「言葉は、時代にあわせて生まれ変わっていくもの」――アン・クレシーニ准教授インタビュー

 

「ペットボトルは英語じゃないって知っとうと!?」

っていう本、知ってる?

北九州市立大学准教授の、アン・クレシーニさん(通称:アンちゃん)が書いた本なんだけど、これがね、とっても愉快!言語学の先生をしているアンちゃんが、日本人の日常会話のなかにじつはたくさんある「和製英語」を、とってもチャーミングに教えてくれるんです。

ぜひお話してみたい!って思ってインタビューさせてもらったわけだけど、和製英語についてはもちろん、アンちゃんを通して、「日本語」や「日本の文化」について初めて思うことがたくさん。日本の文化って、心にも身体にも、とっても優しいものだったんです。詳しくは、ぜひ本文を読んでみてほしい。

そうそう、このアンちゃん、アメリカ出身だけど、もう長く福岡に住んでいるから、言語は博多弁!だけどこの日は「取材だから標準語になっちゃう」とのことでした(でもたまに博多弁だったよ!)。

アン・クレシーニ

北九州市立大学准教授。専門は言語学。アメリカのバージニア州出身。福岡県在住。研究と並行して、バイリンガルブロガー、スピーカー、テレビコメンテーターとしても活躍。2018年9月、著書『ペットボトルは英語じゃないって知っとうと!?』(ぴあ株式会社)を発行。

バイリンガルブログ『アンちゃんから見るニッポン』も話題!

外国人は、みんな、
その意味を知ったら爆笑するはず(笑)

 

——和製英語の存在を初めて知ったとき、その魅力を感じて恋に落ちたと聞きました。当時の感覚を詳しくきかせてください。

 

そもそも、わたし、言葉が大好きなんだよね。とっても言葉に敏感で。たとえばテニスの大坂なおみ選手が優勝した頃に、メディアが「大坂なおみ選手が帰国しました!」って言ってたんだけど、「日本に住んでいないのに、なんで『帰国』って言葉を使っとると?」って思ってしまったり。たしかに日本国籍ではあるんだけど、そういうことがすごく気になるんだよね。

 

——考えもしたことなかったです……。

 

和製英語って、けっこう外国人からバカにされがちで。「文法がおかしい」とか、「これは英語じゃないから恥ずかしい」とか。実は、わたしもそういう外国人のひとりだったの。

 

——その価値観が変わるきっかけになった和製英語が、まさかの「パイプカット」だったとききました(笑)。

 

そう(笑)、なんで「パイプカット」って言葉が会話に出てきたのかは覚えてないんだけど、最初に聞いたとき、わけがわからなくて。意味を説明してもらってもう爆笑。「日本人はどんだけクリエイティブなんだ!?」って。

 

——え、そんなに?

 

「この単語おもろいやん!」って思ったよ!で、和製英語は、英語じゃなくて日本語だっていうこと。英語だと思って聞くと、おかしいってなっちゃうけど、日本語だと思えば、ネイティブスピーカーは批判する権利は一切ないなと気づいて。「これは日本語やけん、楽しく使いたい!」っていう視点で、研究をしはじめました。

 

——そっか。じゃあ、完全にクリエイティブな新しい言葉として受け入れることができた?

 

なので、漢字やひらがな、カタカナと同じように、和製英語もちゃんと勉強せにゃいかんなって思ったの。

 

——なるほど。日本のひらがな、カタカナ、漢字につづく、日本語の種類なんですね。和製英語がクリエイティブだって思われたのは、英語と英語が、組み合わさった瞬間に英語じゃなくなって、あたらしい言葉になるっていう変化があるから?

 

そう、しかも、この組み合わさった単語は絶対に英語圏では通じなくて。それもめっちゃ面白い。アメリカ人に「パイプカット」の意味を聞いたら、100パーセントと言っていいほど、わからないと思う(笑)。

 

——言葉としてまったく成り立ってないっていうこと?

 

はい。なので、その意味を言ったら爆笑するはず。「あー!素敵やん!」って。伝わりやすい単語もありますよ。たとえば「ランニングマシーン」なら、「ランニング」と「マシーン」だから、想像しやすいでしょ?そのからくりみたいなものが面白いなって思ったの。

「全然大丈夫」は、そのうち
正しい日本語になるんじゃないかな

©2019 TABI LABO

 

——日本の言葉って、季語があったりとか、わびさびを感じるとか、奥ゆかしい美しさみたいなニュアンスでほめられることが多いのかなと思うんですけど。アンちゃんが感じられている日本語の面白さって、どういうところにあるのでしょう?

 

やっぱり日本語って、文化と深く繋がっているなとわたしはいつも思っていて。たとえば、ひとつの文化があるとして、そこ概念がなかったら、当然その文化や概念を表す単語もないわけで。たとえば「単身赴任」っていう言葉とか。

 

——日本ならではの文化があって、初めて生まれる言葉?

 

そう。単身赴任っていう概念は西洋の国にはあんまりないので、そういう単語もない。だから、日本の言葉が美しいっていうことは、日本の文化そのものが、すごく美を大事にする文化を持ってるっていうことで。さっき言っていたような、「わびさび」とか、「刹那的な」とか、「感動する」とか「癒される」とか、こういう単語は、なかなか英語に訳せない言葉なんだよね。

 

——「せつない」を表す英語がないっていうのは聞いたことがあります。

 

そう、ないんよね。もちろんそういう気持ちにはなるんだけど、言葉と文化はリンクしているので、その繋がりについては常に考えなきゃいけないなって思ってる。

 

——本にも、「なくなる言葉もあるし、新しい言葉もできていく。言葉の勉強はずっとつづいていく」というようなことを書かれていましたね。

 

言葉は生きてるけんね。時代に合わせて、ずっと生まれ変わっていくものだと思う。文化が変わっていくからね。

 

——生き物である言葉を、ちゃんと伝えたいなって思って言語学者に?

 

そうですね。国語の先生と言語学者の違いがあるとしたら、先生は「この言葉の使い方は正しい、正しくない」っていう教え方。言語学者は、世の中での言葉の使われ方を見て、それをいろんな人たちに説明する人。これは正しい、正しくない、じゃなくて、今の若い人はこういう言葉を使っているんですよ、とかそういうことを文化として伝えるっていうことなのかなと。

 

——勉強はつづいていく、ってそういうことなんですね。

 

日本語の文法もどんどん変換されていくでしょ?使われなくなった言葉もあるし、どんどん新しい言葉も増えていく。じゃあ、その激しい入れ替わりの中で、どんな言葉が残るかっていったら、全世代が使っている言葉なら、たぶん残ると思っていて。

 

——正統派な日本語なら、残るっていうこと?

 

正統派とされてきていなかったのに、残るだろうなっていう日本語もあって。たとえば、「全然大丈夫」っていう言葉の使い方とか、「ら抜き言葉」とか。「食べられない」じゃなくて「食べれない」とかね。そういうのはたぶん、全世代が使ってるから、そのうち正しい日本語になるんじゃないかな。けど、若い人しか使ってない若者言葉はそのうちなくなっていくと思う。

「れ足す言葉」は「ら抜き」言葉の
親戚みたいなものかなって思ってる(笑)

©2019 TABI LABO

 

——若者言葉にも、興味があったりしますか?

 

めちゃくちゃ興味ある。いちばん好きなのは、「なわけ」とか(笑)。

 

——え……?「なわけ」?

 

九州では「そんなわけないやん!?」ってよく使われる言葉なんだけど、それは長すぎるから、「なわけ!」になったの。だから、なんかありえないこととか言われたら「……なわけ!」って言っちゃう(笑)。

 

——明日から使わせていただきます。「なわけ」。

 

あと、最近「ワンチャン」の意味が微妙に変わってきていて。

 

——あ、「ワンチャン」は言いますね。「ワンチャン、アリかも!」みたいな。

 

そう、「ワンチャン」のもともとの意味は、「ワンチャンス」だったんですよ。今言っていたような、「ワンチャンスありそう」っていう感じで。でも、じゃあどういう意味って聞かれたら説明できますか?

 

——たしかに、ニュアンスとしてはとらえることができるし、言ってることを理解することもできるんですけど、説明と言われると……。

 

今の若い人たちは「ひょっとしたら」という意味で使っていますよね。「ワンチャン行けるかも!」とか(笑)。

 

——なるほど。このあいだ友人が「ワンチャン行けないかも」って言ってて、否定文にも使えるんだ!?って思いました(笑)。

 

ああいうの聞いていると、日本語ヤバいなって(笑)。でも、こういうところがすごい面白くて。わたしも色々知りたいし気になっちゃうから、聞いたことない言葉の使い方を聞くたびに、「え!?なんて言った!?」って聞き返しているんです。

 

——ほんとに次から次へと、言葉の使われ方って新しくなっていきますもんね。

 

これはもう前からだけど、「〜くない?」もすごく使われるやろ?「きれいくない?」とか。

 

——言う人いますね(笑)。

 

ほんとは「きれいじゃない?」が正しい日本語だけど、なんでもとにかく「くない?」をつけたりして(笑)。形容詞には簡単につけられるんだとすぐに理解できたけど、このあいだ友達が「あの商品って、1万円するくない?」って言ってて。え!?動詞にもつくと!?って(笑)。

 

——「できるくない?」とか(笑)。

 

そうそう。で、ついには「あれ、いいアルバムくない?」って言ってて!「名詞にもつくと!?」って。相当ビックリした。とにかく、何にでも「くない?」をつけていいんだって。

でも新しい単語は、ただ作ればいいっていうわけではなくて、ある程度文法のルールがあってその法則からアレンジされていくのかなと。

 

——たしかにそうですね。あくまでベースになっているのは、昔からある言葉ですね。

 

わたしの子どもが、ある日「ママ、それ、いけれる!」って言ってて。え?って思ったら、「いける」っていう意味で。「なんで『いける』のほうが3文字で簡単に言えるのに、わざわざ『いけれる』って言うの?」って思って、facebookの日本語コミュニティで先生たちに聞いたら、「あれはね、『れ足す言葉』っていう言葉なんだよ」って教えてくれました。

 

——「ら抜き」があれば、「れ足す」もある……。抜いたり足したり忙しいですね、日本語は。

 

そう、抜くのはまだわかるのに、ついにはわざわざ足すっていうこともして(笑)!その言葉の変換がすごく面白い。最初は、どこかの方言かなと思っちゃった。「れたす」は、「らぬき」の親戚みたいなものなのかなって考えてる(笑)。

初めて「いただきます」の意味を知って
変わったこと

©2019 TABI LABO

 

——言葉に限らず、日本の文化そのものにも興味があったりしますか?

 

日本語でブログを書き始めてから、文化の違いも知りたくて、日本のことに挑戦するようになりました。魚をさばく教室に行ったり、おせち料理を作ったり、今は着付けと三味線も習っていて。でもそういう精神って、今まではなかったんですよね。

 

——なにがきっかけで?

 

やっぱり、日本の文化をもっと深く知りたいなと。そこにある世界観とか価値観、それをどうしても知りたくてたまらなくなった。そこにはきっと、知識として知るっていうこと以上のものが、あるんじゃないかなって思ったの。

 

——なるほど。

 

わたしの親友は京都出身で、純日本人なんだけど、わたしはバリバリアメリカの田舎者やけん、彼女とは全然共通点がないし、そもそもの考え方が全然ちがう。価値観、世界観、宗教観、国籍、言葉、なんにも似てないんだけど、なぜか人生で一番と言っていいほどの親友なの。

その彼女とは、日本の文化とか、宗教とか、世界観とか、そういう話を、真夜中までアイスクリームを食べながらずっとしているんです。その中で、“言葉”と“文化”と“世界観”、この3つのリンクがどれだけ大事か?って気づいて。

 

——そこには、どういうヒントがあったのでしょう?

 

きっかけは、わたしが、卵かけごはんを作っていたとき。コレステロールが気になるから、黄身を捨てて、白身だけで作ろうとしたの。そしたらね、その友達が「やめて!それは命なんだよ」ってわたしに言ったの。なんでそんなに大騒ぎになるんだろう、ただの卵なのに、って思って。

 

——あくまでも、「食べるもの」っていう考えだったんですね。

 

そう。わたし、「え?命って、あの命?」って、本気で言っちゃって。そこで初めて「いただきます」の意味が、「命をいただく」っていうことだって知りました。ずっと「食べましょう」っていう意味だと思っていたから、「へぇ、命なのか」と。

 

——食べるものへの見え方が、突然変わった瞬間。

 

日本の神道の考え方で、命にはすべて同じ価値があるから、大事にしなきゃいけないって。だから日本人は食べ物を無駄にしないし、「MOTTAINAI(もったいない)」っていう精神がある。すべては、その世界観から生まれているんだって、そのときにやっと、今までわからなかったことがわかってきて。なんだか、パズルが完成したみたいな感覚になったの。「日本がわかったぞ!」みたいな感じで。

 

——日本の文化そのものをつくった、日本人の「感覚」を理解して。

 

そう、親友のおかげだね。どうしても、自分の国が当たり前だと思っちゃうものだと思う。でも、他の国の制度がわからないと比較することができない。そういう意味でも、アメリカの文化も日本の文化も、ちゃんと勉強する必要があるって思ってる。それぞれのいいところ、悪いところも見て、それができて初めて執筆も面白くなるし、読んでくれた日本人の心に響くんじゃないかなと思うんだ。

 

——だからアンちゃんのブログや本は、日本人のわたしたちにも真っ直ぐに、そしてめちゃくちゃ面白く読むことができるんですね。

 

今は日本の文化の言葉のことを、ずっと考えてる。朝起きたときから、一日中ずっと考えてるよ。いいところも、よくわからないなっていうところも含めて、やっぱり日本って、バリおもしろかもん!

Top image: © 2019TABI LABO
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。