査。作業員の顔に緊張が走ったはずです。

反応のあった場所を念入りに調べてみると、ヘドロの下から出てきたのは……手首が切断された人間の上半身らしきもの。

台船のクレーンで引き揚げると、作業員たちからは「死体やないか!」の声。怖いなんてもんじゃないでしょうね。

けれど、それが“人間のもの”ではないことにただ一人気づいた人物が。生粋の阪神タイガースファンだった現場監督です。

 

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時間を巻き戻しましょう。

1985年10月16日、21年ぶりにセ・リーグ制覇(その後日本シリーズも制覇)を果たした阪神タイガース。リーグ優勝の熱狂のさなか、狂喜でなかば暴徒化した一部ファンらが道頓堀を占拠。

そして、あろうことかケンタッキーフライドチキン道頓堀川店の前に設置してあったカーネル像を担ぎ上げ、胴上げのすえに道頓堀川に投げ込みました。

像は浮かび上がることなく、ヘドロまみれの冷たい水の底へ。その後も数年に一度、大阪府によって実施される道頓堀川の川底清掃作業でも発見できず、行方不明となっていたカーネル・サンダース。

護岸から約5メートル、水深2メートルのほの暗い川底から再び姿を現したのは、あの狂喜の夜から24年後のことでした。

汚泥で激しく汚れてはいたものの、原型を留めていたカーネル像。上半身に続き、下半身、そして右手が次々と発見。しかし、左手とトレードマークのサーモントタイプのメガネは発見には至りませんでした。

その後、「おかえり!カーネル」と命名された像は、「水都大阪2009」にて展示されたの2013年より、日本KFCホールディングス本社へと移り、現在では一般非公開ながら、大阪市にある同社関西オフィス社屋にて展示されているそうです。

 

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ところで、野球ファンには有名な話ですが、カーネル像を川に放り込んだ翌年以降、阪神タイガースは“暗黒の時代”を迎えます。

リーグ優勝に見放されること17年。一時期は万年Bクラスを経験したり、最下位が定位置となることもしばしば。有望な新人選手との契約には相次いで失敗するなど、いつからか野球ファンやマスコミのあいだで「サンダースの呪い」と囁かれるように。

長く続いた低迷期は本当に呪いだったのか? そして、カーネル像発見により、その呪縛から解放されたのか?

2003年には28年ぶりにリーグ優勝を果たすものの、日本一には手が届かず。以来、36年間「日本一」から遠ざかっている阪神タイガースですが、過去の成績からも“寅年の阪神は強い”という見方も。

さて、どうなる?

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