わずか2年で幕を閉じた「女子プロ野球」。今こそ復活を!

何気ない一日に思えるような日が、世界のどこかでは特別な記念日だったり、大切な一日だったりするものです。

それを知ることが、もしかしたら何かの役に立つかもしれない。何かを始めるきっかけを与えてくれるかもしれない……。

アナタの何気ない今日という一日に、新しい意味や価値を与えてくれる。そんな世界のどこかの「今日」を探訪してみませんか?

「日本女子野球連盟」が発足した日

2001年5月28日、そこには76年という長い歴史をもつ「東京六大学野球」で史上初となる風景が広がっていました。

速球を切り札にもつ「明治大学」の小林千紘選手、そして「東京大学」所属のサウスポー・竹本恵選手による、女性投手同士の対決です。男性部員と女子選手がひとつのグラウンドでプレーする光景は、野球の、そして世の中の新時代の到来を感じさせてくれるものでした。

これは、両選手のプレイヤーとしての能力の高さはもちろんのこと、1991年に「日本プロフェッショナル野球協約 第83条 第1項」の「医学上、男子と認められない選手は支配下選手にすることはできない」という内容が削除されたことが大きな理由のひとつだといわれています。

さて、現在、プロ野球の試合などでは、いまだ女子選手の活躍を目にする機会はありませんが、かつて日本に女子のプロ野球リーグが存在していたのをご存知でしょうか?

73年前(1950年)の今日3月28日は、日本初の女子プロ野球を運営した「日本女子野球連盟」が発足した日です。

発足当初は「ロマンス・ブルーバード」「ホーマー」「レッドソックス」「パール」のわずか4チームだった女子プロ野球チームでしたが、翌年には新たに25球団が加盟。大きな盛り上がりをみせますが、興行面などで苦戦し、わずか2年でリーグは社会人野球(=ノンプロ)へ転向することとなりました。

しかし、その後もプレイヤーとして野球に情熱を燃やす女子選手たちの思いと勢いが衰えることはなく、上記のプロ野球における協約の改訂や、2021年開催の「全国高校女子硬式野球選手権大会」では決勝戦がかの地・甲子園(阪神甲子園球場)で開催されるなど、女子選手の活躍の場は年々広がりをみせています。

「日本の女性選手、ついにメジャーに進出!」──。

そんなニュースが飛び込んでくる日も、そう遠くはないかもしれません。

Top image: © iStock.com/filo
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。