生と死の境界線。人々の「臨死体験」から着想を得たアート作品

アートは見るだけの時代じゃない。空間と現象に“意味”を見つけるアート体験を——。

世界中で絶え間なく生み出されているインスタレーション・アートに焦点をあて、現役美大生である筆者が、今もっとも気になる作品を独自の視点をおり混ぜご紹介していくシリーズ企画。

今回は、バルカン半島の国アルバニアの首都ティラナに常設された作品をご紹介。

暗闇から光の空間へ
「生と死の曖昧さ」を込めた作品

©Ilir Tsouko
©Ilir Tsouko

タイトル:『Terminal for Tirana』
アーティスト:Karolina Halatek

『Terminal for Tirana』が設置されているのは、ティラナ最大の公立病院「マザー・テレサ病院」の敷地内。アルバニア経済・文化・イノベーション省が立ち上げた作品プロジェクトは、コンペティション「Art in Public Spaces 2022」の国際審査員による入賞作品に選出された。

直径6m×長さ3mのポリエチレン製の巨大な筒の内部は、太陽光発電のLEDネオンに照らされている。夜の帳が下りたころ、鑑賞者はまるで光に吸い寄せられる昆虫のように筒の内部へ。

灯りひとつない外界とは対照的にどこまでも真っ白い空間。これほどのコントラストが他にあるだろうか。

©Ilir Tsouko
©Ilir Tsouko

じつはこの作品、世界最大規模の臨死体験研究団体である「The Near-Death Research Foundation(NDRF)」に寄せられた臨死体験談に着想を得て製作されたもの。同団体へと世界中から数多くの“体験談”が寄せられるなか、臨死を体験した多くの人がコメントしているのが「白い光」というワード。さらに、これに対比する「」についても記されている。

一例を抜粋してご紹介しよう。

とても白い光が見えましたが、まぶしくありませんでした。神の恵みを受けたような気がしました。私も知っている人たちの声が聞こえましたが、とてもリラックスしていたので反応しませんでした。その平和で幸福な状態にとどまりたかったんです。美しい白い光がどんどん近づいてくるのが見えました

広大な暗闇の中にいました。暗い部屋に立っているような気がしましたが、同時に自分の体を感じませんでした。平和で、恐怖はなく、以前に起こったことの記憶はありませんでした

ほんの束の間、非現実的な別世界へと“移行”してしまう臨死状態。『Terminal for Tirana』 は、それを疑似体験することができる作品。 闇から光へ。そして、また闇へ──。神秘的に映る光の世界は、同時に鑑賞者に死生観を見つめるきっかけを与えてくれているのかもしれない。

アーティスト:Karolina Halatekの世界

© tiranaartlab / instagram

ポーランドに生まれたKarolina。祖父は映画制作に長らく携わり父は写真家という家系。彼女もやはりクリエイティブの世界を志した。

影響を受けた人物に芸術家のオラファー・エリアソンを挙げるKarolina。照明や鏡を用いたインスタレーションを得意とする世界的評価の高いアーティストだ。「ロンドン芸術大学」に通っていたKarolinaはオラファーの芸術観に魅了され、「ワルシャワ美術アカデミー」へと進学。当時ベルリンで開催されていたオラファーのワークショップに参加するため、交換留学をけいついしたそうだ。

© karolinahalatek / instagram

オラファーに薫陶を受けたKarolinaはその後、ギネス世界記録に認定された構造物を製作することになる。2021年にサウジアラビアの首都リヤドで開催された、光と芸術の祭典「ヌール・リヤド・フェスティバル」に展示された『Beacon』という作品だ。同作品に彼女は27万個を超えるLED照明を活用。これが“世界最大のLED構造物”として記録されることに。

天と地の崇高な関係を想起させる柱のオブジェ。眩い光で観るものを包み込む世界観を上記Instagramで確認してみてほしい。

観るものを光へといざない、鑑賞者の意識を変える環境づくりを作品に込めるKarolina。作品を展示するそれぞれの土地(エリア)のもつ“性格”を捉え、最小の手段で最大のインパクトを生み出す。そこに彼女の作品の意図が込められているのかもしれない。

一見、捉えどころがなく不気味さを覚えるものの奥にある、幻想的で儚い世界線。Karolinaの信念が反映された作品の虜となる人は少なくないはずだ。

 

さて、アルバニアまでは足が向かない……という方へ。2024年12月、上海にてKarolina Halatekの個展開催が決定した。詳細については彼女のInstagramで発表されるらしい。師走の旅路、光の世界を体感しに上海を訪れてみてはいかがだろう。

Terminal for Tirana』 

【所在地】Mother Teresa University Hospital of Albania, Tirana,  アルバニア

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現役美大生がいまもっとも気になる
インスタレーション・アート

Terminal for Tiana
Artist: Karolina Halatek
Curator: Adela Demetja
Architecture studio: Apparat Studio
Landscape architect: Elian Stefa
Managing Institution: Tirana Art Lab – Center for Contemporary Art

Photography: Ilir Tsouko
Location: Mother Teresa University Hospital of Albania, Tirana/Albania

Top image: © Ilir Tsouko
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