18世紀の歴史的建造物を「ミラー張り」してしまったアート作品

アートは見るだけの時代じゃない。空間と現象に“意味”を見つけるアート体験を——。

世界中で絶え間なく生み出されているインスタレーション・アートに焦点をあて、現役美大生である筆者が、今もっとも気になる作品を独自の視点をおり混ぜご紹介していくシリーズ企画。

第一回目は、いまアート界でホットな都市パリの現代美術館「Bourse de Commerce(ブルス・ドゥ・コメルス)」で行われているエキシビジョン『Le monde comme il va』にて展示されている作品。

現実と仮想を隔てる「鏡」
空間全体で体感するアート

タイトル:『To Breathe - A Constellation』
アーティスト:Kimsooja

美術館「Bourse de Commerce」を象徴する空間のひとつに、吹き抜けの円形ホールがある。直径29メートル、天井部のガラスドームまでの高さは9メートル。そのドームを囲んでいるのは、1889年に描かれた天井画。自然光が静かに降り注ぐこの空間を、本来は下から見上げることになるのだが、韓国人アーティストKimsoojaは、この円形ホールにある仕掛けを施した。

それは「鏡」。

床全体に敷き詰められた鏡がドームと天井画を写し込む。至ってシンプルな構造でありながら印象的な空間が、Kimsoojaの手によってつくり出された。

Bourse de Commerce公式サイトより、アーティストの言葉を拝借しよう。

鏡は自己と他者、現実と仮想を区別するもう一つの絵画であると捉えている。鑑賞者には、自分の身体の物質性に気づき、空間全体で表現されている自分自身の“別の側面”について思いを巡らせてもらうため、鑑賞者には鏡の上を歩いてもらいたい。

 

© boursedecommerce / instagram

ところで、エキシビジョンが開催されているこの場所、Bourse de Commerceとはフランス語で「証券取引所」の意。1767年の建造時には穀物の取引所として使われたそうだ。19世紀に入ると証券取引所として活躍。現在ではフランスの歴史的建造物に指定されている由緒ある建物だ。2021年、現代美術館として開館するにあたり、建築家の安藤忠雄が改装を手掛けたことでも話題となった。

アーティスト:Kimsoojaの世界

作者のKimsooja氏

18世紀建築と巨大な天井画、そこに鏡を融合させるというインスタレーション。作者であるKimsoojaはいったい、どんな想いを作品に込めたのだろう。

以前、『My Modern Met』の取材に対し、彼女は“独特”な表現でメッセージを伝えていた。いわく、「素材に鏡を用いることで人間の視線がまるで縫い糸のように動き、自分と他者の奥深くへと入り込む。言わば鏡は私たちの視線が満ち引きしながら織りなす織物のようなもの」。

インスタレーションのほか、写真や立体などKimsoojaが手がける作品の形態は多岐に及ぶ。それら作品には韓国伝統の布が用いられることが多く、それは彼女のアイデンティティでもあるようだ。縫い合わされることで形となる布が針と糸で結合されるように、今作『To Breathe - A Constellation』においては「鏡」がその役割を果たす、ということなのかもしれないと深読みをする。

そして、もうひとつ。Kimsoojaの作品を語るうえで欠かせないのが、陰陽思想における二元論。陰と陽は対立構造ではなく、むしろ調和するものであると捉える彼女。

© kimsoojastudio / instagram

鏡に映る世界と現実の世界、自分と他者、そして過去と現在。背反する2つの要素が鏡を通してその境界線を曖昧にしていく──。Kimsoojaに言わせると、それは縫うように移ろう人の目線によってさらに融合されていくもの。そこにインスタレーション作品『To Breathe – A Constellation』の味わいがあるように思えてならない。

エキシビションは2024年9月23日まで。可能な方は、パリまで足をのばして五感で体験してみてはいかがだろう。

『Bourse de Commerce』

【所在地】2 Rue de Viarmes, 75001 Paris, フランス
【開館時間】11:00〜19:00
【公式ページ】https://www.pinaultcollection.com/fr/boursedecommerce

KIMSOOJA
To Breathe — Constellation, 2024
View of the exhibition “Le monde comme il va”, Bourse de Commerce – Pinault Collection, Paris, 2024.
© Tadao Ando Architect & Associates, Niney et Marca Architectes, agence Pierre-Antoine Gatier.
Photo: Florent Michel/11h45/Pinault Collection.
© Kimsooja/ADAGP, Paris, 2024.

Top image: © Kimsooja/ADAGP, Paris, 2024.
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