痛々しくも甘い。ジャズマンの恋愛映画『ブルーに生まれついて』。

11月末から公開されているこの映画の主人公は、チェット・ベイカー。1950年代、黒人ばかりのモダン・ジャズ界で一世を風靡し、マイルス・デイヴィスを凌ぐとも言われるほど人気があったトランペッター。

彼の人生をまるっとまとめた伝記映画というより、一時期にフォーカスして脚色を加えた作品。胸を締めつけられるほど痛々しくもロマンティックな、ジャズとラブストーリーに酔ってしまう。

映画化されたジャズマンの人生を知ると、それまで楽曲からしか感じられなかった彼らの心情が、むき出しの映像とともに可視化されて心を揺さぶられる。ドラッグに落ちてボロボロになりながらも、プレッシャーと戦っている姿がどうしようもなく煙たくて目にくるのだ。しかし、それだけ自分自身を犠牲にしてまで音楽に心血を注いでいるからなのか、良い音がもっと強調されて心に響いてくる。

チェットを演じたイーサン・ホークは「僕が表現したかったのは、“悪い”の仮面の下に隠された人間の姿だ。彼はたくさんの問題を抱えていた。僕はそういう人物を、愛情を持って演じたかった」と言った。

とくに『My Funny Valentain』を歌うシーンはズルい。下の動画で一曲日本語字幕付きで視聴できる。こんな曲と歌詞をあんな声と眼差しで差し出されたら…と考えながら見てほしい。

ジャズ界で最も悪名高いジャンキー。つまり問題児である彼が、眉間にしわを寄せてタバコの煙を吐きながら最愛の女性にささやく甘い歌。スムースに響くトランペットの音。その場に居る者の心が、どうやって奪われていくのか。ため息を漏らさずには観ていられない。

この病的なジャズマンの歌と演奏は、とにかく優しい。にも関わらず、自分や周囲をこれでもかと傷つけていく。弱々しくて傷だらけで見ていられないのに、いつも真っ直ぐで放っておけない。間違いだらけで、かっこいい。だからこそ、手を差し伸べたくなるような親近感がわく。

見ていると、いつの間にか心のなかで「チェット…。」と呼びかけずにはいられなくなっている自分に気づく。

「あまりにも美しく、グロテスク。」

12月2日に開催されたイベントで、ジャズミュージシャンであり文筆家の菊地成孔と、著述家の湯山玲子はこう解説した。

菊地「チェットは、若い頃人気があったんだけど、バブリーな時期は途中からダメになってきて、結婚生活も何もかも上手くいかず、自伝映画の『レッツ・ゲット・ロスト』の公開直前に亡くなったという悲痛な没落の人生を送った本当にダメな男。でも、この映画のチェットの人生は言われるほどひどい人生じゃない、このくらいだったら、母性本能をくすぐる男、位に無毒化している。」

湯山「私が感じたのは、物語の根幹は恋愛だなと。一般的に見ると、アーティストの男性は、表現をする身だからこそ現実の生活ができない、だからこそ、才能・ギフトを天から与えられている。そういう人はある種、女性を惹き付けるものがありますよね。そして、女性が誰かに依存したい、誰かのために生きたいという気持ち、典型的な滅私奉公的な気持ち。そして、それだけでなく、自立しようとするいい女の生き方も描いている。」

菊地「非常にロマンティック。チェットという存在自体が、あまりにも美しすぎてあまりにグロテスクすぎて、人をもの凄い力で魅了させるんだけど、それはつまり尋常じゃなくさせるっていうことだから。チェットを冷静にリアルに見ることは誰もできないんじゃないかというのが僕の結論ですね。」

最後まで音楽を愛した、
チェット・ベイカーに恋をする。

チェットは、前歯を失うという管楽器奏者として致命的な怪我を負いながらも、高域を抑えたフレージングを個性にした。女の子のような声と言われながらも、その歌でファンを熱狂させた。

口を閉じてはにかむことから、ジャズ界のジェームス・ディーンとも呼ばれ、女遊びと薬物問題で話題に事欠くことが無かった。けれど、人気が衰えても演奏をやめることはなかった。ジャズには一生向き合い続けたのだ。最後はアムステルダムのホテルの窓から転落死した。事故死とも自殺とも他殺とも言われている。享年58歳だった。警官に発見されたときに、トランペットを抱えていたと言う話もある。

シンガーの土岐麻子からは、こんなコメントが寄せられた。

「結果が出なくて焦ったり、人と比べて悩むたびに彼の音に救われてきた。その音の力の理由は、彼こそが焦りや見栄に勝ち、音楽に食らいついて生きたからなのだろう。」

彼のひたむきな姿に共感したり感動する一方で、大切な人の存在や、身を滅ぼすような誘惑について考えさせられる。この映画を通してチェットの人生を見ていると、胸が苦しくなることばかりだけど、そうするしかなかったのだろうな…なんて、わかってあげたい気持ちにさせられる魅力が、彼の人間性や演奏にはっきりと感じられる。それだけ音楽を愛していたのだろう。痛々しくも甘いチェット・ベイカーのラブストーリーからは、そんな思いが確かに伝わってくる。

映画は絶賛上映中。ぜひ劇場で確かめてみてね。

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