「人間の尊厳」とは何か?を世界に問いかけた「一頭のヒツジ」
何気ない一日に思えるような日が、世界のどこかでは特別な記念日だったり、大切な一日だったりするものです。
それを知ることが、もしかしたら何かの役に立つかもしれない。何かを始めるきっかけを与えてくれるかもしれない……。
アナタの何気ない今日という一日に、新しい意味や価値を与えてくれる。そんな世界のどこかの「今日」を探訪してみませんか?
クローン羊「ドリー」誕生
それは、SF世界を想像させる画期的な技術だったのか、再生医療への可能性を秘めた革新だったのか、はたまたヒトの価値をも一変させてしまう非義非道だったのか……。
今から27年前の1996年7月5日、スコットランドの畜産研究施設「ロスリン研究所」で1頭の雌羊が誕生しました。
名前はドリー(Dolly)。
彼女が他の羊と唯一違う点、それは世界で初めてとなる体細胞からつくられたクローンであるということ。
このニュースが大々的に報じられたのは、年をまたいだ翌年2月22日のこと。そのため、クローン羊ドリーの誕生が1997年の2月22日と記憶している人も多いようですが、正確には27年前の今日。
ドリーは受精卵などの生殖細胞を起点とするクローンではなく、体細胞の核を除核した胚細胞に移植するという技術により誕生しました。
ベースにとなったのは6歳に成長した羊。その乳腺細胞から遺伝子情報が詰まった核を取り出し、別の雌羊の核を除いた未受精卵に移植し、さらにそれを代理母の子宮で育てて生まれたのがドリーです。
そもそも、クローンを生み出す技術は1950年代ごろより生殖生物学者や科学者たちのあいだで研究が進んでいたそうですが、それまでのクローン技術といえば受精卵など生殖細胞に由来するもの。
もとの動物とまったく同じ遺伝子情報を持ち合わせ人工的に動物の複製をつくりだす。それも成熟した個体から細胞を取り出すという、まったく新しいクローニングにより生まれたドリーの存在は、生物学上最大級のブレークスルーだったはずです。
ただ、ドリーの誕生は同時に生命倫理の観点から、人々にさまざまな“問い”を投げかけることになるのです。
成長した個体の細胞からつくる複製技術を応用すれば、「クローン人間」も理論上は可能となる……。
これについて、ロスリン研究所のチームリーダー、イアン・ウィルムット博士がのちに「人間にも応用可能」と言及したことから、クローン人間の是非をめぐる騒動に発展していきました。
これでは「死者を蘇らせる」こともできてしまうと指摘するクローニングに反対意見の研究者が、さらには「科学技術の暴走だ」とする論調も。
さらには、「人間は人道的な方法で生まれる権利がある」とするローマ法王の避難声明、また世界保健機関(WHO)も「クローン技術を人間に適用し、人間の複製を作ることは倫理的に許されない」とする決議を採択するなど、未知なる生殖技術に歯止めを求める声が噴出事態に発展していくのです。
ドリー誕生から四半世紀、医学や生物学の側面からだけでなく、倫理的・宗教的・哲学的・人文社会的・法律などからも十分に検討する必要性が求められるクローン技術のヒトへの応用は、禁止される方向にあるようですが現在のところ、世界的に統一された基準は示されてはいません。
それでも、遺伝子研究の進歩によってES細胞やiPS細胞といった、人間の組織・臓器を作りだす再生医療は実現しつつあり、クローン羊の誕生により再生医療に大きな道を開くことになったことは間違いありません。