医師にして研究者の藤本幸弘氏が「集中力を高める音楽と環境」を語る
本業のかたわら、音楽と身体、そして脳との関係を研究し、様々な形で発表している医師・藤本幸弘氏。書籍やCDの発売、『ホンマでっか?!TV』への出演など、多方面から注目を浴びる藤本氏に「集中力を高めるための音楽」や「音楽の力を引き出す環境」について聞いた。
1970年神奈川県生まれ。「クリニックF」院長。医学博士、工学博士、薬学博士、MBAの学位をもち、東京都市大学(工学部医用工学科)で客員教授を務める。著書多数。クラシック音楽やオペラの熱狂的な愛好家として知られ、「健康に役立つ音楽」という観点で自身がセレクトしたクラシックの楽曲を収録したアルバム『藤本先生の聴くだけでスッキリ』シリーズもリリースしている。
医師、研究者、コンサルタント......
三つの顔をもつ藤本氏の素顔
──藤本先生は、なぜ医療、医学の道に?
母方が代々医者の一族だったんですよ、熊本城で細川家の御典医(江戸時代に幕府や大名家に仕えた医者)をしていた先祖もいたようです。
一方、僕は外交官になりたくて、大学進学時には文系での受験を考えていたんですが、大学受験をする年に医者をやっていた祖父が亡くなり、これが大きなきっかけとなりました。
一族で彼が最後の医者だったので、これでは親族に医者がひとりもいなくなってしまう、と。
一旦入学した慶應義塾大学の経済学部を中退して、信州大学の医学部に進みました。
──医学博士、工学博士、薬学博士、そして「経営」にまつわるMBAの学位も取得していますね。
研修医を経て医者になってから、専門医を取得するまで5年間、30歳になるまではずっと病院勤めで寝る間もなく働きました。
その後に大学院に入りまして、医学博士号を取得しました。その頃から臨床だけでなく研究も続けたいと思うようになりましたね。
次にMBAを取得しましたので、医者、研究者、そして経営者もしくはコンサルタント......という三本の柱で生きていこうという思いに至ったんです。
今もそうなんですが、僕はとにかく学ぶことが好きで、学んだからには何か資格をとりたい、資格をとったからにはその資格と知識をどこかで活かしたい、趣味に活かすだけでなく仕事にも何かつなげられないだろうか、それにより自分も成長したいし責任をもって社会にも還元したいという気持ちが強いのです。
とくに博士号を取得した理系における三つの分野(医学、工学、薬学)はすべてが密接に関わっています。物理系、化学系、生物系の三つの博士号を所持していることにより、行為や言葉に圧倒的な裏付けと説得力をもたせることができるのです。
──裏付けと説得力とは?
医学について語るときに、医学の用語“だけ”で説明しては納得に結びつかなかったことが、「工学的にはこうですよ」「薬学的な見地ではこうですよ」という話もできることで、仮に意見が対立したときにも突破口が見えたり、説得することができる。
三つの博士号を取得するのは大変でしたし、クリニック経営をしながらの実験や論文書きでは挫けそうになったときも正直ありました。
ただ、やはり専門が三つあることで、ありふれた言い方になりますが「多角的」にものを見て判断することができるのも事実です。また、掘り下げるときの深さも変わります。
今まで解を導き出すことができなかったものに、これまでと違う光を当てることもでき、そういうときは興奮しますよ。
知的好奇心が満たされることに僕はもっとも喜びを感じますので、頑張って博士号を取っておいてよかったなと思いますね。
科学と医学の進歩で明らかになる
音楽と身体、そして脳の関係性
──「音楽と身体」や「音楽と医療」について多くの著書をもち、自身がセレクトしたクラシックの楽曲を収録したコンピレーションアルバム『藤本先生の聴くだけでスッキリ』シリーズなどもリリースされている藤本先生が「音楽が身体に及ぼす影響」について研究をはじめた理由は、もしかしたら……?
そうです……どちらも「好き」だからです(笑)
僕はほぼ半世紀にわたる音楽ファンで、なかでもクラシック音楽については自他ともに認める“オタク”なんです。
好きな曲のCDなんかは、録音した年が違うものを40枚くらいもっていたり……。
──それはマニアックですね(笑)
アルバムを出すことになったキッカケは、明石家さんまさんの『ホンマでっか!?TV』に出させていただいたときに「サン=サーンスの『白鳥』が頭痛に効く」っていう話をしたら、放送の翌日に『白鳥』がすごくたくさんダウンロードされたらしいんです。
それを知ったユニバーサル(・ミュージック・ジャパン)の方が「CD出しませんか?」って声をかけてくださいました。
──ひと昔前、「音楽が身体の不調や心の不安の解消に効果がある」といったメッセージは、スピリチュアルやオカルトの類にとらえられていた印象があります。
たしかに、以前はそうでしたし、実際に医学的な根拠もなく語られていることが少なくなかった。
でも今は「ファンクショナルMRI」という技術があって、たとえば、ある音楽を聴いたときに脳のどこに血流が集まって”発火”していて、どんな神経伝達物質が活発に働いているかを調べることができるのです。
医学や工学の進化が“トンデモ科学”を“セレンディピティ(素晴らしい発見)”にしてくれる可能性をもっているのですよね。
──先生は医者として、工学博士として、そしてひとりの熱狂的な音楽ファンとして、音楽が身体や心に与える影響を研究している、と。
はい、その一環……というわけではないのですが(笑)、先月、『藤本ミュージックアカデミー』という会社を立ち上げました。“会社”とはいっても、営利目的ではなく、ただただ音楽愛を共有できる仲間との交流の場を作りたかったというのが設立の理由。
まだ先の話ですが、2020年の3月2日に『東京オペラシティ』でクラシックのコンサートを開催する予定です。
オーケストラを前にタクトを振る指揮者は、僕自身で(笑) 「この楽曲は脳が活性化されますよ」とか「この曲にはこんな効果がありますよ」とか解説を入れながらクラシック音楽と触れ合える場を提供できればと考えています。
集中力を最大化する音楽と
それを実現する環境について
──進学や就職などで新たな環境に身を置き、学ぶことや覚えなければならないことが多いこの時期にお勧めの「集中力を高める音楽」や「効果を最大化させる環境」は?
リラックスして発想力を上げるときの集中力と、淡々と事務仕事をおこなう際の集中力では、使用する脳の領域も必要になる神経伝達物質も異なります。
つまり、一言で「集中力」といっても、いろいろな種類があるので一概にはいえないのですが、どんなタイプの集中を求めるにしても、ひとつだけ共有している点があります。
それは「聴いたことがある音楽を選ぶ」ということ。
脳は“理解すること”に悦(よろこ)びを感じます。ある研究機関がおこなった実験で、有名な曲を被験者に聴かせたところ、サビの“直前”に、モルヒネの5倍から6倍の鎮痛効果があるエンドルフィンという神経伝達物質の発生が確認されたんです。
ここで重要なのは、サビではなく、サビの“直前”というタイミングにあります。
「これからサビだな」とわかることがポイントで、脳の活性的には、サビが盛り上がる曲かどうかは、じつはそれほど関係がないともいえるのです。
──つまりは、聴き慣れている音楽であればいい、と。
いえ、聴き慣れている音楽、何度も聴いている曲とはどういうものでしょうか? ……そうです、つまりは「好きな音楽や曲」ということです。
ちなみに、僕はクラシック音楽のマニアですが、じつはアイアン・メイデンとかも大好きなんですよ。友人の東大の医者にはメタリカのファンなんかも多いですし(笑)
──それは意外でした(笑) では、音楽がもつ効果・効能をもっとも得やすい環境はどういったものでしょうか?
これについても「集中力を高める音楽」と同様に「曲によって異なる」というのが答えではありますが、「生演奏」に勝る環境はありません。どんな高価なスピーカーを使っても、生演奏がもつ迫力や音の揺らぎから生まれる感動には及びません。
ドイツに『バイロイト(祝祭劇場)』というワーグナーが作ったコンサートホールがあるのですが、そこで演奏されるワーグナーの曲は、会場そのものが楽器として機能するので、まさに“奇跡”といえる音色です。
……少し話は逸れましたが、つまりは「臨場感」のある音を味わえる環境こそが、音楽の力を最大限に享受できる環境といえます。
──ほかには?
音楽以外の音をシャットアウトできるかどうか──これは非常に重要です。
音楽がロスなく耳の奥に入ってくる環境やシステムは、音源そのものを味わう場合でも、音楽がもつ最大限の力を体感するためにも必要だと考えています。
これが、僕が音楽と身体について研究を重ねてきた、現時点での「結論」です。
研究者にして音楽愛好家の
藤本氏が「SHURE」を体験
医師にして工学博士号をもち、大学で教鞭を振るう一方でクラシック音楽にまつわる会社を立ち上げた研究者・藤本幸弘氏に「SHURE」の人気モデル「SE215 Special Edition」で、ある楽曲を試聴していただいた。
曲目は、ロシアの作曲家・チャイコフスキーによるバレエ音楽『くるみ割り人形』のなかの一曲『花のワルツ』。
まず、中音域が非常にきれいですね。音の再現能力……これは「臨場感」とも言い換えられますが、すごく高いレベルで実現していると思います。
おそらく、これは気密性の高いパッドの存在が大きいと思うんですが、まわりの音が完全にカットオフされていて、じつに音がクリア。
しかも、耳触りがわるいノイジーなクリアさではなくて、しっかりと音色のあるクリアさというか。純粋に音楽のみを脳に送り込んで、神経を活発化させることができそうです。
一方で、このパッドがダイナミックな響きも生み出しているように感じます。
どんなイヤホンでも耳に直接差し込むタイプのものは「骨伝導」が発生するのですが、密着性が高いほどその効果は大きくなります。
音は、空気中を通して聴く波長と、個体を通して聴く波長のズレが「共振性」や「倍音効果」を生みますが、これは医学的・科学的な見地からも立証できるものです。
そして、ここからは音楽の愛好家としてのいち意見ですが、その周波数の微妙なズレが揺らぎを作って、音楽の美しさや感動を生むと考えています。
音楽や曲は、聴き込むほどに、その力を最大限に引き出して活用できるようになります。
人間の五感や感性は「経験」を積むことで発達していきます。
このイヤホンもそうですが、まずは試して、使い込んでみて、経験値を上げていくことで、音楽の新しい楽しみ方ができるようになるのではないでしょうか。