5本指だけが「正解」なのか。AIがつくる“人間の境界線”
メディアアートの世界的コンペティション「アルス・エレクトロニカ賞」。その2026年の受賞作に、ある日本人アーティストの映像作品が選ばれました。タイトルは《AIが消し去る声》。作家の窪田望さんが、8月17日に東京・六本木の国際文化会館で特別上映会を開きます。
精度が上がるほど
「正しい身体」の定義は狭くなっていた

生成AIに「手」を描かせると、指が6本になったり溶けたりする——数年前、そんな画像がネット上で話題になりました。
覚えている方も多いのではないでしょうか。あの「AIあるある」は、いつの間にかほとんど見かけなくなりました。
技術が進歩したから、と私たちは思っています。でも窪田さんが着目したのは、その進歩の裏側でした。
5本指でない手を「エラー」として弾くフィルターが組み込まれた結果、AIは正確な手を描けるようになった。けれど同時に、生まれつき指の本数が異なる「裂手症」の人たちの手は、学習データの中から静かに排除されていたのです。
精度が上がるほど、「正しい身体」の定義は狭くなる。技術の改善が、そのまま誰かの存在の不可視化につながっていた——この逆説が、作品の出発点になっています。
AIをつくる側だった作家が
自らの加担に気づいていく
窪田さんは現代美術家であると同時に、AI分野の起業家でもあります。19歳で起業し、日米中港でAIの特許を20件取得してきた、いわば「AIをつくる側」の人間です。
その窪田さんが、裂手症の当事者やその家族、医療従事者と対話を重ねる中で向き合ったのは、自分自身の中にあった「5本指が正しい」という無意識の前提でした。
作品は、当事者の身体を一方的に記録するドキュメンタリーではありません。AIの内部構造を知る作家自身が、自らの加担に気づいていく過程そのものを映し出しています。
この作品は、世界106カ国から4,329件の応募が集まったアルス・エレクトロニカ賞のDigital Humanity部門で、公式受賞15作品のひとつに選ばれました。窪田さんは同部門で唯一の日本人受賞者です。
「消えたもの」は、消えたあと見えない
上映会では、作品の鑑賞に加えて「AIに何を教え、何を教えないべきか」をテーマにした会場ディスカッション、さらにAI経営の専門家・森正弥さん(博報堂DYホールディングス Chief AI Officer)や、企業の人権戦略に携わってきた銭谷美幸さんを交えたパネルも行われます。
私たちは毎日、AIの恩恵を受けています。画像生成、顔認証、レコメンド。「精度が上がった」と喜ぶたびに、その裏で「標準」から外れた誰かの存在がデータから消えている可能性がある。
そのことに気づくのは、たぶん、とても難しい。なぜなら「消えたもの」は、消えたあと見えなくなるからです。
だからこそ、アートがその不在を可視化する意味があるのかもしれません。便利さの手前で一度立ち止まる——その90分が、AIとの付き合い方を少しだけ変えてくれる気がします。

《AIが消し去る声》特別上映会
【日時】2026年8月17日(月)18:00〜19:30(開場17:30)
【会場】国際文化会館(東京都港区六本木5-11-16)
【参加費】無料(事前申込制)
【主催】株式会社Creator's NEXT
【後援】国連グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン
【申込】イベント申込フォーム






