ドミニクアンセルベーカリーの「お菓子」に騙されてはいけない
「クロナッツ」、「フローズンスモア」、「クレームデュラコーン」、これまで数多くのメディアがどれだけドミニクアンセルベーカリーを紹介しても、ユニークすぎるお菓子ばかりが注目され、なかなかその実態が僕には見えてこなかった。
パティシエ、ドミニク・アンセル。なぜ彼が“王道”ではなく、誰も想像しえない“斬新さ”にこだわり続けるのか?2016年11月30日、来日中のドミニク本人にその真意をたずねた。
幼少期の原体験や、お菓子作りに対する姿勢に触れたとき、垣間見えたのはあのインパクトの裏にあるドミニクの情熱。それは、きっと僕らの日常のヒントにもなるはずだ。
一日に3、4回はベーカリーに行ったよ
焼きたてのマドレーヌを買うためにね
インタビュー前日、来日したドミニクはその足で表参道にある店舗を訪れていた。スタッフは誰もそのことを知らない。抜き打ちチェック(?)ではなく、これもドミニク流のサプライズだ。「人を楽しませる」ことについて彼はどう考えているのか、そこから質問を始めた。
「ボクにとってのお菓子は、ただお客様に食べて喜んでもらうだけでなく、もっと感情と直結するものだと考えています。たとえば小さい頃の記憶とか、みずみずしい感性とかね。エモーションの部分をとても大切にしています」
それは、こんな原体験にリンクしていた。ドミニクがまだ子どもだったころ、母親やおばあちゃんに連れられて、一日に3回も4回もベーカリーを訪れ、焼きたてのマドレーヌを買いにいったそう。作りたてのふんわりしたその感覚が、今も彼の記憶の最深部にある。
待つとこが嫌いなNYの人たちに、
焼きたての美味しさを伝えたかった
「その経験があるから、うちで提供するマドレーヌも焼きたてにこだわっているんです。作りたてであればあるだけ美味しいのはたしかなんだけど、焼きあがって一定の時間が過ぎたとき、はじめてパーフェクトな味わいになるのがこのお菓子。だから、お客様に提供するベストな時間を逆算して作り始めます」
すると、どうしても焼き上がりまでの4~5分は待ってもらうことになる。このわずかな時間さえ耐えられないのがニューヨーカーだとドミニクは笑う。けれど、彼はこの街に暮らす人々のライフスタイルさえ一変させてしまった。
大げさに言えば1分1秒を無駄にしたくないニューヨーカーたちが、並んででも食べたい、という消費行動にシフトしたのだ。開店前の長蛇の列は、今じゃSOHOの風物詩に数えられるほど。
「マドレーヌもクロナッツもそう、ボクのベーカリーにくれば、いつでも焼きたてのパンや作りたてのお菓子が食べられる、そういう店でありたいんです」
成功体験に満足してしまうから
“創造”が止まってしまうんだ
こうして、NYに受け入れられたドミニク。2013年には看板メニュー「クロナッツ」が大ヒットとなり、その衝撃波は世界中へと広まった。
ところが、彼はその成功体験をゼロに戻すかのように、また一から新たなお菓子と向き合ってきた。このリセットなくして、のちに続くヒット商品はありえない。
でも、なぜその成功例を横展開するのではなく、まったく新しい方法へとチャレンジしていくのか。正直、効率も悪いだろうに。そこにこだわる理由とは?
「一つのことをずっとやり続けたり、仕事の質を上げていくことはとっても重要なこと。それは当然リスペクトしています。だけど一つの成功に留まらず、満足せず、さらに新しいものを創り出していくこと、そのチャレンジの方がよっぽど大変だし、大切なこと。ボクはそう考えているんです。だからこそやる価値がある、ってね」
変われないんじゃない、
変わろうとしていないんだ
「大切なことはね、失敗してもひるまずトライすることを怖がらない姿勢。変われないのは成功体験に引っ張られすぎるから。それをリセットして、自分から革新を続けることです。リスクにひるんでいては、結局なにも生み出せません。
それと、いつも好奇心を持っておくことも大切。お菓子から離れたいろんなジャンルにも挑戦してみたり。ボクは何に対しても興味を持つタイプなんですが、以前はネイルアートにハマってて…(笑)。あの技術をお菓子づくりに活かせないかって、本気で研究したんですよ」
さらなる成長を求めてリスクに挑む、これだけの成功を手にしながら、尚自分たちから変わり続けようとする。この向上心こそ、ドミニク・アンセルという人間を突き動かす原動力なのかもしれない。
奇抜さや目新しさだけじゃダメ
お客様のニーズと風習に、
フランス菓子文化を融合させないと
柔軟な発想力と誰も真似できない創造力、それをお菓子としてきちんと着地させてしまうのがドミニクアンセルベーカリー、そのイメージに間違いはない。
「じゃあ、なにか突拍子もないお菓子や、斬新で奇抜なケーキだけ作ったり、ただ姿かたちを似せればいいかといえば、そうじゃない。やっぱり万人に受け入れられるテイストがなければ。つまり、ちゃんとフランス菓子の技術と伝統を入れ、それを日本のトラディションとマッチさせるのです」
その土地の魅力(風習や伝統)とコネクトし、そこで暮らす人たちにきちんと受け入れられるお菓子をつくる、これも彼の大切なテーマだ。「焼きとうもろこし」や「おにぎり」の形をしたソフトサーブが、日本限定スイーツに変容したのもその結果。この冬は、それが「おでん」だっただけ。
だから、これはおでんではなく「Oden Bucher」…にしても、まさか“ちくわ”がブッシュ・ド・ノエルに化けようとは。
スイーツ業界はまだ変われる
立ち止まってなんかいられないよ
2015年6月の日本初出店からすでに1年半。オープン以来ドミニクは、一貫して「進化し続ける」というメッセージを数々の商品で体現してきた。それも圧倒的なスピード感で。
そのお菓子だけを見て、彼を“異端児”とカテゴライズするのは簡単なこと。でも本質はそうじゃない。創造を止めずに進化を続ける、鮮烈な印象にドミニクがこだわる理由がここにあった。
「ケーキやペイストリーを含めたスイーツ業界は、飲食業界の中でもまだまだ発展途上。過渡期にあると思っています。ボクが『ニュージェネレーションベーカリー』をコンセプトにしているのも、改革の余地が十分あると感じているから。チャレンジを止めるわけにはいきませんよ」
ドミニクの言葉を受けて、僕はある仮説を立ててみた。
NY、東京、そしてロンドン(2016年9月オープン)、ヒトやモノが日々入れ替わり、新しい感覚と土着の文化が入り混じる大都会だからこそ、ドミニクのクリエイティブ(奇抜なお菓子)が受け入れられるのではないだろうか、と。
世界から美食が集まり、舌の肥えた人々であふれる都会で、自分のお菓子がどう評価されるか。フランス菓子の伝統や技術といった文脈も理解できる人々を相手に、飽きさせず、つねにワクワクさせる創造力で勝負する。ドミニクの「立ち止まってなんかいられない」の真意は、これじゃないだろうか。
こう考えれば、新世代パティシエの“遊びごころ”もちゃんと腑に落ちる。だから、たとえこの先「焼き鳥」や「しゃぶしゃぶ」がお菓子になったとしても、僕らはもう何も驚けない訳だ。
チョコレートの串に刺さったはんぺん、玉子、ちくわがケーキになった「Oden Buche」。実際は、濃厚なレアチーズケーキ、柚子クリームが入ったキャラメルムース、マロンのブッシュ・ド・ノエルと3つの味が楽しめる(ミニサイズは2017年1月9日まで販売中)。
フランス産チョコレートを使用した濃厚でビターなホットチョコレート。ホワイトフラワーやラベンダーのピューレで色付けした4種のマシュマロが花開く。