友達なのにセックスをした。「友達以上」になりたかったから

 

「彼女に浮気されてたんだよね…」

「え、またぁ?」

「またって言うな…!」

 

©Emi Ozaki

 

あきれ顔をした私を見て、ふにゃりと涙ぐむ女々しい彼との出会いは5年前。大学で同じサークルだった。アメリカと日本のハーフである彼の切れ長の目は色気があって、鼻も高くて、一見近づきがたいくらい大人びているのに、子どもみたいにクシャッと笑う。

多くの人が、彼を“パーフェクト”だと思っただろう。最初は。

 

「まぁ、人の良心を利用して浮気するような彼女、別れてよかったんじゃない」

「…ほんとに優しくていい子だったんだって…」

「そう見せるのが上手だっただけ」

「やめろよ、まだ好きなんだよ…」

 

蓋を開ければ、未練がましいし、くよくよ悩むし、頼りない。この性格でなければ、歴代の彼女に浮気もされなかっただろうに。

女の子たちはいつも、彼をアクセサリーのように扱うのが上手だった。素直で鈍感でバカなイケメンは、すぐ騙される。彼は出会った時からずっと、情けない男だ。

その弱さにつけこんで、
ずっと特別でいようとしていた私もズルいけど

 

「で、浮気問い詰めて別れたの?」

「……いや…振られた。振られた後に、浮気されてたことが発覚した」

「え、浮気相手に取られたってこと?」

「…そう」

居酒屋のテーブルに突っ伏し、小さく肩をすぼめた姿にため息をつく。

こんなところで泣きべそをかく前に、横取りした男に文句のひとつでも言いに行けばいい。浮気した元カノを問い詰めればいい。どうせ彼のことだから、傷つけられていないフリをして、聞き分けのいい男を演じたんだろう。怒ったり出来ないんだろう。お人好しで損をする人だってことは、ずっと前から知っている。

 

「今日は俺んち来て。朝まで付き合って」

「えぇ〜」

「お願い」

「はぁ……わかった」

 

心の中では悪態をつくけれど、弱々しい声を聞いてしまうと、私は彼を責めることも、放っておくこともできない。すがりついてくる声に満たされている自分がいることにも、とっくに気づいている。

 

彼が失恋をして、ふたりで朝まで飲み明かす日は大学時代から何度もあったけれど、私たちが一線を超えたことはない。……だけど今日は、いつもと同じようには出来なかった。

朝4時までお酒を飲んで布団に入っても、くよくよしている彼の背中をじっと眺める。

 

「ねぇ、起きてる?」

「ん?」

 

©Emi Ozaki

 

スウェットの裾をクッと引っ張って、背中を向けていた彼がこっちを向いた瞬間に、私からキスをした。このまま、ただ眠られてしまうのが嫌だった。

 

私たちは多分、ちゃんと友達だった。この瞬間まで。

 

目を丸くする彼に、もう一度キスをする。

「えっ、ちょ」

私でいいじゃん。
キスをしながら、思っていたのはそれだけ。

 

私なら女々しさだって受け入れられるし、人の良い性格を利用して傷つけたりもしない。

2度目のキスに彼は応えて、私の指にぎゅっと指を絡ませ、耳元で「いいの?」と不安そうに聞く。素直に私の合図に応じた彼が愛おしくて、女々しさにすらキュンとした。「いいよ」と3度目のキスをした私は、もうすっかり、深いところまで堕ちていた。

セックスをしたら、
私たちは“恋人”になれると思っていた

 

本当はずっと、心のどこかで期待していた。

健全な友達関係なんかじゃなかった。傷心中の彼に悪態をつくのも「私はヘラヘラ媚びてくるそこらへんの女とは違う。あなたを理解しているし、特別だもんね」ってアピール。

 

「浮気しない女の子と好き合いたい」「理解してくれる彼女が欲しい」って彼の言葉を隣で聞きながら、いつかその思いが私に向けられるような気がしていた。

だから友達じゃなくて“異性”として触れてもらえたら、ずっと理想の彼女が隣にいたことに気づいてもらえると思っていた。

 

──実際、彼は一度寝てから前よりもずっと私を女性として必要としていたし、5年間一線を越えずにいたのが嘘みたいに、何度も何度もセックスをした。

一度体を重ねてしまったら、もう気持ちを抑え込むことなんてできない。

私はただ、一番になりたかった
一番にしてくれるなら、なんでもよかった

©Emi Ozaki

 

同棲しているかのように、彼の家に入り浸る日々が3ヶ月以上続いたけれど、「付き合おう」とか、そういう核心に触れる言葉を切り出されることはなかった。

 

この関係ってなんだろう……
アメリカの血が入っているから、はっきり「付き合おう」とか言わないスタイル?私っていま、彼女なの?セフレなの?

 

もともと私は、男に主導権を握らせるのを嫌うタイプだ。適当に遊ぶ男友達はたくさんいたし、セフレも何人かいた。

でも「会いたい」という言葉はうまく流して、自分の気が向いた時に連絡をしていたのは主導権を握られないため。いつでも自分に従順で、“簡単な女”だと思われたくない。

 

そんなプライドも、彼の前では全部どうでもよくなった。
彼女にしてくれるなら、なんでもよかった。

そう思っていたけれど、曖昧な関係がしばらくつづいた後、彼が例の元カノと旅行に行っていたことを友達伝いに聞いてしまった。

 

 

……なぁんだ、まだ結局、私より彼女のことが好きなんだ。

 

 

なにそれ、浮気じゃん!と思ったりもしたけれど、そもそも自分がどの立場なのかもわからない。触れながら何度「かわいい」「好きだよ」と囁かれても、安心できたことは一度もなかった。

好きだと自覚すればするほど、「この関係をはっきりさせたい」と伝えるのが怖かった。

 

私、こんな簡単な女じゃないのに。散々慰め役として甘えられてきた挙句に、体の関係を持つようになってしまって、期待してた言葉をひとつも言ってもらえない自分が、情けなくて泣けてくる。

 

ずっと隣にいる私より、自分を装飾品のように扱う浮気女を選ぶんだね。

 

そんなわけないって思ってた。支えてきたのは私なのに、傷つけないのも私なのに、女々しさも情けなさも「愛おしい」と思うのは、私なのに。

 

「仕事が忙しいからしばらく家に帰るね」と置手紙だけを残して、私は彼の家を出た。

 

©Emi Ozaki

 

その後「会いたい」「どうして最近会ってくれないの?」というLINEが何度もきたけれど、はぐらかして会わないようにしているうちに、連絡も途絶えた。

 

最後まで彼に何も伝えなかったのは、実らないならせめて友達に戻りたいと思ったから。


「もう体の関係をやめよう」とか、「付き合わないなら離れたい」とか、ハッキリ言葉にすることで、男女の関係が修復不可能になることを私は知っている。

 

あの夜、キスなんてしなきゃよかった。

好きな人にキスをして、後悔したのは初めてだった。

 

(取材協力:マネージャーさん)

 

 

 

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