「世界第3位」の超有名レストランで働く日本人シェフ・前田哲郎【後編】

前回の記事では、2019年の「世界のベストレストラン50」で第3位に輝いたスペイン「アサドール・エチェバリ」のスーシェフである日本人・前田哲郎さんの料理に対する哲学について迫りました。

今回の記事では、スペインと日本における料理というカルチャーの違い、そして世界が未曾有の事態を経験した今、前田シェフが「何を考えているのか?」「何を目指しているのか?」について掘り下げたいと思います。

前田哲郎/シェフ

海外在住経験ゼロでスペインに渡り、現在は「世界のベストレストラン50」で2019年に第3位に選ばれたスペインの「アサドール・エチェバリ」にて、スーシェフとして焼き場に立ち日々新しいメニューの開発などをおこなっている。2019年に出身の金沢にておこなった期間限定の「Tetxubarri(テチュバリ)では、北陸の食材と薪焼きのテクニックを掛け合わせるなど日本とスペインの両方に活躍の場を広げている。

──日本とスペインで料理に対する考え方に違いはありますか?もしくは、スペインにわたったことで前田シェフのなかで変化などはありましたか?

 

一概にはいえませんが、日本には一つの決まった料理を他人より上手に調理しようとする“技術者のような料理人”が多いと思います。

スペインのシェフたちは表現したい思いがあり、そのhow toとして料理、つまり食べられるものでプレゼンテーションしているアーティストのような人が多いように感じます。

©松川真介
©松川真介

──それはユニークな違いですね。では、そんなスペインでの料理人としてのキャリアのなかでもっともチャレンジングだったことや難しかったことは?また、それをどのように乗り越えましたか? 

 

生きたレタスを出せと言われたときですかね。

まず、レタスがどう生きているのか、どのような環境でどういう仕組みで、どう花をつけて実になり枯れていくのかを観察して、やっとベストなレタスを出せるようになりました(笑)。

 

──自然との対話が非常に大切ということですね。スペインで日本人シェフとして挑戦を続けるなかで、日本文化が前田シェフの料理にどういった影響を与えていますか? 

 

大きくいえば“物事に意図を与える”ということでしょうか。

日本には言葉の響きではなく、その真意を汲み取る文化があるので、一皿の背景というものをすごく意識しています。

“一を聞いて百を知る”という言葉がありますが、僕はプレゼンテートする側でいたいので、一つの現象や食材に百の意味を持たせられたらと思っています。

 

──目に見えない部分に真意がある、と。前田シェフの料理人としての成長のなかでもっとも影響を受けたものは?

 

物事を美しいと思うことだと思います。

朝日や夕日、鳥のさえずり、踏みしめる草の湿度、香り、色合い......世界の美しさや喜びを理解することでしょうか。

©松川真介
©松川真介

──さて、新型コロナの世界的な感染拡大によってレストランを取り巻く環境や人々の生活は大きく変わったと思います。 コロナ禍において前田シェフのなかで変化したことはありますか? 

 

自分のテリトリーとそれ以外の他人のテリトリーを強く意識するようになりました。

スペインではロックダウンを受けて、行政の一声で外を歩く権利すら奪われてしまう。でも、よく考えると、歩道だって行政サービスとして与えられているもので、自分のものではないんですよね。

料理でいえば、厨房のなかは僕がコントロールできる自分のテリトリーです。

しかし、一度そこを出れば、たとえば魚市場は魚屋と漁師のテリトリーで、僕ら料理人のテリトリーではない。かといって、漁師も魚の移動まではコントロールできない。

だから、テリトリーを広げていくことよりも自分で畑を耕して自分のテリトリーを掘り下げ、その魅力を表現していくほうが重要だと思いました。 

 

──なるほど。そんな経験も踏まえて思う、前田シェフにとっての理想のレストランとはどういったものでしょうか?

 

孫が遊びにくるから畑にいってキュウリとトマトをもいで川で冷やしておいてくれるお婆ちゃんの気持ち......言い換えると、お客さんがきてくれることが嬉しくて待ちきれない、そんなレストランが理想です。 

 

──では、前田シェフにとって“料理が上手い”とはどういうことでしょうか?もしくは、どういった料理を食べたときに感動しますか?

 

山へ登らずとも山へ登ったときの楽しさが伝わる──。

海に潜らずとも海の豊かさが伝わる──。

そんな料理です。

©松川真介

──ちなみに、これまででもっとも感動した料理はなんでしたか?

 

まず、エチェバリで働くキッカケにもなったエチェバリのエビです。

焼くという40~50万年前から続く手法を使って食材が料理になる瞬間を教えてくれたからです。

それから、東京にある「茶禅華」の香箱ガニの春巻きです。

この料理は、香箱蟹の剥き身と内子を春巻きの皮で包んで揚げてあるとてもシンプルな料理なのですが、殻で肉が守られているという外骨格の仕組みを、食べられない蟹の殻の代わりに春巻きの皮で再現してある。

中華の技法と食材への深い理解がシンプルに組み合わさっている、とても研ぎ澄まされた料理だと思いました。

──生き物の仕組み、自然の摂理を料理のなかで表現するとは......。では最後に、前田シェフの料理人人生のなかで到達したいレベル、もしくはゴールがあれば教えてください。

 

レストランや料理で僕の生活そのものを表現できるようになればいいなと思っています。

【取材後記】

世界のトップレストランと聞くと、さぞかし高級な食材を使うのだろうとか、複雑なテクニックを駆使しているのだろうというイメージを抱きます。しかし、前田シェフは“料理とは何か?”という本質的な部分を突き詰め、自分の体と感性を通して自然を表現しているように思えます。料理人と一括りにしてしまうより、アーティストといった側面が強いのではないでしょうか。コロナ禍を経験した後に料理を始めたり、自然の近くに移住した人も多いと思います。こんな今だからこそ、料理を通して自然と向き合い、自分たちが一体どこからきたのかを考えてみるいい機会かもしれません。

Top image: © 松川真介
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。