ちょっと行き詰まったときには、ぜひ「歌集」を読んでみてほしい。
短歌を読むのが好きです。
自分で詠むのではなく、誰かの詠んだ短歌を鑑賞するのが。
最近、いたるところで“短歌ブーム”を感じます。
どこの書店にも特設の歌集コーナーがみられ、最果タヒさんをはじめとした現代歌人は若者に大人気。
Twitterで「#tanka」と検索してみれば、ユーザーたちの自作の歌がずらり。
わたしたちZ世代にとって、短歌はわりと身近な存在になってきているかもしれません。
そんななか、先日ある素敵な歌集を購入しました。
手に取ったのは現代歌人・千種創一さんの『砂丘律』。
こちらの歌集は、もともと単行本で刊行されていたもの(現在は絶版)を、新たに文庫化したもの。
ロックバンド「くるり」のボーカルでも知られるミュージシャンの岸田繁さんが帯を、人気漫画『宝石の国』の作者である市川春子さんが解説を担当しています。
たびたびSNSでも引用され話題になる千種さんの短歌は、中東在住の作者ならではの視点や、日常の何気ない、でもはっきりと頭に焼き付いて離れないような光景を、現代の口調で鮮やかに映し出しています。
以下ではその中で、わたしが「素敵!」と感じた短歌を勝手ながら一部ご紹介したいと思います。
防犯カメラは知らないだろう、僕が往きも帰りも虹を見たこと
自分の幸せは自分のなかだけにあって、それは誰にもわかり得ない、特別で秘密な思い出だったりするのでしょう。
恋だとか年金だとかもうよくて今は冷たい葡萄を食べる
味わうでもなく、ただぽいぽいと食べ物を口の中に放り込むことってありませんか、色々なことにただただ疲れてしまって。
クッキーを紅茶の上で割りつつも黒い思考が美しくある
清らかな日々を過ごしているように見えても、心の中にずっとある冷ややかな痛みを見つめつづけながら生きている人が、きっとたくさんいるのかな。
絨毯のすみであなたは火を守るように両手で紅茶をすする
「あなた」の愛らしさが、このひとしぐさだけで痛いほどに伝わってきます。
虐待を件で数えるさみしさにあんなに月は欠けていたっけ
悲痛な日々があって、数えきれない苦しみが、孤独が、それぞれにあるのに。
そんなことを思うとき、見上げた月まで信じられなくなってくるような。
下がってく水位があって、だめだな、あなたと朝を迎えるたびに
波のような感情と、動かない天井と。
だめだな、の字足らずな音の間から、やるせないため息が聞こえるような気がします。
骨だった。駱駝の、だろうか。頂で楽器のように乾いていたな
赤茶の砂の上の真っ白な骨と青空、鮮やか。骨に触れれば、小気味のいい音が鳴るのでしょうか。
手のひらの液晶のなか中東が叫んでいるが次、とまります
どれだけ遠くで悲劇が起ころうとも、自分の世界での日常はなんてことなく過ぎていく、その断絶が残酷であり、救いでもあるのかもしれません。
そもそもが奪って生きる僕たちは夜に笑顔で牛などを焼く
収奪によって生きながらえる生命としてのふるまいの残酷さと潔さと、少しの覚悟とを感じます。
【自爆テロ百人死亡】新聞に相も変わらず焼き芋くるむ
そこに何が書かれていようが、1日も経てばくしゃくしゃにされる情報と、苦い事実に包まれた芋の無慈悲なまでの甘さと……。
よく知らない画家の展覧会に来て天井の鉄骨を見てたね
ふらっとなんとなく寄ってみたけど、やっぱりつまらない、かも。
そんな虚しさと後悔のなかでふと目をやった光景を、なぜか今でもずっと覚えていたり。
君はパンケーキ頬張る。続きますように。本音の言える時代が
目まぐるしく変わっていく世界のなかで、この幸せな日々がどうか崩れませんように。
現代を生きる誰もが持つ、切実な願いだと思います。
いかがでしょうか。ひとつひとつの短歌を読むたび、猛烈な既視感とともに鮮明な光景があらわれ、感情が収束していく。なんとなくモヤモヤとしているときに読むと、そのモヤモヤが少し晴れていくような気がします。
ここに収められた短歌はご覧いただいたように口語体が中心で、歌集を読んだことがほとんどない!という方にもおすすめの一冊です。
色々と行き詰まった時に、ひとつの短い歌が救ってくれることがあるし、見落としていたものに気づくことがあるかもしれません。
ぜひこの本から、短歌のある生活を始めてみませんか。
「おやつなトピック」って?
Z世代のインターンから、この道うん十年のベテラン編集者まで、TABI LABO“ナカの人”がリレー形式で担当するコラムです。