意外と知らない!「エコツーリズム」が旅行の常識を変える理由
「エコツーリズム」は1980年代初頭、大量観光や産業開発による環境破壊への対応策として誕生しました。「エコロジー」と「ツーリズム」を組み合わせたこの概念は、単なる旅行スタイルを超え、現代の持続可能な観光の在り方を示しています。
じつは、2007年に日本でも「エコツーリズム推進法」が制定され、環境保全・観光振興・地域活性化という3つの主要な利点を中心に据えた取り組みが進んでいます。さらに、オーストラリアは1996年に世界初となる「エコツーリズム認証」システムを導入し、この分野でのリーダーシップを発揮してきました。
また、エコツーリズムとは、地域の自然や文化について旅行者を教育しながら、環境保全を促進する体験に焦点を当てていますが、その実践には課題もあります。近年では、2015年に採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」との密接な関連性が認識され、持続可能な経済成長、地域社会の福祉、環境保護を促進する旅行形態として注目を集めています。
この記事では、意外と知られていないエコツーリズムの魅力と、それが従来の旅行の常識をどのように変えているのかを探ります。
なぜ今エコツーリズムが注目されているのか
エコツーリズムとは……
- 自然・歴史・文化など地域固有の資源を生かした観光を成立させること。
- 観光によってそれらの資源が損なわれることがないよう、適切な管理に基づく保護・保全をはかること。
- 地域資源の健全な存続による地域経済への波及効果が実現することをねらいとする、資源の保護+観光業の成立+地域振興の融合をめざす観光の考え方である。それにより、旅行者に魅力的な地域資源とのふれあいの機会が永続的に提供され、地域の暮らしが安定し、資源が守られていくことを目的とする。
世界的な環境意識の高まりとともに、自然体験型の旅行や教育的要素の多い旅行が身近なものとなっています。このような背景のなか、環境に配慮しながら地域の自然や文化を体験できるエコツーリズムが大きな注目を集めています。
近年、従来の観光地巡りだけでなく、さまざまな旅行スタイルが生まれています。特にエコツーリズムは、単なる「見る観光」から「体験し、学ぶ観光」へと旅行の価値観を変えつつあります。2022年の世界エコツーリズム市場規模は約1,960億ドルと推定され、2032年までには約6,560億ドルに達すると予測されています。この成長率は年平均12.9%にも及び、観光産業全体の重要な部分を占めるようになっています。
こうした背景には、世界のGDPの10.4%を占める巨大な観光産業において、環境と経済の好循環を目指す動きが広がっていることがあります。さらに、環境に対する国際的な危機意識が1970年代以降少しずつ高まり、観光産業にも持続可能性の考え方が取り入れられるようになりました。
自然体験へのニーズの高まり
現代人の生活様式が都市化するにつれ、自然とのふれあいを求める声が高まっています。特に都市圏の家庭では、子どもの自然体験機会の少なさをより強く認識し、自然を親子の絆を深める貴重な機会と捉える傾向があります。いっぽうで、子ども会やPTAが行う自然体験活動への参加率が低下し、スポーツクラブや学習塾が行う自然体験活動の参加率が高くなっているという変化も見られます。
このような状況のなか、エコツーリズムは自然環境や歴史文化など、地域固有の魅力を観光客に伝えることにより、その価値や大切さが理解され、保全につながっていくことを目指す仕組みとして重要性を増しています。
コロナ後の旅行意識の変化
新型コロナウイルスの感染拡大は、人々の旅行に対する意識を大きく変えました。密を避けた自然回帰の動きが強くなり、屋外で遊べるスポットへの家族単位でのお出かけや旅行が人気となっています。
コロナ禍を経て旅行需要が回復傾向にあるなか、以前のような地域へ過度な負荷をかけ、環境を破壊するような観光は見直されるようになりました。環境意識が高い旅行者は、エコツアーやエコロッジ(体験型宿泊施設)等、地域へ負荷をかけない旅行を選びつつあります。
さらに、インバウンドを含む旅行者が増加するなかで、これからのツーリズムには「責任ある観光」の考えが重要になっています。特にミレニアル世代はソーシャルメディア広告の影響もあり、環境に優しい観光を選択する傾向が強まっています。この世代は現在、もっとも急速に成長している年齢層であり、旅行に多くの費用をかける傾向があることから、エコツーリズム市場のさらなる発展が期待されています。

エコツーリズムがもたらす旅行者の変化
エコツーリズムは、単なる旅行スタイルではなく、参加者の価値観や行動に大きな変化をもたらします。従来型の観光と異なり、エコツーリズムは「見る」だけでなく「体験し、学び、参加する」という要素が強く、これにより旅行者自身にも様々な変容が起こると考えられます。
自然との向き合いかたが変わる
エコツアーに参加した旅行者は、楽しい体験を通して自然に対する興味が芽生え、保護への意識が生まれます。この意識の変化は、日常生活におけるゴミの分別やエネルギーの節約といった小さな環境保全行動へとつながっていきます。
「自然はやさしい。温かい。大きくて、物知り。時に荒々しい」という感覚を体験することで、都市生活では得られない気づきが生まれます。身近にある道端の草でさえ、エコツアー体験後にはまったく違って見えてくるようになるはずです。
特筆すべきは、エコツーリズムが提供する「環境教育の場」としての価値。旅行者はガイダンスやプログラムへの参加をきっかけに自然への理解を深め、単なる知識の取得にとどまらず、人間と環境との関わりについて正しい認識に立ち、自ら責任ある行動をとれる人材へと成長します。
地域文化への理解が深まる
エコツーリズムでは、地域の自然だけでなく、歴史文化も重要な要素。エコツアーに参加することで、普通の旅行では得られない文化的学びを深めることができます。ガイドからの解説を通して、縄文文化やアイヌの人たちの独自の歴史と文化など、地域固有の価値に触れる機会が生まれます。
このような体験は表面的な観光では得られない深い文化理解をもたらします。たとえば、ある温泉宿では、地域ならではの食文化を紹介するしおりが配られ、添加物を一切加えない伝統保存食や、化石エネルギーを使用しない高温の源泉温度を活かした調理法によるハムなどが提供されています。こうした体験を通じて、旅行者は自然との共生の意味について考えるきっかけを得られるわけです。
旅の目的が「消費」から「共生」へ
近年、国民の旅行に対する意識は「特別な行事」から「日常活動の一部」へと変化しています。これに伴い、観光行動も周遊観光から、一つの地域にとどまって自らの体験を通して自然や文化を楽しむ「体験観光」への関心が高まっています。
エコツーリズムは、単に自然を消費するのではなく、地域と共に歩む旅のスタイルを提案します。旅行者がその地域のファンとなり、環境保全に主体的に関わることで、「責任ある観光」という新しい旅の形が生まれつつあります。
また、エコツーリズムには環境保全だけでなく、「環境教育」「観光振興」「地域振興」という三つの効果が。特に注目すべきは「観光客に地域の資源を伝えることによって、地域の住民も自分たちの資源の価値を再認識し、地域の観光のオリジナリティが高まり、活性化させる」という相互作用。
さらに、重要な点として、エコツーリズムには「地元の住民が経済的にそして精神的に満足したときに成功した」という評価基準があります。そのためには、地域の自然・歴史・文化を尊敬するという観光客側の意識レベルの向上も欠かせません。
このように、エコツーリズムは「私が変わる」「地域が変わる」「そしてみんなが変わる」という三段階の変容をもたらし、私たちの自然や文化を守り、未来への遺産として引き継いでいく新しい旅の価値観を創出しています。
地域にとってのエコツーリズムの価値
地域社会にとって、エコツーリズムは単なる観光スタイルを超えた重要な価値をもたらします。従来の観光産業が「自然や地域環境を使い捨てる形で増殖」してきたのに対し、エコツーリズムは環境保全と地域活性化を両立させる新たな仕組みとして機能しています。
観光資源の再発見
エコツーリズムを通じて、地域住民は当たり前と思っていた自然や文化の価値を再認識します。「何もない」と思われていた場所でも、都会からの訪問者にとっては里山の風景や伝統的な農業、郷土料理などが魅力的な観光資源。たとえば、沖縄県の東村(ひがしそん)では、エコツーリズムの導入により村の認知度が向上し、1999年に1万6千人だった観光客が2005年には20万人に増加しました。
エコツアープログラム作成時の地域資源発掘作業を通じて、地域の魅力が再発見されます。たとえば、地元有識者による講義を通じて、住民たちがあらためて地元の希少性や魅力に気づき、前向きな取り組みへと変化していった例も報告されています。さらに、「エコ幡多プロジェクト」では、地域住民からの地勢や文化の聞き取り調査により、地域の価値を再認識・再発見する活動が行われています。
地域経済の循環
エコツーリズムは地域経済に多様な恩恵をもたらします。その特徴はおもに以下の3点。
- 滞留時間の増大、ガイド収入の発生、季節変動の緩和、リピーターの増加による直接的な経済効果
- 地元の小規模宿泊施設やレストラン、工芸品販売などが中心となり、収入が地域内に留まる仕組み
- 地域の他産業への波及効果と雇用機会の増大
従来の施設開発中心の観光とは異なり、エコツーリズムは人材育成とソフト(ツアープログラム)開発によって成り立つため、大規模な初期投資が不要。また、地域の人材や地場産品を活用することで、一般的な観光より地域の他産業にもたらす経済波及効果は大きくなります。実際に、ある温泉宿では83歳の地元住民が、そばうち体験の講師として有料で活躍するなど、高齢者や主婦を含む地域住民の新たな収入源にもなっています。
住民の誇りと自信の醸成
エコツーリズムがもたらすもっとも重要な価値の一つは、地域住民の自信と誇りの回復です。訪問者が地元の環境や文化に感動することで、住民自身も地域資源の価値を再評価します。埼玉県飯能市では、エコツアー参加者に喜んでもらえることで「うちの町はいい町なんだ」というシビックプライドが育まれました。
奄美大島では、外部からの訪問者が島唄など身近なものを高く評価することで、住民が自信を取り戻した例もあります。このような住民の意識変化は、地域が結束するきっかけとなり、コミュニティの再生や発展につながります。
エコツーリズムを通じて、地域住民が自らの暮らしや環境、伝統の価値に気づくことで、持続可能な地域づくりへの意欲が高まり、新たな地域リーダーが生まれるなど、地域社会の活性化につながっていると言えるでしょう。

エコツーリズムを体験するには
エコツーリズムの魅力を知ったら、次は実際に体験してみたいと思うはず。日本各地には豊かな自然や文化を活かした様々なエコツアープログラムがあり、都市部からでも気軽に参加できるものも増えています。
国内で体験できるおすすめスポット
日本国内には魅力的なエコツーリズムスポットが数多く存在します。北海道の知床は世界自然遺産に登録され、ヒグマやオオワシなどの貴重な野生動物が生息する日本有数のエコツーリズム推進地域です。また、釧路湿原では、カヌーツアーやタンチョウ観察ツアーが人気を集めています。
都心から近い場所でも体験できるのがエコツーリズムの魅力。群馬県みなかみ町は東京から上越新幹線で最短66分、関越自動車道を利用すれば練馬から1時間30分という好アクセスで、山、森、川の豊かな自然環境があります。埼玉県飯能市も東京都心から約1時間という近さでありながら、面積の約76%を森林が占め、様々なエコツアーが開催されています。
特に日本エコツーリズム協会が「グッドエコツアー」として推奨しているツアーは、エコツーリズムの概念に基づいた運営がされているため安心して参加できます。
ガイドツアーの選びかた
エコツーリズムの醍醐味は、ガイド付きツアーにあります。ガイドが同行するツアーでは、単なる情報提供だけでなく、五感を通して体感できるよう促すことが重要です。良いガイドつきツアーには、「楽しむ」「感じる」「考える」「思い出づくり」という4つの要素が含まれています。
ツアーを選ぶ際は、その地域ならではの特色があるかを確認しましょう。エコツーリズムは地域の人が地域の言葉で地域をガイドすることが特徴であり、地元の文化や自然をより深く理解できます。
また、少人数制で環境への負荷が少ないツアーを選ぶことも大切です。エコツアーデスクを設けた「HIS」や、満足度の高いツアーを提供するベルトラなど、エコツアーを専門に取り扱う旅行会社も増えています。
旅行前に知っておきたいマナー
エコツーリズムを楽しむには、地域のルールやマナーを理解し尊重することが不可欠です。基本的なルールとしては、野生動物にエサを与えない、動植物を持ち去ったり傷つけたりしない、ゴミは持ち帰る、許可された場所以外に立ち入らないなどがあります。
また、ガイドやインストラクターの指示に従うことも重要です。たとえば知床五湖では、ヒグマの活動期にはガイドツアーの参加が義務付けられています。これらのルールは単に自然保護のためだけでなく、旅行者自身の安全を守るためでもあります。
訪問先の気候や文化、独自のルールを事前に確認しておくことで、より充実したエコツーリズム体験ができるでしょう。特に環境保全のために入場者数や時期を制限している場所もあるため、事前の情報収集は欠かせません。
エコツーリズムの課題と今後の展望
環境保全と観光産業の融合を目指すエコツーリズムですが、実践の場では様々な課題に直面しています。これらの課題を理解し、適切に対応することが、今後のエコツーリズムの発展には不可欠です。
エコツーリズムが目指す「環境保全と観光振興の両立」は、実際には難しいバランスを要します。過度に人数制限やルールを設けると観光振興の妨げになるいっぽう、規制が緩いと自然環境への負荷が高まります。
特に深刻なのが「観光公害」の問題。エコツアーでも観光客の移動による温室効果ガスの発生、ゴミや外来種の持ち込みなどにより、地域の生態系が破壊される可能性があります。また、観光客増加により一部の地域や時期に利用が集中することで、環境へ悪影響を及ぼすことも課題でしょう。
さらに、エコツーリズムが普及することで、それまで手付かずだった自然に人が踏み込み、自然界のバランスが崩れることもあります。環境省のアンケート調査では、「環境保全と観光振興のバランス」が最大の課題として挙げられています。
持続可能な運営のために必要なこと
エコツーリズムを持続可能なものにするには、人材確保と経済的安定が欠かせません。環境省の調査によると、エコツーリズムに関わる団体の約60%が「生業としての給与の支払いが難しい」と回答し、43.6%が人材確保の難しさを、42.3%が高齢化や後継者不足を課題として挙げています。
特に季節性の問題は深刻。オーバーキャパシティの繁忙期と雇用が難しい閑散期のバランスをとる工夫が必要です。たとえば、沖縄県座間味村では、オフシーズンの11月を「ファン感謝月間」として特典や祭りを開催し観光客誘致に成功している例もあります。
また、サステナブルツーリズムの取り組みには、地域住民を含めた様々な事業者との連携が必要ですが、多くの関係者が足並みを揃えることは容易ではありません。
行政・旅行者・地域の連携の重要性
エコツーリズムの成功には、関係者すべての協力が不可欠。環境省は「エコツーリズム憲章」を制定し、行政、民間事業者、ボランティア、地域住民、旅行者などが理念を共有できるよう取り組んでいます。
具体的な連携の形として、市町村が「エコツーリズム推進協議会」を組織し、地域のエコツーリズム推進に関する全体構想を作成するしくみがあります。この協議会では、観光や自然保護、農林水産業などの関係者が一堂に会し、地域の魅力を再発見し、持続可能な形で活用する方策を話し合います。
今後の展望としては、サステナブルな観光地としての日本の認知拡大を目指す動きが活発化しています。JNTOは「Sustainable Travel Experiences in JAPAN」などのデジタルパンフレットを作成し、海外に向けて情報発信を行っています。
エコツーリズムは、「地元住民が経済的にも精神的にも満足したときに成功した」と評価されます。そのためには、観光客側の意識向上と地域側の受け入れ体制の充実、そして両者をつなぐ行政の支援が欠かせないのです。

まとめ
以上のように、エコツーリズムは単なる旅行形態にとどまらず、環境と観光、そして地域社会の共生という新しい価値観を生み出しています。従来の「消費型」観光から「共生型」への転換は、たしかに多くの課題にも直面しています。しかしながら、環境問題がますます深刻化する現代社会において、このアプローチは旅行業界の未来を指し示す重要な羅針盤となりつつあります。
エコツーリズムの最大の魅力は、参加者と地域の双方に変化をもたらす点。いっぽうでは、旅行者が自然や文化への理解を深め、責任ある行動を学び、他方では地域住民が自らの環境や伝統の価値を再発見し、誇りを取り戻す。この相互作用こそがエコツーリズムの本質と言えるでしょう。特に注目すべきは、地域経済への好循環です。地元の人材や資源を活用することで、観光収入が地域内に留まり、持続可能な発展につながります。
もちろん、環境保全と観光振興のバランスを保つことは容易ではありません。また、人材確保や季節変動への対応など、運営面での課題も山積。それゆえに、行政・旅行者・地域住民・観光業者・研究者の五者が緊密に連携し、共通のビジョンを持つことが不可欠なのです。
最終的に、エコツーリズムは「地域が潤い、環境が守られ、旅行者が心から満足する」という三方よしの関係を目指しています。この新しい旅の形は、私たちに「見る観光」から「参加し、学び、貢献する観光」への意識変革を促します。次の旅行計画を立てる際は、ぜひエコツーリズムという選択肢を考えてみてはいかがでしょうか。それは単なる休暇ではなく、私たちと地球の未来に投資する貴重な機会となるはずです。