#2 ノスタルジックな過去への逃避とは?――猫シCorp.インタビュー
Vaporwave特集 #2
ヴェイパーウェイヴがわかりにくいのはなんでだろう?
音楽ジャンルの名前として見るか、一連のムーブメントの名前として見るかで、捉え方が大きく変わるということも一因としてあると思う。
実験音楽の一種を表していたから、ジャンルとしては色々なところで死んだと言われている。でも、その名前は、そこから派生した流れ全体を指す意味でも使われている。
その変化の歴史を、クリエーターはどう見ていたのか。 派生ジャンルのひとつ、Mall Softで知られるオランダのアーティスト、猫シCorp.にこれまでのことを振り返ってもらった。
まずは、なんでそのネーミング? ってところから。
――まずは猫シCorp.という不思議なアーティスト名のことから。これって意味はあるんでしょうか。
由来はある(笑)。
個人的に猫が大好きっていうことと、あとはカタカナの“シ”をスマイルマークとしてよく使ってた。
日本語と、英語と、オランダ語を行ったり来たりしながら色々な言葉を翻訳にかけてたときに、突然、Cat SYSTEMってワードが出てきたのもある。
Corp.はコーポレーションっていう意味で使ってるね。日本を含むアジアって、ぼくたちにとってはミステリアスで神秘的な場所だから、もしも西ヨーロッパに日本企業があったら……なんて考えながら、Consumer And Telecom System Corporation、っていうフルネームもつくった。
――CAT System Corp.なんですね。おもしろい。機械的な翻訳のような表現については?
日本や中国で、モロに間違ってる翻訳のタトゥーを見たりして、そういうのをおもしろいなあと思ってた。これも皮肉だよね。“Luck”なんていれてると、“ぼくは馬鹿です”って言ってるのに近い表現だから。
変な日本語の服を着ている人もいると思うんだけど、ああいうのなんて言うんだろうね。アジアの人たちは"Horse Stupid Kitchen"みたいなワケのわかんないプリントT着てるでしょ。haha。
――あると思います(笑)。現実世界にある人力バグみたいな。さて、本題に入ろうと思うのですが、ヴェイパーウェイヴに関する創作をはじめた頃はどんな雰囲気でしたか?
今思えば、みんなとてもユニークなところにいたんだなって思うよ。ヴェイパーウェイヴの音楽とアートは、ネット空間で生まれたから。
白状しちゃうと、まだジャンル名がついてなかったころのものはあんまりチェックしていなくて、初期のサウンドでものすごく影響を受けたのは、Luxury Elite、TOYOTAセリカ、Architecture in Tokyo.ってアーティストたち。
その周辺では、深夜のテレビジョン、夜のドライブ、古いソフトウェア、ゲーム、80年代の日本から感じるような神秘的な雰囲気やアメリカのカルチャー……、そういう話題が多かったね。そのイメージはとても重要だった。
ヤシの木、ネオン、リゾート地らしく演出されたショッピングモール空間、80年代の大量消費社会。
これらはぼくらの一部なんだよ。みんなダイヤルアップ接続のスローなインターネットで育って世界を知った世代だから。
――だから必然的に懐かしさを感じる、と。
ぼくが思うに、ヴェイパーウェイヴには、9.11以前に存在していた古き良き世界のノスタルジアが深く関係してるんだ。80年代から90年代にかけて生まれた世代の、ノスタルジックな過去への逃避でもある。
家族で撮った写真やビデオに記録されている子どもの頃の想い出とか、当時の理想像にインスパイアされているから。
――それ以前の世代と比べて、ネットに多くの記録が残っているから、過去へのアクセスは簡単かもしれませんね。
2014年か2015年頃に、Tumblrで「#intaes」っていうタグが大量に出回ったんだ。これには「Internet Aesthetics(インターネット美学)」って意味があって、一緒にアートや音楽が創られていた。物理的なものや実存する場所を抜きにしてね。
そういったものから、ノスタルジックな感覚を呼び起こされて、ぼくらはただ楽しみながら新しいジャンルをつくっていった。
そのときは、t e l e p a t hというアーティストがとても有名だったなんて知らなかったし、サイバーパンクの話が出てくるだなんて思ってなかったんだけど。
ヴェイパーウェイヴを知ったのは2014年の春。きつめのノイズミュージックをいくつかつくっていて、カセットじゃなくてなにか違うものでリリースしたいと考えていたんだ。
そのときにフロッピーがいいと思って、どうやったらリリースできるのかをググった。それでたまたま見つけたのが、Miami Viceの『Culture Island』。
このサウンドにやられちゃって、見つけた感じがしたんだよ、“自分が失ってしまった何か“みたいなものを。
――それがショッピングモール感のある、Mall Softというサブジャンルの雰囲気?
こういうミューザックスタイル(※)のヴェイパーウェイヴは最高だよね。
※BGMのような、聞き流す音楽という意味。
Mall Softは、ぼくがつくったショピングモール、プラザ、その世界観にユーザーを連れ込んでいる感じ。だから、フューチャーファンクにはハマらなかった。ジムのトレーニングには最適だけど! haha!
ヴェイパーウェイヴと呼ばれる前や、後期の激しいノリはあんまりピンとこなくて、やっぱり第2期あたりからがサウンドやビジュアルも好き。本当に多様で、定義できないものだったし、基本的なピッチダウン、ルーピング、エフェクトがいつもセットだった。一番はやっぱりMall Soft。スローダウンさせてリバーブをかけた80年代の音楽が大好きなんだ。
サブジャンルはたくさんあって、今はそれぞれがオリジナルの世界観をつくってる。t e l e p a t hはその最たる例で、彼の作品はどれも好みだよ。彼を友だちと呼べることを誇りに思っている。
――今もヴェイパーウェイヴに関連する作品は増え続けていると思うのですが、最近のインターネットカルチャーも含めて、どういう印象を持っているのでしょうか。
今のネットカルチャーって、PVで数えることがすべてみたいな感じだよね。あとはブログが多い。正直ぼくはどっちもあまり関係ないけれど、YouTubeもほんとに良いチャンネルは少ない。最近はインターネットから遠ざかってるかな。
起きていることをすべてチェックするのはとても時間を使うし、それで幸せになれるとは思えない。
“The things you own end up owning you(キミの持っているモノが、キミを所有することになる)”っていう言葉があるけれど、インターネットはその例として完璧だと思っている。
すばらしい媒介ではある反面、それによってコミュニケーションをしたり、情報を得たりすることは、心の中にそのための場所をつくるということになるからさ。
――まさに情報過多。ヴェイパーウェイヴのアーティストからそういう答えが返ってくるとは、意外でした。
インターネットにはジャンクも多いからね。ただ、Neon Saltwaterみたいに、ピュアなアートも存在する。彼女はデジタルイメージだったものを現実世界に実物として再現してる。既存の家具と一緒に。
だから、ムーブメント自体は大好きだよ。純粋に現代アートだと思ってる。Tumblrにあった画像がAIによって自動生成されたのを見たことがあるけど、それは過去の世代によって創られたものであると同時に、新しいツールの恩恵を受けているものなんだ。
ぼくたちは、ちょっと反抗的だと言われてもしょうがない存在だと思っている。そういう意見も受け入れるよ。80年代の資本主義消費時代を皮肉りながら、新しいスマホやスニーカーを毎年買い続けてるしね。
ただ、アートフォームとも言えるムーブメントがインターネットに生まれたのは素晴らしいことだ。コミュニケーションに壁がなくなって、こうやって日本の人とヴェイパーウェイヴについて語り合うこともできるわけだし。
――肯定的に捉えられていると思われる動きについてはどうですか?
企業がヴェイパーウェイヴを引用しているのはぼくも知ってるし、おもしろいとは思うけど、なんで今? って思うところはあるかな。けっこう時間が経ってるでしょう。
もしこれでメインストリームな話になったとしても、人々が見るのは、氷山の一角でしかない。ぼくらが経験したことは絶対に体験できないと思う。Macintosh Plus(※)のTシャツがH&Mに置いてなくても別に困らないし、でも、オモシロイよね。
(※)Macintosh Plusは、ヴェイパーウェイヴを代表するアーティストVektroidこと、ラモーナ・アンドラ・ザビエルのプロジェクトの一つ。
――では、今後はどういった活動を?
これまでは、サンプルで何かを創作してきたけど、今はすべて自分でつくれるようにと前進しはじめている。
2017年の末頃から最新のプロジェクトにも取り組んでいて、完全にオリジナルのフルアンビエント作品をつくっているんだ。2018年が終わるまでには完成させたいと思っている。カセットとレコードと日本のCDでリリースするよ。
――そうなんですね。どんな内容か、教えられる範囲でお願いします。
映画『マトリックス』や、ギリシャ神話のヒュペリーオーン伝説にインスパイアされている。古い地球と新しい場所に分かれた世界観をつくってる。これまでにリリースした『Hiraeth』と『Palm Mall』から進化させたストーリーだ。
一方はダークでヘヴィーに、もう一方はライトでエアリーに。死にゆく古い地球と、新しいリングワールド(※)との対決になるね。
(※)『リングワールド』はSF小説のことであり、作中に登場する人間が居住可能な巨大施設のこと意味している。恒星の周囲を回転させて地球と同じ重力を生み出している空間。
ぼく自身、サイバーパンク映画や、ゲーム、本から凄く影響されてるし、過去の曲をリミックスして新しい世代に届けるフューチャーファンクも好きだし、日本にあるたくさんのシティポップやジャズ、フュージョンに出会えたことにも感謝している。
だから、こういったサブジャンルへと進化させたアーティストは本当に素晴らしいと思う。ヴェイパーウェイヴが前進していることも嬉しいよ。
――楽しみです。ありがとうございました。 最後に、これからヴェイパーウェイヴを知る人にメッセージをどうぞ。
オランダにもアーティストはあんまりいないし、ぼくのテープも自分の国より日本への出荷数のほうが多いんだけれど、アーティストのBlank Bansheeがこっちでパフォーマンスしたときは、かなりオーディエンスが集まったし、インターネットで知り合った友だちやファンにも会えて、本当に素晴らしかった!
昔から知ってるか、今知ったかは関係ない。みんなヴェイパーウェイヴを楽しめばいいと思うよ。