【ライフデザインYouth Lab.】
“あなたのため”がしんどかった。大人の話を聞くまでは

この記事は大学生を中心とした若い世代とこども家庭庁によって組織されたプロジェクト「ライフデザインYouth Lab.」が作成したものです。若い世代が主体的に、自らのライフデザインについて考える機会の創出を目指しています。

※「ライフデザインYouth Lab.」について詳しく知りたい方は文末をご覧ください。

【記事執筆者】

赤松美空

参加した理由/このプロジェクトでやりたいこと
自分のライフプランを改めて考え直すきっかけだと感じたから。自分の考えを言語化し、他者との対話から視野を広げたい!

加藤久美子

参加した理由/このプロジェクトでやりたいこと
仕事とプライベートのどちらも充実させた暮らしをするためのヒントになればいいと思ったから。

「こどものため」という言葉が
ずっと私たちを縛っていた

「あなたのためを思って言ってるのよ」。親からこの言葉を投げかけられると、うんざりしてしまう。「それって本当に私のため? 親の安心のためじゃないの?」と。

私たちのチーム4人で集まった時、この話題で持ちきりになった。みんな、口々にこれまでの「モヤモヤ」を吐き出した。私たちにとって、「あなたのため」という言葉は、愛情というよりは“呪い”に近いものだったからだ。自分の自由を制限され、親の理想を押し付けられるための便利な言葉。

正直、「あなたのため」と言われるたびに、「いや、それ親のエゴでしょ」と心の中で毒づいてきたのだ。でも、本当にそうなのだろうか? 親は私たちを苦しめようとして、その言葉を使っていたのだろうか?

私たちは、自分たちが抱えるこのモヤモヤの正体を考えることにしてみた。

親は完璧な大人じゃなく
後悔を抱えた人間だった

取材を始めて、まず同世代の友人に話を聞いた。返ってきたのは、私たちが感じていたのと同じような閉塞感だった。

「親の敷いたレールの上を歩かされている気がする」「感謝はしてるけど、自分の人生を生きている感覚が薄い」。やっぱり、みんなそう感じていたんだ。けれど、意を決して少し上の世代、まさに今、子育て真っ最中の親戚や先輩たちに話を聞いていくうちに、私たちの見方は少しずつ揺らぎ始めた。

ある先輩ママ(小学生と幼稚園児の子育て中)は、こんな話をしてくれた。「私、こどものことは絶対に否定しないって決めてるの。昔、親に作文とかを赤ペンで直されたのが本当に嫌で、今でも自信がないから。自分の子には同じ思いをさせたくないの」。

衝撃だった。親が「こうあるべき」という正解を押し付けてくるのは、彼らが自信満々だからだと思っていた。でも違った。彼女のその言動は、過去の自分が受けた傷から来ていたのだ。

他にも、「自分が学歴で苦労したから、こどもには良い大学に行ってほしい」「自分は留学したかったけどできなかったから、こどもには海外を経験させたい」といった声が多く聞かれた。

話を聞いているうちに、私たちの中で固まっていた「親=理不尽な敵」というイメージが、ガラガラと崩れていった。親たちが口にする「こどものため」の裏側には、多くの場合、「自分ができなかったことへの後悔」や「自分と同じ苦労をしてほしくないという不安」が隠されていたのだ。

「なんだ……親も、私たちが思っていたような完璧な大人なんかじゃなかったんだ」。彼らは彼らなりに、過去のコンプレックスや将来への不安と戦いながら、必死に正解を探している、一人の弱い人間だった。

そう気づいた瞬間、あれほど嫌悪していた「あなたのため」という言葉が、少しだけ切ない響きを持って聞こえ始めた。でも、だからといって全ての押し付けを許せるわけじゃない。親の後悔や不安を、そのまま「こどものため」としてぶつけられたら、受け止める側はたまったもんじゃない。

親の愛とエゴの境界線は、一体どこにあるのだろう?私たちはさらに深く、その答えを探すことにした。

こどもの可能性は
「正解」より「意味」で広がる

親はなぜ「こどものため」と言うのか。取材や対話を重ねるうちに、少しずつ見えてきたことがある。

多くの親は、自分ができなかったことをこどもにさせたいと思っている。それは期待であり、同時に祈りでもある。けれどその思いが強くなるほど、こどもは「自分で選んでいる」という感覚を失っていく。

実際、同世代から多く聞かれたのは「自分の人生を生きている実感が薄かった」という言葉だった。どんなに正しい進路でも、どんなに将来のためでも、自分で選んだ感覚がなければ、それはただの「与えられた人生」になってしまう。私たちが強く感じたのは、こどもの可能性は正解を与えられたときよりも、その選択の意味を自分で引き取れたときにこそ広がるのではないか、ということだ。

もちろん放任が良いわけでもない。何も与えられない自由は、ときにただの不安になる。だからこそ大切なのは、親の価値観を押し付けることでも、完全に手放すことでもなく、こどもが「自分のため」と思える形で選択できる余白を残すことなのだと思う。

「こどものため」という言葉は、その伝え方次第で愛にもなり、エゴにもなる。そう感じるようになった。

可能性の拡げ方は
ほんの少しの違いかもしれない

この記事を書き始めたとき、私たちは「こどものため」という言葉にかなり強い反発心を持っていた。自由を制限された記憶や、納得しきれないまま進んだ選択が、ずっと心に引っかかっていたからだ。けれど取材を重ねるうちに、その感情は少しだけ変わった。

多くの親は、正解を知っているわけではない。不安や迷いの中で、「これがいいはず」と信じて選んでいる。その結果が、ときにこどもを縛ってしまうこともある。でもそれは、必ずしも支配したいからではないのだ。

もし「こどものため」という言葉を「あなたのために決めた」ではなく、「あなたが選べるように考えた」に変えられたなら、こどもの受け取り方は、きっと少し変わる。こどもの可能性を広げるとは、完璧な道を用意することではなく、自分で意味を見つけられる余白を残すことなのだと思う。

この記事を書きながら、私たちは初めて少しだけ親の立場を想像した。そして同時に、あの頃の自分の息苦しさも否定しなくていいのだと思えた。「こどものため」という言葉が、誰かを縛るものではなく、可能性をひらく言葉になることを願っている。


 

【「ライフデザインYouth Lab.」とは?】

「ライフデザインYouth Lab.」とは、若い世代自らライフデザインに触れ、様々な情報や事例を知ることで得た気づきを共有・発信するための若い世代によるプロジェクトチームです。

この記事を読んで「私にとってのライフデザインって?」と感じたなら、彼らの活動についてもう少しだけ触れてみてください
自分らしい未来を描くきっかけに出会えるかもしれません。

【本記事に関するご注意】

本記事は、大学生が恋愛や結婚など「ライフデザイン」について率直に話し合い、その中で出てきた意見や感情をもとに構成を考え、大学生自身によって執筆されています。そのため、内容には強い言葉や極端に感じられる表現、読み手によっては違和感や不快感を覚える可能性のある記述も含まれています。しかし、それらを過度に編集・修正することはあえて行っていません。話し合いを通して生まれた大学生自身のリアルな言葉を共有することに、この取り組みの意義があると考えています。学生の生の声をできるだけそのまま届けることで、読者の皆さんが自分自身の考えと向き合うきっかけになれば幸いです。