「ウェルビーイング」と聞いて、正直ぼんやりしているあなたへ

なんだか、その言葉が持つ響きだけがひとり歩きしている感すらある「ウェルビーイング」。

人生において大切なことのような、これを実践しながら生きていたいような、ぼんやりとポジティブなイメージはある。

とはいえ、いまいち実態が掴めない「ウェルビーイング」の正体が、鎌倉で行われたトークイベント「“多様な場とモビリティ” で実現するWell-being」を取材したことで、徐々に明らかになってきました。

予防医学研究者の石川善樹さんと、ヤマハ発動機で人や社会のWell-beingの向上を実現するための研究開発活動「Town eMotion(タウンイモーション)」プロジェクトマネージャー、榊原瑞穂さんのトークセッションを紹介しながら、現代人が無視できないキーワード「ウェルビーイング」の秘密を探ります。

石川善樹さん

予防医学研究者、博士(医学)。1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。近著は『フルライフ(NewsPicks Publishing)』、『考え続ける力(ちくま新書)』など。

榊原瑞穂さん

ヤマハ発動機株式会社 クリエイティブ本部 フロンティアデザイン部。1977年、東京都生まれ。筑波大学芸術専門学群卒業、同大学院芸術研究科修了。松下電器産業(現パナソニック)の事業部門で製品デザインを担当、コンサルティング部門でロボティクス事業化などに従事後、ヤマハ発動機株式会社に転職。新価値創造に取り組むクリエイティブ本部にて、人や社会のWell-beingの向上を実現するための研究開発活動「Town eMotion」を推進。筑波大学非常勤講師(デザイン思考講座)、趣味はトレイルランニング、囲碁。

ウェルビーイングが10点なら
「いい人生」なのか?

(石川)ウェルビーイングに明確な起源はないんですが、国際的な流れになったのは約10年数前のサルコジ元フランス大統領がきっかけです。彼がブータンという国を見たときに「これからはGDPじゃなくてGNHだ」となったんですよね(笑)。GNH、つまりGross National Happinessの略で、大切なのは「国民総幸福量」だと。2010年代後半に国連のWorld Happiness Reportというのが始まるんですけど、それで各国のウェルビーイング度ランキングを出すようになったんですね。ウェルビーイングという言葉自体に定義はないんですが、測定法は標準化されてるという不思議な領域なんです。

GDPではアメリカや中国が注目されるんですが、ウェルビーイングを見てみたら、GDPではそこまで注目されないような国がとても自己評価が高く、そこから「ウェルビーイングってなんだ?」と徐々に研究が進んでいる流れです。

ウェルビーイングは、ある意味個人の評価軸に委ねられているもので、点数の高い低いは出るんですが、じゃあ「10点の人は5点の人よりもいいのか?」という議論が出てくる。たとえば今日から死ぬまでずっと10点の人がいたとして、振り返ったときに「それっていい人生なんだっけ?」というのは人によって感じ方が違うじゃないですか(笑)。もっと喜怒哀楽あったほうがいい人生だっていう人もいるかもしれない。だから必ずしも「高い=良い」ではないんですね。それくらいウェルビーイングの定義はふわふわしていて、柔軟です。

 

(榊原)まず我々の会社の歴史から言いますと、なにか課題を解決するというよりは、お客さまにエキサイティングな気持ちになってもらうというところにオリジンがありますので、そういった点がお客さまにとってのウェルビーイングに寄与しているところかなと感じます。楽しい選択肢を作りつづけてきた会社ではあるかなと。

ヤマハと名のついた製品をご覧いただくと、楽器やオートバイなど「買ってその日から使いこなせる製品がほとんどない」ということに気づかれると思うんです。いずれも何かしらの練習や鍛錬がないと乗れないとか弾けないものばかりです。つまり、人のチャレンジや成長を促すようなものを提供しつづけてきている会社です。そのなかで、世の中のためになり、もっと人々がウェルビーイングを感じられるようなことをたくさん作っていきたいですね。

ウェルビーイングを感じる要因は
「選択肢と自己決定」

(石川)研究の世界でも、まず哲学者や文化人がウェルビーイングとは何かってことをひたすら語った「持論の時代」があったんですよ。そこから次に「持論はもういい、一旦置いておこう」と。ウェルビーイングが何であってもいいと。研究者たちはウェルビーイングを定義することは諦めて、それはあなた自身で定義してくださいと。そこから「ウェルビーイングの要因は何か」という研究が進んでいきました。ここが大事なんですが「ウェルビーイングとは何か」という議論と「ウェルビーイングの要因は何か」という議論は、まったくの別ものなんです。

これもずっとデータを取っていて、結局なにが決定的な要因なんだということですが、結論から言うと「選択肢と自己決定」と言われています。生活をしていく上で適切な「選択肢」があって、そのなかから「自己決定」できる環境かどうかっていうのがウェルビーイングにはすごく影響を与えるんですね。

たとえば僕らの研究で世界150ヶ国ほど調査したんですけど、料理頻度の男女格差が小さいほど、その社会はウェルビーイングなんですよ。例外なくすべての国や地域で女性のほうが料理をしていて、男性がどれくらい料理するかは色々な格差があります。つまり何が言いたいかと言うと、これは料理する/しない、ではなく、選択肢が多いかどうかなんですよね。したい人はすればいいし、したくない人はしなくていい。そういう選択肢と自己決定がある社会かどうか、なんですよね。

 

(榊原)多様な価値観が受け入れられているほどウェルビーイングが深まっている状態なのだと感じました。多様性とリンクしているところがあるんじゃないかな、と。

 

(石川)日々体調も気候も変化するなかで、調和やバランスが取れている状態を「ウェルビーイング」とする考えがどんどん出てきていますね。たとえば僕、この1週間いろんなことが起きて……今あの……色々あって、靴がないんですよ(笑)。とある学生に助けてもらったんですけど、困ったときに助けてくれる人がいるっていうのは、ウェルビーイングでも重要な要素です。あえてトラブルに陥ってみるのはウェルビーイングを確認するのにいい方法かもしれませんね。

 

(榊原)私はあえてトラブルに飛び込む勇気はないんですが(笑)、今日のイベントも雨予報だったので本社のボスから「大丈夫か?」っていう確認があり、みんなに相談しながらなんとか無事開催できました。そういうリスクを取ることで得られるものもあるんだろうな、と感じます。

 

(石川)この「ウェルビーイング」という言葉を日本語にするとどうなるんだろうというのをずっと考えてまして。「ウェル=well」はわかりやすいですよね。なんか「いい」ってことですよね。分かりにくいのは「ビーイング=being」のほうです。ingがついちゃってるんですよ。現在進行形で変化し続けている。これがもしレットイットビーだったらありのままにという感じで「もうそのままでええんやで!」と固定化されていてオッケーなんですが、ingなので動きを感じますよね。

で、そういえば「human being=ヒューマンビーイング」という言葉があるなと思ったんですよ。人間という意味ですね。だからヒューマンが「人」だとすると、ビーイングは「間(ま)」なんだと。だから近づいたり離れたりと「良い間」を作ることがウェルビーイングなんじゃないかなと思っているんです。

「経済」「民主化」「寛容」が
ウェルビーイングに大切な3つ

(石川)「選択肢と自己決定」に対して、まず1つ挙げられる要素が「経済」です。これはシンプルに、経済状況が良いほうが選択肢は増えるじゃないですか。コンビニへ行ったときだってハーゲンダッツを買うのかガリガリ君を買うのか選べるわけです。

2つめが「民主化」です。民主国家のほうが選択肢が広いし、自己決定もしやすい。社会主義国の場合、国が強すぎると自己決定しづらいじゃないですか。20世紀がたまたまそうだったのかもしれないけど「民主化」と「経済」はすごく相性が良かったんですよ。ただ、今は必ずしもそうじゃなくて、国家が主導したほうが強いケースもあるし、企業もカリスマリーダーがいたほうが強かったりもするので、絶対普遍かと言われると分かりません。

3つめが「寛容」です。区別差別しないっていうことです。今はダイバーシティやインクルージョンなど横文字になっていますが、素晴らしい日本語訳があって、要は「ごちゃまぜ」ってことです(笑)。ごちゃまぜって言われると、なんか「ま、いっか」ってなるんですよ。それっていろいろ選択しやすいってことでもあります。

 

(榊原)選択肢があるってすごく大事だなっていうは私もすごく感じていて、たとえば移動手段についても、便利とか楽しいとか、選択肢がいっぱいあっていいと思うんです。その日の気分で選べる、なんていうのもいいですよね。

 

(石川)移動という行為は、いろいろな価値観に出会いやすくなるんですよね。たとえば僕も最近いくつかの島を巡っていたんですが、ある島の人たちは平均して3つの宗教に入っていました。神道、仏教、さらに新興宗教とか。我々ってなんとなく宗教って1つだと思い込んでるじゃないですか。

あと別の価値観でいうと、ブータンって完全に女性が強いんですよ。財産も基本的に女性が受け継ぎます。チベットなんて一妻多夫制ですしね。

どうしても同じ場所だけに留まっていると同じ価値観の人で集まりやすい傾向にあるんですが、たくさん移動することでいろいろな価値観に出会って、自分のなかでごちゃまぜになって「ま、いっか」となる。なので、移動とウェルビーイングは関連していると思うんですよね。

 

(榊原)我々もまさに「移動」を商売にしているわけですが、そこにも多様性があるんじゃないかと思っています。これまでは移動というと、遠くへ速く。というテーマがあったわけですが、エネルギー問題などもあり、長距離移動だけに着目するのではなく、近所のパーソナルな移動や、街のなかをゆっくり移動するような、そういった手段にも着目すべきだと感じています。

 

(石川)「移動の多様性」っていう考え方もあるんですよ。たとえば鎌倉市に住んでいても、いろんなところに移動している人と、決まった場所にしか行かない人がいる。基本的に移動の多様性がある人のほうがウェルビーイングです。もう少し考えていくと、移動する人って、そこでいろいろな関係性を結んでいるわけですよね。要はこういう関係性を結んでいくことがウェルビーイングなんだろうなと僕は思います。

 

(榊原)ヤマハという会社に目を向けると、私たちはモビリティを通して関係性を作りたいんだなっていうことが改めて整理できた気がします。継続して行きたくなる場というのは、やはり関係性から生まれるものだと思うので、そういうプロセスがイメージできました。

今回のトークイベントを主催した「Town eMotion(タウンイモーション)」ってなに?

ヤマハ発動機が、社会課題を起点として、まちなかで人や社会のWell-beingを向上させる提案を、さまざまなステークホルダーと共創しながら実現するための研究開発活動のこと。

→詳しくはコチラ

→トークセッションの全文はコチラから。