キワモノ扱いされた35年前のラブソング「好き好き大好き」が、世界でバズった話
去年の今ごろのこと。
ちょうど街やSNSでハロウィンが目立ってきたタイミングで、約35年前に日本でリリースされた「好き好き大好き」という曲がTikTokでバズっていたことを知っていますか? しかも世界中で!
一見、猟奇的にも捉えられるこの曲を歌っているのは、戸川純さん。
その勢いは他の音楽プラットフォームへも瞬く間に広がり、Spotifyではチェコ共和国、フィリピン、フィンランド、ポーランドなど各国のバイラルチャートでTOP50に入り、昨年10月の月間リスナーは50万人に急増し、再生数はなんと890万回オーバー。
現在は、Spotifyだけで2400万回再生を突破していました。
「愛してるって言わなきゃ殺す」
「好き好き大好き」
YouTubeでもすさまじい存在感を放っていて、現在520万回再生。
視聴地域の上位5か国は
・アメリカ合衆国(10.4%)
・ブラジル(6.3%)
・メキシコ(5.6%)
・日本(5.0%)
・ロシア(4.5%)
と、日本ですら4位という世界的な現象に……。
年齢層も18歳〜24歳のZ世代が60%を占めていて、視聴者の75%は女性。さまざまな国から4000件を超えるほどのコメントがつき、盛り上がっているんです。
「彼女の歌い方が大好き!」
「神アングラ曲」
「女の子の情緒が超絶不安定なのが伝わってくる」
「時代が未だ追いついてない名曲」
「彼女は何種類の声を持っているんだ?」
「こんな人が80年代に存在していたなんて」
「歌詞がすさまじい」
まだヤンデレやメンヘラ、地雷系などといった表現もなかった当時、戸川純さんはどんな思いでこの曲と向き合っていたのか——。インタビューとともに振り返りたいと思います。
子役経験を経て1980年TVドラマデビュー。1982年、ゲルニカの一員としての衝撃的なレコードデビューを飾り、同年TOTOウォシュレットのCM出演でお茶の間にもインパクトを与える。その後もソロやヤプーズ等のバンド名義で音楽活動を展開、女優としても活躍。2009年に芸能活動30周年を迎えた後も、マイペースな活動で後進に影響を与え続けている。戸川のファンであることや、影響を受けてきたことを公言するアーティストも多数。
「不思議ちゃん」は
わたしの造語なんです
——「好き好き大好き」が海外の若者を中心に人気ということを知っていかがですか?
「好き好き大好き」を若い方々が支持してくださるのは、非常に喜ばしいことではありますが、何故、となると、わたしにはさっぱりわからないんです。スカッとするからじゃないですか。ただ、海外の方々には、歌詞が日本語なので、曲だけで支持していただいているわけで、作曲者には申し訳ないけれど、そんなに特殊な曲調かなあと、ますますわかりません。途中、歌い方が極端に変わるところもありますが、それだけではなあ、と思いますし。
——今の若い世代が80年代の楽曲に惹かれるのはなぜだと思いますか?
あくまでも当時のわたしの周りのカテゴリーにとどまってしまう話なのですが、80年代のその系列の音楽、パンク・テクノ・ニューウェーヴと呼ばれるものは、非常にアグレッシヴだったりユニーク過ぎるものだったりが多かったので、今の時代のように、コンプライアンスなんてありませんでしたから、その分今の若い方々にとっては、なんとなくスカッとするものが多いのでは、ということではないでしょうか。もちろん、それは理由のほんの一部だとは思いますが。
——戸川さんご自身は10代や20代の多感な頃、どんな音楽やアーティストに影響を受けましたか?
わたしの10代、20代に聴いていたものは、日本の、わたしが生まれる前の古い懐メロというものとクラシックでした。向こうの50sも好きでした。やはり生まれる前のものですね。50sは向こうの懐メロですから。ロックはSex Pistolsから、パンクからでした。そこからロックの洋楽を聴き始めて、逆にさかのぼって聴いたり、という大きな影響はありました。
——「好き好き大好き」は当時どんな気持ちで歌っていたのですか?
恋愛って行き過ぎると、もうどうしていいかわかんなくなっちゃってたんですよ。どうしていいかわかんなくなっちゃった果てに、こんなのができちゃった、という感じですかね。わたしはシリアスな曲も歌うのですが、その反面フザけた曲も歌ってきて、これは後者です、が、根の部分は実は切実な乙女心から、だったんです。そうとられなくても全然構わないのですが。
——90年以降、ヤンデレやメンヘラ、地雷系、不思議ちゃんなどさまざまに女性を表現する言葉が生まれ、ある種のエンタメとして消費されるようにもなったと思います。戸川さん自身はどうお考えですか?
実は、「不思議少女」という、今で言う不思議ちゃんの言葉のルーツは、わたしの造語なんですよ。80年代初頭に出したわたしのエッセイ集の中で、批判的に書きました。当時も今も、ファンの中にそういう方がかなりいて、批評家の方にもそのせいで誤解されて、わたし自身も不思議ちゃんととられて悪く書かれ、本当に苦しかったんです。だから、不思議ちゃんはトラウマになってしまったから今でも嫌ですが、ヤンデレやメンヘラが、今エンタメ性をおびているのなら、わたしはショウビズの世界に生きている、という自覚があるので、それらの形容には、まあ嬉しくはないですが、仕方ないかーと思いますね。
今の若い方たちは
ちゃんと「歌」を聞いてくださる
——「ALFA MUSIC YouTube Channel」で拝見しましたが、MVもとても印象的ですね。
「好き好き大好き」と「遅咲きガール」のPVは、中野裕之さんという方に撮っていただきました。「好き好き大好き」という曲とは、内容的にあまり関係がなくて逆に好きですね。なぜならあの曲は、観念的な部分が多く映像になりにくいと思うし、映像になりやすいのはサビからの、「Kiss me 殴るよに 唇に血が滲むほど hold me あばらが音を立てて折れるほど」以降ですから、なかなかポップに映像で表現するのは難しいと思うし、表現して欲しいとも思いませんでしたし。
中野さんは「遅咲きガール」のPVでは、女優としてのわたしの架空の代表作のダイジェスト、みたいに撮りたいと言ってくださって、女優でなかなかやれそうにない、でもやってみたい有名な映画の名シーンをやらせてくれました(歌手や女優になる前に、モデルもやっていたのでそれも役に立ちました)。冒頭の、三島由紀夫原作の「潮騒」の名シーンは、今の若い方は、なんだこれ?と思うかも知れませんねえ。ヒッチコックの「サイコ」みたいなシーンとか、昔の東映の鉄火場のシーンとかは中野さんのアイディアでした。わたしは「キャリー」のシーンがやりたい、と言って、デ・パルマ監督らしくワイプで、画面が横にスライドするようにもしたい、と言ったらノッてくださいました。あと、わたしがやりたいと言ったのは「ターミネーター」みたいなシーンでした。専門のプログラマーの方が、ずっと凝って映像を作ってくださいました。
わたしは、中野さんに、撮影前に、どこかに「戸川純」と入れて欲しい、とおねがいしたんです。まさか、着流しに日本刀を抜いて健さんみたいなポーズをとってるところに、習字で戸川純と、あんなに大きく入るとは思っていませんでした。でも、すごく嬉しかったです。あの、障子がみんな倒れてバックが全体的に赤くなるところは、実際に昔、東映の照明をやっていた方の技術とセンスで、「純ちゃん、いい赤、作ってあげるからね!」と言ってくださり、スタッフの方々も皆さんノリ気でやってくださいました。ひとごとのようですが、80年代の国内のPVの中では、かなり完成度の高いものだったんじゃないかなあ、と振り返ることができますので、関係者の皆さんに感謝しております。
——戸川さんから見て、昭和、平成、令和を経て、女性の恋愛観への理解や、セクシュアリティ/ジェンダーへの理解は進んでいると思いますか?
ジェンダーの問題は、少しずつですが、確実に進歩している、とわたしには思えます。ただ、男女差で35年経っても変わっていないのでは、と複雑な想いなのは、「好き好き大好き」が、女性からの視点でしか成り立たないのでは、ということです。あの歌は、男性が歌った場合、もっと問題になるはず、という意味です。そういう曲は、わたしの持ち歌では、まだまだたくさんあるんです。
——当時80年代の若者と、今の10〜20代(Z世代)を見て、何か違いを感じることはございますか?
はっきりと、くっきりとあります! わたしのファンの方に限ってしまうのですが、わたしは「好き好き大好き」などなどを歌ったせいで、ただのキワモノとかゲテモノ扱いされていた面が大きかったのです。
ライブはいつも大騒ぎでシリアスな曲を歌っても、会場で売っていたアルバムの特典の、ポスターの丸めた筒状のもので、最前列のお客にスカートをめくられたり、ときには、やはり歌ってる最中に足首をつかまれ客席に引き摺り下ろされ、何か持って帰ろう、みたいな興奮した人たちが集団ヒステリーのようになって、ブーツを無理やり脱がせようとただチカラまかせにひっぱったり、服もビリビリに破けるほど、たくさんの人に、あちこちから脱がされそうになって、髪もたくさんの人からブチブチ手掴みで引っこ抜かれたり、切れ毛だらけになったり、もう滅茶苦茶だったりしたんです。誰もわたしの歌なんか聴いてくれてなんかいない、と心底悲しくなりました。
ボディガードの人が遅れてやっときてくれて、ステージに戻され、ボロボロになりながら、どんなに奪われそうに引っ張られても、さすがにマイクだけはガッチリ両手で離さなかったので、そのまま、四つん這いでも歌を続けたら、その様子を見ていた当時のギタリストが「バカバカしくて、やってらんねえ!」と、ギター置いて演奏やめて楽屋帰っちゃったり、ライブにならないことも、何度もあったんです。ホールコンサートになっていってお客が座席椅子になると、さすがにそういうことはやみましたが。
それでも、ファンクラブには「純ちゃん!次は大魔神のかっこで歌ってください!絶対、爆笑間違いなしです!」などのファンレター? がやまないし。
あれから何十年も経ち、あれは幻だったのか、と過去を疑いたくなるほど、今のお客さんは、わたしのシリアスな曲を聴いて、泣いてくれる方々もいてくださるくらいなんです。それで、わたしのほうこそ、こんな歳になって、しかもケガの後遺症で太ってしまって、でもどんなに醜く歳老いても、歌を続けていこう、と励ましていただけているんです。
昔の若いお客さんだって、家でアルバムを真面目に聴いてくださっていた方も、ほんとはいてくださったろうと、今では思えるけど、当時は、個性のことばかり言われて誰も歌が上手いと言ってはくれなかった。でも、やっと今、歌が上手いと言ってくださる若い方が多いんですよ!
今は、おかげで充実しています!
——最後に。「好き好き大好き」はズバリ、ラブソングなのでしょうか?
もちろんズバリ、「ラブソング」のつもりです!
さらに戸川純さんの世界を深く知りたい人は、アルバム「玉姫様」もチェックしてみてほしい。
ジャパニーズ・ポップスの
源流を知り、世界を知る。
このチャンネルは見逃せない。
海外の若者を中心に日本のシティポップが注目されるなか、今回ご紹介した戸川純さんはもちろん、Yellow Magic Orchestraや吉田美奈子、日向敏文など、名門レーベルならではのコンテンツが詰まったYouTubeチャンネル「ALFA MUSIC YouTube Channel」。
アーカイブ映像をデジタル化した動画や、現代のアーティストによるアルファミュージック楽曲のカヴァー企画「My Favorite ALFA」も人気。
そこでは知られざる「ジャパニーズ・ポップス」の源流に出会えるはず。
\合わせて読みたい記事/