【ライフデザインYouth Lab.】
二兎を追う者、二兎を「そこそこ」得る

この記事は大学生を中心とした若い世代とこども家庭庁によって組織されたプロジェクト「ライフデザインYouth Lab.」が作成したものです。若い世代が主体的に、自らのライフデザインについて考える機会の創出を目指しています。

※「ライフデザインYouth Lab.」について詳しく知りたい方は文末をご覧ください。

【記事執筆者】

尾平春菜

参加した理由/このプロジェクトでやりたいこと
ライフデザインについて自分はどのように生きていきたいのか考えを持つ。

小林大祐

参加した理由/このプロジェクトでやりたいこと
同世代と率直に将来のことについて意見交換できる場に参加したかったから。

両立は理想になりすぎていないか

「仕事と育児の両立、みんなどうしてる?」というテーマについて話し合った時、共働きが当たり前になって、仕事と育児の両立は前提のように扱われているため、両立のための方法を真っ先に考える人が話し合いの中では多かった。しかし、よく考えてみると、その前提は少し負担が多すぎるのではないか、という声が話し合いの中であがった。

「仕事も子育ても両立してこそ一人前」という空気を負担に感じている人は少なくないはずだ。SNSを開けば、朝早く起きて家事を済ませ、フルタイムで働き、夜はこどもとの時間を大切にするという生活が山ほど共有されている。タイムマネジメント術や家事分担の工夫が画面を通してキラキラして見える。

SNSだけでなく、人気ドラマの中でも、両立する親の姿が描かれているものは多くある。『義母と娘のブルース』がその代表的な例だ。主人公の岩木亜希子は仕事一筋のビジネスパーソンだったが、先妻を亡くした宮本良一と結婚し、小学生の娘みゆきの母親になることになる。しかし世間の母や主婦とはズレており、慣れない家庭生活で失敗を繰り返すが、いい母親になろうと奮闘していく。

ドラマの中で印象的なのは、保育園からの急な連絡に職場で対応する場面だ。重要な仕事を抱えながらも、こどもを優先せざるを得ない状況で難しい判断を迫られてしまう。この場面で重要なのは、ドラマの展開が努力すれば両立は可能であるという方向へと進んでいくところにある。この作品が多くの共感を集めたのは、「両立」というテーマがすでに私たちの身近な問題になっていたからであるが、両立という理想がはっきりすればするほど、できていない自分との距離もはっきりしてしまう。

両立が難しいのは、能力の問題ではない

話し合いの中では、やはり、「両立できる人とできない人の差はなんだろう」という疑問も出た。しかし、よく考えてみると、個人の能力の問題というよりも構造に問題があるのではないかと考えた。

まず、そもそも単純に時間が足りない。仕事は成果を求められ、責任も伴うが、一方で育児は予測不能な部分もあり、急な発熱やトラブルが起きることも。どちらも全力で真剣に向き合おうとするには時間が足りないのかもしれない。

さらに、日本の働き方はまだ長時間労働を前提とする部分が残っている。制度上は育休や時短勤務があっても、評価や職場の空気がそれを支えているとは限らない。そしてもう一つ、両立とは両方で成果を出すことであるという期待もある。どちらも一定水準を維持することが当然とされるのではないだろうか。

『義母と娘のブルース』の亜希子も、娘との距離を縮めるのに時間がかかり、仕事でも迷いがある部分があったからこそ、多くの視聴者が共感したのだろう。両立の難しさは、努力が足りないからではなく、単純に負担が多いという部分にあるのではないか。

なぜ両立が難しいのか

ここで負担の多さとともに構造的に両立が難しいと思われる例を紹介したい。とあるネット記事で紹介されていたのは、妻の政治活動を支えるために、夫が政界引退を決断したケースである。政治家としてのキャリアはまだ途上にあり、本人も続けたいという未練を抱えていたという。それでも、家事、育児の両立の負担が重いという理由から、家庭側の役割を担う選択を取った。

この決断自体はステレオタイプ的な価値観がアップデートされてきている現代では珍しいものではないはずだ。しかし報道では、この引退は異例だと扱われた。記事内でも指摘されているように、女性議員が同じ理由でキャリアを断念した場合、それが異例と報じられることはほとんどない。ここに、構造的に両立が難しい理由が隠されていると思う。

育児や家庭の事情を理由にキャリアについての判断を迫られることは珍しくないが、その判断がどのように受け止められるかは、社会に未だに残るステレオタイプによって変化してしまう。たとえば、仕事と家庭の役割分担に関しては、昔ながらの性別による価値観の影響を受けていることも否定できない。家庭内でどちらが育児や家事を主に担うのか、また、どちらがキャリアを選ぶのかという選択は、人の無意識での期待や役割意識が影響しているかもしれない。もちろん、すべてのケースに特定の原因があるわけではないが、仕事と育児の両立が難しい状況では、社会で当たり前とされてきた役割が関係している可能性もある。

こうした視点から見ると、両立の困難さは個人の努力や意思だけが要因としてあるのではなく、誰がどの程度の負担を引き受けるのかという価値観とも関係していると言えるのかもしれない。ここに、両立の難しさが個人の能力や意思の問題ではなく、構造にあるということを見出せる。

「そこそこ」を肯定できるか

この例の、両立を個人単位で完結させていない点はポジティブに取られることもできる。家族という単位で見れば、どちらかが一時的に仕事を優先し、もう一方が家庭側に軸を置くという形もあり得る。

必ずしも両者が同時に同じ負担で両方を背負う必要はない。両立は常に同じ状態ではなく、時間とともに変化してもいいのだ。このように考えると、両立のために常に2つのことに全力で向き合うのではなく、時期や状況に応じて配分を変える柔軟性が現実的なかたちといえる。私たちが話し合う中でも出たが、両立できるかどうかより、続けられるかどうかが大切なのではないかと考えた。完璧を目指さない代わりに、配分を見直し続けるのだ。

両立は、達成すべきゴールというより、調整し続けるプロセスなのではないか。二兎を追う者は、二兎を「そこそこ」得る。その「そこそこ」を肯定できるかどうかが、現実的な両立のカギとなってくる。


 

【「ライフデザインYouth Lab.」とは?】

「ライフデザインYouth Lab.」とは、若い世代自らライフデザインに触れ、様々な情報や事例を知ることで得た気づきを共有・発信するための若い世代によるプロジェクトチームです。

この記事を読んで「私にとってのライフデザインって?」と感じたなら、彼らの活動についてもう少しだけ触れてみてください
自分らしい未来を描くきっかけに出会えるかもしれません。

【本記事に関するご注意】

本記事は、大学生が恋愛や結婚など「ライフデザイン」について率直に話し合い、その中で出てきた意見や感情をもとに構成を考え、大学生自身によって執筆されています。そのため、内容には強い言葉や極端に感じられる表現、読み手によっては違和感や不快感を覚える可能性のある記述も含まれています。しかし、それらを過度に編集・修正することはあえて行っていません。話し合いを通して生まれた大学生自身のリアルな言葉を共有することに、この取り組みの意義があると考えています。学生の生の声をできるだけそのまま届けることで、読者の皆さんが自分自身の考えと向き合うきっかけになれば幸いです。