福岡のゲストハウス「SEN&CO.HOSTEL」が、朝ごはんにこだわる理由。
日々、さまざまな旅人を受け入れるゲストハウス。宿泊費を安く抑えられるだけでなく、旅先をローカル感覚で遊びたい人にとって人気の宿泊先だ。
そんなゲストハウスのオーナーは、その街がどんなに面白くて魅力的かを一番よく知っているはず。ここでは「街のアニキ分」的存在のゲストハウスオーナーに「大人の遊び」について聞いてみたいと思う。
オープンから1年、
人気のゲストハウスへ。
福岡の中心部・天神エリアから地下鉄で約8分の中央区六本松にある「SEN&CO.HOSTEL」。
住宅街にひっそりと建つここは、1階はカフェ兼フリースペース、2階はベッド数14の小規模なゲストハウスとして営業している。オーナーの濱口仙太郎さんは不動産業を営んでおり、もともとはこの物件を賃貸で貸し出そうと考えていた。それが今、世界最大の宿泊予約サイトでは200近い口コミがつき、評価は10点満点中9.4点と非常に高い、人気のゲストハウスに。
ゲストハウスをオープンさせてから約1年。どんな視点で旅人をもてなしているのか探るべく、話をうかがった。
「宿の記憶って、
“朝ごはん”だと思うんです」
——「SEN&CO. HOSTEL」は利用者からの評価がとても高いですよね。このホテルの売りは何ですか?
「うちは、”朝ごはん”がストロングポイントになっている宿です。地元の野菜や魚などの食材と、調味料も味噌から手作り、旨味を塩麹や甘糀で引き出したりして、健康的な和朝食を出しています」
—— ゲストハウスで朝食付きは珍しいですね。
「そうですね。宿の記憶って“朝ごはん”だと思うんです。旅立つ朝に最高のものが出てくると、その宿が忘れられなくなる。僕たちは英語もしゃべれないし、スタッフも2人だけなのでそこまでホスピタリティがいい宿ではないんだけど、みなさんの胃袋はつかんでいるんじゃないかな、と(笑)」
—— どんなお客さんが泊まりに来ていますか?
「オープンして最初のほうは外国人の方ばかりでしたが、今は外国人と日本人の方が半々くらい。福岡に顧客を持つ県外のヨガの講師や、カウンセラーの方などが定宿にしてくださることも多いです。年齢層も上がってきて、40代前後の方も増えましたね。女性用ドミトリーのベッド数が多いこともあって、男女比は女性がほとんど」
—— ゲストハウスで40代も多いというのは意外でした。
「手作りの和朝食とか、1階のイベントスペースでやっている料理教室などで、僕らの空気感が伝わっているのかもしれません。それにベッド数も少ないので、比較的静かに泊まれるからじゃないでしょうか」
「街に対して“見えている”こと」
—— 1階のカフェ兼イベントスペースも特徴的ですよね。旅行者だけでなく、地元の人たちが利用できる場所になっている印象です。
「街に対して“見えている”ってすごく大事だと思うんですよ。ワークショップやイベントをやることで街の人が来てくれるし、参加しなくても全面ガラス張りの窓にしているから通りすがりでも雰囲気がわかる。
イベントも僕らが主催して、みなさんにぜひ知ってほしいと思えるものを企画しています。イベントとしては割と高単価なのですが、その代わりに質を重視して、一度行くと次は友だちを連れてきたくなるようなものを目指しています。少人数制にしているのは、僕らもお客さんひとりずつの顔が見えるように」
—— ゲストハウスを作るときから、イベントスペースもやろうと考えていたんですか?
「いや、それがまったく考えてなかったんです(笑)。そもそもは店舗付き住居として一棟貸しするつもりでしたが、それだと相場より高くなるので、3フロアを切り分けて賃貸にしようと考えました。1階がカフェ、2階がゲストハウス、3階が住居と、用途を切り分けて使えるようにして。
新しく飲食店を始める場合、固定費の家賃が大きな負担になります。でも宿をやっていれば、宿の収入が家賃負担を補い、旅行者もカフェのターゲットに含むことができます。さらに言えば、3階に住んでいれば、小さいお子さんを育てながらでも仕事ができるかもしれない。1階、2階、3階で関係性を深くしていくと、それぞれにメリットが生まれます」
—— そんな物件の使い方があったとは! 新しい働き方を考えている人にとって、夢がある話ですね。
「そうやってゲストハウスについて考えているうちに、面白いことができそうだと思って自分たちでやることにしました。今は3階は賃貸して、1階と2階は僕がオーナーとしてやっていますが、『カフェとゲストハウスをやりたい』という熱意を持った人が現れたら、その人に丸ごと渡すのもありです」
「六本松の“フロント”として」
—— 濱口さん自身はもともと大家さんですもんね。では、濱口さんがゲストハウスをやることになったきっかけは何だったのですか?
「築42年の古い自社マンションを稼働させるために自分なりに不動産を勉強しだしたときに、吉原住宅の吉原さんというリノベーションでヴィンテージマンション再生に取り組んでいる方に出会ったのがきっかけですね。そこで教わったのは、リノベーションはあくまでも手段であって、本来の目的は古いものを活かして活用するということ。
その考え方を知り、リノベーションの会合に出たりしている流れで、マンションの一室を宿として貸し出すエアビーアンドビーに出会いました。そのエアビーのミートアップが美野島にあるゲストハウス『コステル美野島』であったんです。
それが本当にカルチャーショックで。みなさん家って子育てするために、35年ローンで買うけど、子供たちが大きくなって出て行ったら、ただ夫婦が暮らすためだけにローンを返し続けるだけみたいな。だけど、子供たちが出た空き部屋はシェアハウスやゲストハウスにすれば収入が確保できる。
さださん(コステル美野島のオーナー貞國さん)は、そんな”新しい形の家”を美野島商店街の中に作っていたんです。食事は街にあるから用意する必要はない。まち全体が宿という考え方ですよね。
うちもあくまでも”まち全体を宿”として考えていて、”まちを宿に見立てる”と、そこには十分なコンテンツがある。六本松という街はおいしい店もたくさんあって、再開発で蔦屋書店や福岡市科学館もできてそこでイベントもやっています。うちは六本松のフロントみたいな場所ですね」
—— 六本松という街だからゲストハウスをやっている、ということですね。六本松はどんな街なのでしょうか?
「天神や博多にバスも出てるし、自転車があれば5分程度で行けて利便性が高い。街に近い住宅街ということで、30代の子育て世代がとても増えている印象です。
また、アーティストなどの個性的な人がすごく多いですね。
もともと大学がたくさんあって、そこの学生がどんどん入れ替わる若者の街だったんです。九州大学が移転してからも学生街として安くておいしい店が残りつつ、九大跡地の再開発も行われているので、新しいものと古いものが混じっている街です」
—— 天神にはない、ローカル感も六本松の魅力ですよね。六本松のこの雰囲気はどこから来ているんですかね?
「『まつパン』さん、『うどん日和』さんとかは有名ですね。また、『ろっぽんぽん』さんのような同じ世代の店主たちで、六本松を盛り上げていますね。かと思えば、昔からある京極街という長屋には小さな店がひしめきあっています。駅前は賃料がかなり上がって、それこそ大手チェーン店しかやっていけないくらいですが、裏のほうは空き家もあるし頑張っている人たちが大勢います。うちはどちらかというと、何屋さんでもなく、小さな店をやっている人たちが集まれる集会所みたいな場所にもしていきたいと思っています」
「宿泊とイベントを
セットで企画したり」
—— ゲストハウスというより、やはり”六本松のフロント”のイメージなんですね。ゲストハウスとイベントスペースの相関性などはどう考えていらっしゃいますか?
「宿泊とイベント、セットで参加するような企画を考えています。より濃厚なコミュニケーションが取れるワークショップになるので、会いたいゲストであれば県外からでも興味を持ってもらえます。
『東京カリー番長』を呼んで2日間やったイベントは、九州各地からお客様が来られ昼も夜もほぼ満員でした。これから定期的にやろうとしているのが、熊本の吉村純さんの『味噌汁ライブ』。朝食で出している味噌汁は重ね煮という作り方なんですが、水を使わず野菜を煮込み、動物性の出汁を使わなくてもすごく深みのある味噌汁になるんです。参加者が変わると味に変化が出るのが面白いところです」
—— 宿泊付きで少人数、とても贅沢なワークショップになりそうですね! 新しい発想のお話が聞けて、ゲストハウスのカルチャーショックが起きました。今日はありがとうございました。
1階カフェの壁には、六本松を中心とした福岡市の地図の絵が大きく描かれており、これを指差しながら丁寧に街の紹介をしてくれた濱口さん。物静かながら、斬新で刺激的な考えが、とても興味深かった。
ゲストハウスオーナーの視点だけでなく、大家業としての戦略的な視点、そして小さい頃から住み慣れた、六本松の住民としての温かい視点を持っているからかもしれない。
住所:福岡県福岡市中央区谷1-14-4
TEL:092-741-2055
営業時間:
RECEPTION 8:00〜23:00
CHECK-IN 15:00〜22:00
※空室状況などは、HP・Facebookから。