70-80’sのアートワークが、なぜ刺さるのか
70-80'sのアートワークや、それらがさらに進化を遂げたカタチで目にする機会が増えてきました。
たとえば、上の写真。
1979年にYMOが世界デビューを果たしたときのアルバムカバーですが、なんと金屏風になった「TechnoByobu」と呼ばれるもの。しかもこの作品にはNFTが採用されていて、その真性まで保証されたアートワークなのです。
また、広告クリエイティブやイラストレーションに目を向けても、80's前後の作品からインスパイアされた画風を持つ「ニューレトロ イラストレーション」と呼ばれるアーティストも増えているし、今年の夏にはアルバムジャケットやデザインの魅力を紹介したギャラリー「ART in MUSIC シティポップ・グラフィックス」に多くのZ世代が足を運んでいました。
どうやらこの時代のジャパニーズポップは、その音楽性だけではなく、さまざまなアートワークにも影響を及ぼしているようです。その魅力とは……?
ライター&選曲家でもあり『「シティポップの基本」がこの100枚でわかる!』の著者でもある、栗本斉(Kurimoto Hitoshi)さんに話を聞いてみました。
ブームから定番へ。
シティポップとアートワークの
関係性は?
—— まずはじめに、現在のシティポップブームの
背景を教えてください。
世界的に80年代リバイバルブームがあり、その中でこれまであまり知られていなかった日本のスタイリッシュなポップスを国内外のDJや音楽マニアが注目し、掘り起こしていったことがこのムーヴメントの発端だと思います。
ただそれだけだとマニアの間で終わってしまっていたのでしょうが、YouTubeのような動画投稿サイトやSoundCloud、Bandcampといった音楽系のSNSで拡散されたり、ストリーミングサービスで世界中の音源に気軽にアクセスできるようになったりしたことなど、様々な要因が重なって自然発生的に盛り上がっていきました。
ブームというのは普通1〜2年で終わってもおかしくないと思いますが、シティポップはここ10年くらい「流行っているよね」と言われ続けています。今年はひとつのピークだったと思いますが、そう簡単に収束する動きではないと思いますし、むしろ定番化したのではないかと考えています。
—— 「アートワーク」はシティポップブームに
どう影響しているとお考えですか?
まず、国内でシティポップが盛り上がるにつれて、やはり当時の独特のイラストやデザイン、ファッションなどにも徐々に注目が集まってきたと思います。
象徴的なのが、大滝詠一『A LONG VACATION』のイラストを描いた永井博と、山下達郎『FOR YOU』のジャケットを手掛けた鈴木英人で、彼らのイラストはリアルタイム世代には懐かしさと共にリバイバルブームとして波及すると同時に、当時を知らない若い世代には新鮮なアートとして評価され、新しいアーティストもこういったテイストをどんどん取り入れています。それはイラストだけでなく、デザイン自体の色使いやタイポグラフィ、ファッションなども同様だと思います。
また、YouTubeの影響が大きいと思いますが、特に海外では、楽曲が(主に違法)アップロードされる際に80年代のアニメの映像やレトロフューチャーテイストのCG映像などが使用されることが多く、シティポップと80sテイストのアートワークは切っても切り離せない要素になっています。
おそらく、アニメも含めた日本のカルチャーに興味を持つ海外の音楽ファンが、当時のシティポップと80年代のカルチャー全般を同じイメージでとらえていった結果だと思います。
懐かしさだけじゃない
「手作り感」への憧れ
—— 栗本さんが考える、80’sアートワークの
魅力を教えてください!
レコードジャケットなどを見て思うのは、当時はまだコンピュータなどのデジタル機材が一般的ではない時代なので、基本的には手作業でした。イラストやタイポグラフィなどはすべて手描きですし、写真もデジタルデータではなくフィルムを使っています。そのため、当時の最先端であってもアナログならではの味わいが感じられます。
今のデジタル処理されたものにはない手作り感は、真似をしようとしても再現できないものです。それは音楽も同様で、人の手で作られている人間味のようなものが音にもアートワークにも表れているからだと思います。
—— 今の時代に80’sアートワークが
受け入れられているのはなぜでしょうか?
やはり、手作り感覚というのがひとつの大きな要因だと思います。
それと同時に、80年代にしかない色使いやレイアウトデザインなどが、新鮮に感じられるからではないでしょうか。70~80年代のシティポップが生まれた背景には、日本の社会がどんどん成長していき、若者文化が一気に活性化していったことも関係しています。
そういった時代の勢いだったり、理想を追い求めていたりしていた当時の空気感などに対して、懐かしさだけでなくどこか憧れのような感覚を感じている若者が多いのではないかと思います。
衝撃を受けたもの
大きな影響を与えたもの…etc
注目のワートワークはコレだ!
—— 栗本さんが当時衝撃を受けたものや、
その後のクリエイティブに大きな影響を与えたもの、
世界で評価されているものなど、
カバージャケットの魅力をぜひ教えてください。
なんといっても『A LONG VACATION』を筆頭にした大滝詠一作品は、永井博のイラストがあってこそだと思います。逆に、永井博のイラストを見かけると、自動的にナイアガラ・サウンドが脳内に響きます。誰もが認めるシティポップのサウンドとアートワークによる最高の蜜月だと思います。
佐藤博『awakening』もリゾートへの憧れを感じさせるものでした。
スティーヴ・ハイエットによる独特のアングルで切り取った写真とタイポグラフィのバランスは、クールでスタイリッシュなサウンドをそのまま体現した傑作アートワークだと思います。
山下達郎や吉田美奈子の作品を多く手掛けているペーター佐藤は、シティポップのアートワークの流れを作った代表的なクリエイターだと思います。
山下達郎『SPACY』の文字とカラフルな模様との組み合わせはファンタジックで少し近未来的な感覚すらあります。吉田美奈子『LIGHT’N UP』は真白な衣装を着た本人の写真とデジタルっぽいタイポグラフィの組み合わせ方が絶妙で、これまたどこかSF的なイメージになっています。
どちらも「都会に似合う音楽=シティポップ」をうまくイメージ付けられているのではないでしょうか。
この当時のアートワークの特徴に、独特の色使いもあるかと思います。
特にパステルカラーはかなり多用されていて、この色合いは当時のシティポップはもちろん、世代がひと回りした現在のクリエイターもよく使うようになっています。個人的なお気に入りは、松任谷由実『PEARL PIERCE』のペパーミントグリーン。
ほぼ同時期の中原めいこ『mint』でも同じような色が使われています。どちらも太田和彦というグラフィックデザイナーの仕事です。
厳密にいうと、アートワークに関係なく音楽がよければ評価の対象になると思いますが、アートワークが引っかかると、よりその音楽に注目されるという現象もあるかと思います。
CASIOPEAの『MINT JAMS』は個人的にもジャケ買いした1枚なのですが、内容も日本のフュージョンの良さが詰め込まれていて素晴らしいです。音もアートワークも海外受けしている作品のひとつですね。デザインを担当した比留間雅夫は、『APRE-MIDI』というアルバムを発表しているテストパターンというテクノユニットのメンバーでもあります。
また、海外のシティポップファンやレコードマニアがもっとも欲しがっているレコードが、山下達郎の『FOR YOU』だそうです。内容の素晴らしさはもちろん、サブスク解禁していないこともレコードを求める理由だと思いますが、そこにアートワークの良さを加えてもいいと思います。
鈴木英人のアメリカ西海岸をモチーフにしたイラストは、国内外のシティポップファン共通のビジュアルアイコンと言ってもいいでしょう。
そして、次世代のクリエイターへ
—— 栗本さんはこの夏に開催した展示イベント
「ART in MUSIC シティポップ・グラフィックス」の
監修もされていましたね。感想をうかがってもいいですか?
リアルタイム世代が懐かしんでくれることはある程度予想していましたが、それ以上に若い世代の方が熱心に観覧してくれたことが印象に残っています。彼らにとっても、当時のアートワークが興味深いものであるということを、あらためて証明するような展覧会でした。
レコードジャケットの展示というと、アーティストやジャンル別、年代順などが一般的ですが、「シティポップ・グラフィックス」ではビジュアルのテーマごとに展示したことも効果的だったと思います。
TwitterやInstagramなどでも多くの方が投稿してくださり、そこからまた大きな反応が広がっていく様子も見ることができました。この展示を見に来た若いクリエイターから、新しい感覚のアートが生まれることを期待しています。
70~80年代当時の貴重な映像が見られるのはもちろんですが、単なるアーカイブ集ということではなく、新規のオリジナルコンテンツを持っているのが強みだと思います。
特に国内外の若手アーティストが、往年の名曲をカヴァーする企画はどれも興味深く、その解釈の面白さを楽しんでいます。
それと、個人的には、今年4月に亡くなった小坂忠さんの最晩年の姿を拝めるのもファンとしては嬉しい限りです。
「ALFA MUSIC YouTube Channel」には、YMO(Yellow Magic Orchestra)や吉田美奈子、戸川純などのデジタル化したアーカイブ映像はもちろん、現代のアーティストによるアルファミュージック楽曲のカヴァー企画「My Favorite ALFA」など、名門レーベルならではのコンテンツが詰まっている。
国内外問わず「ブームから定番へ」と言われるほど浸透しつつあるジャパニーズポップの源流を、ぜひチェックしてみてほしい。
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