「エモ消費」の真実:若者たちの意外な購買心理
理性的な判断よりも感情が購買を決定づける現象は、特にZ世代の間で顕著に見られるが、じつはすべての世代に共通する普遍的な心理メカニズムが存在する。「推し活」から「あえての不便さ選択」まで、一見非合理に見える消費行動の裏には、マーケターさえ予測できなかった“意外な心理”が働いていた。
なぜ人は「エモい」と感じる体験にお金を使うのか?そしてブランドはこの感情の波にどう乗るべきか?本記事では、マーケティングの最前線で活躍する専門家たちの声をもとに、エモ消費の真実と、ビジネスに活かすための具体的戦略を解説する。
消費行動の変化とエモ消費の登場
日本の消費行動は、時代とともに大きく変化してきた。高度経済成長期からバブル崩壊、そしてデジタル化の波を経て、私たちの「お金の使い方」は根本的に形を変えてきた。この変遷を理解することで、現在注目されている「エモ消費」が登場した背景も明らかになる。
モノ消費からコト消費への移行
高度経済成長期(1965年~1973年)からバブル期にかけて、日本では「モノ消費」が主流だった。これは商品そのものの機能や所有に価値を見出す消費行動で、「三種の神器」と呼ばれた冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビから始まり、のちに「3C」(自動車、エアコン、カラーテレビ)へと変化していった。
しかし、バブル崩壊後の1990年代後半から、消費者の関心は「コト消費」へとシフトしていく。これは商品の購入により得られる体験や経験に価値を見出す消費行動だ。「女性インサイト総研」の調査によると、女性の63%が「楽しい気持ちになれる」ことを買い物に求めていることが明らかになった。モノがあふれた社会で、人々は単なる所有よりも、心を動かす体験を求めるようになったと言えよう。
旅行、ライブイベント、アトラクション、文化体験など、形として残らなくても、その思い出に対価を払うことに価値を見出したり、インターネットやSNSの普及により、体験を共有することでさらに満足度が高まるという現象も見られるようになった。
トキ消費・イミ消費の台頭
2010年代に入ると、スマートフォンとSNSの急速な普及により、「トキ消費」が台頭してきた。これは「博報堂生活総合研究所」が2017年から提唱している概念で、「その日」「その場所」「その時間」でしか体験できない消費に価値を見出すもの。
トキ消費の特徴は「非再現性」(同じ体験が二度とできない)、「参加性」(不特定多数の人と感動を分かち合う)、「貢献性」(盛り上がりに貢献していると実感できる)という3つの要件にある。映画の応援上映や野外フェス、アイドルの総選挙などがその例だ。
いっぽう、「イミ消費」は2011年の東日本大震災をきっかけに広まった。これは商品やサービスを消費することで生まれる社会貢献的要素に価値を感じる消費行動だ。環境保全や被災地支援などがテーマとなり、クラウドファンディングやふるさと納税、フェアトレード商品の購入などを通じて、自己実現欲求を満たすことができる。
エモ消費が注目される背景
さらに近年、特にZ世代を中心に「エモ消費」が注目されている。これはコラムニストの荒川和久氏が提唱した概念で、「わかる」などの共感や「楽しい」「悲しい」といった感情(エモーショナル)を得ることを目的とした消費行動。
Z世代が「エモ消費」を重視する背景には、彼らが育った環境がある。良いものが簡単に手に入り、どんなことにでも挑戦しやすい環境で育ったZ世代は、モノ本来の価値でも、そのときにしかできない経験でもなく、商品を通じて自身のまわりに広がる世界がより豊かになることを望んでいるようだ。
ある調査によれば、Z世代は他の世代と比較して、「共感」をベースとした行動を取る傾向が強いことが判明。彼らにとって「エモい」とは「ロジカルに説明するのは難しいものの、満たされる」感覚であり、手間のかかるフィルムカメラをあえて使用したり、推しの誕生日を祝ったりするような、必ずしも効率的とは言えない消費行動にも価値を見出している。
このように、消費行動は時代の変化とともに「モノ→コト→トキ→イミ」と変化し、そして現在は「エモ」という感情を中心とした消費へと進化していると言えるだろう。
エモ消費とは何か?基本の理解
消費社会の変遷を経て、現在注目を集める「エモ消費」。この言葉を聞いたことがある方も多いはず。しかし、その本質を理解している人は、意外と少ないかもしれない。ここでは、エモ消費の基本概念から、世代による受け止め方の違い、そして従来の消費スタイルとの違いまで掘り下げていきたい。
エモい=感情を動かす体験
エモ消費とは、コラムニストの荒川和久氏が提唱した概念で、精神的な満足度を得るための消費行動。商品の機能性や価格ではなく、「わかる」などの共感や「楽しい」「悲しい」といった感情(エモーショナル)を得ることを目的としている。
「エモい」という言葉は、「emotional(感情的)」から派生した若者言葉で、ロジカルに説明するのは難しいものの、心が揺さぶられるような感動や満足感を表す。言い換えれば「なんかいい」という感覚に近い。
著書『エモ消費 世代を超えたヒットの新ルール』の今瀧健登氏によれば、エモ消費には、以下の三つの条件があるようだ。
経験:自身が実際に経験したシチュエーションや場面に共感する
ハッピー:その体験や行動に触れることで幸福感を得られる
コミュニケーション:体験した感情をSNSなどでシェアする
たとえば、手間のかかるフィルムカメラをあえて使用したり、「推し」のアイドルやアニメキャラの誕生日を祝うために部屋を飾り付けてSNSで共有したりする行動がこれに当たる。こうした消費行動は、共感できる気持ちから生まれ、ネガティブな感情からは生まれないらしい。
Z世代にとってのエモ消費の意味
Z世代にとって、エモ消費は単なる物欲を満たす行為ではなく、自己表現やアイデンティティの確立の手段となっている。調査によると、Z世代は他の世代と比較して「共感」をベースとした行動を取る傾向が最も強く、特に「SNSでシェアする」「友だち・家族と話題にする」「誰かにおススメする」といった"シェア"に関する項目で他世代と大きな差があることが明らかになっている。
実際、「僕と私と株式会社」が2100人を対象に行った調査では、Z世代の32.0%が「エモ消費」タイプであり、これは第2位の「モノ消費」タイプとは約20%もの開きがあるという結果が出ている。
また、Z世代はジェンダーや社会問題に対する興味関心が強く、多様性を認め、個性を尊重する価値観を持つ傾向がある。2010年頃、特に震災直後から消費行動の変化が起きており、「地球市民として正しい消費をしよう」という気持ちがZ世代の間で加速しているようだ。
他の消費スタイルとの違い
現代の消費スタイルには、エモ消費以外にも様々な形がある。
モノ消費:商品そのものの所有や機能に価値を見出す最も基本的な消費形態。高度経済成長期に主流だったこのスタイルは、物質的な豊かさを追求。
コト消費:体験や経験を重視する消費行動で、形に残らなくても記憶に残る体験に価値を見出す。旅行やライブイベントなどがこれに当たる。
トキ消費:「その日」「その場所」「その時間」でしか体験できない消費に価値を見出すもので、非再現性、参加性、貢献性が特徴。
イミ消費:社会貢献的要素に価値を感じる消費行動で、環境保全や被災地支援など社会的意義を重視。
これらに対してエモ消費の最大の特徴は、感情的な満足感や共感を主な購買動機とする点。特にZ世代は「感情的体験」に重きを置き、自分の価値観やアイデンティティを表現する手段として消費を捉えているようだ。また、体験した「エモい感情」をSNSなどでシェアすることが消費者のゴールとなっている。
このように、エモ消費は単なるトレンドではなく、現代社会における新たな価値観を反映した消費行動と言えるだろう。
マーケター1000人が語る、エモ消費の購買心理
マーケティング業界で急速に注目を集めるエモ消費。その心理メカニズムには、従来のマーケティング理論では説明できない複雑な要素が絡み合っている。現場のマーケターたちは、この新しい消費現象をどう捉えているのだろうか。
共感が購買行動を生む理由
統計的手法を用いた調査分析によると、「購入意向」に対しては「共感」と「有用性」の因子が特に強い影響力を持っていたそうだ。つまり、消費者の心に響く製品やサービスは、単に機能性が高いだけでなく、感情的なつながりを生み出すものであることが明らかになった。
「推し活」に見る感情の投影
エモ消費の典型例として「推し活」がある。推しとは自身が没頭して応援する対象のことで、その存在は「生きがいを与えてくれる」「日々頑張れる」「前向きな気持ちになれる」といったポジティブなエネルギーになっている。
推し活の特徴は、単なる「消費」から「参加・表現」への変化にある。たとえば、ファンが集まって「本人不在の誕生日会」をする現象が増えているが、これは推しのグッズや写真を並べて写真を撮ったり、ケーキを食べたりして過ごすもので、大好きな推しの誕生日を祝うという行為そのものに価値を見出していることがうかがえる。
このような行動の背景には、自分の内部世界と外部世界をつなぐ「プロジェクション」という心の働きがある。推しグッズには単なるモノ以上の特別な意味が投影され、それが当人の世界を豊かにしていると言えるだろう。
SNSでのシェア欲求と承認欲求
Z世代の購買行動には「共感→驚き→感動」の3つの要素が強く影響しており、特に「シェア」の部分が重要な要素。彼らは単に商品を購入するだけでなく、その体験を共有することで価値を高めていると考えられる。
エモ消費では、体験した「エモい感情」をSNSなどでシェアすることが消費者のゴールに。これにより承認欲求を満たすだけでなく、インターネット上の同志とコミュニケーションをとり、情報を交換が可能となる。
「あえて不便」を選ぶ心理
興味深いことに、便利なものだけが価値を持つわけではない。京都大学の川上教授は「不便だからこそ得られる益(不便益)」という概念を提唱。たとえば、アナログレコードはストリーミングサービスと比べて不便ではあるが、時間や手間がかかることで商品の持つ意味とストーリーを味わうことができる。また、記憶は身体的な負荷と関係しており、便利であればあるほど記憶には残りにくいという側面も。
エモ消費はLTVを高めるか?
マーケティング視点で見ると、Z世代に含まれる10〜20代前半は経済的に自立していないため、購入金額は低いものの、「未来の主力層」として早期からファン化することでLTV(顧客生涯価値)を高める効果があると考えられる。
エモ消費において重要なのは、「商品の魅力そのものではなく、商品を買ったことで得られる世界観」だろう。この考え方は、Z世代と企業間のマーケティングを翻訳する上でもっとも分かりやすい共通言語となっているのかもしれない。
エモ消費を活かすマーケティング戦略
感情を揺さぶるマーケティングは、現代の消費者心理において強力な影響力を持っている。エモ消費を効果的に活用するためには、感情に訴えかける戦略的なアプローチが必要だ。ここでは、消費者の心を動かすための具体的な戦略を紹介していこう。
ビジュアルで感情を動かす
人間の脳は視覚から入った情報を処理し、感情が刺激され、行動を起こすという流れを持っている。また、テキストと比較すると、人間は画像の方が6万倍も早く処理することができるそうだ。脳に送られる情報の90%は視覚的なものであることも研究で明らかになっている。
色彩心理学の観点からも、色は人間の脳に影響を及ぼし、意思決定などの行動や感情に作用することは実証済み。たとえば、明るい色調や柔らかな曲線は、喜びや安心を引き起こす効果が。したがって、エモいビジュアルを作成する際は、ターゲットとなる消費者の心理を理解し、適切な色使いや形、美しさなどを意識したデザインが重要だろう。
ブランドストーリーの設計
優れたブランドストーリーは、単なるマーケティングの一要素にとどまらず、企業の存在意義や価値を伝え、顧客ロイヤルティの向上に寄与する強力なツールとなる。効果的なブランドストーリーを構築するには、以下の要素を明確にする必要がある。
ミッション:自社が存在する理由や社会にどのような価値を提供するか
バリュー:企業が提供する独自の価値や顧客にとってのメリット
オリジン:企業がどのようにして生まれたのか、創業者の想いや背景
展望:これからどのような未来を目指すのか
共感できる理念や一貫したメッセージは、単なる取引関係を超え、パートナーシップとしての関係強化に寄与する。特にB2Bの分野では、信頼性や企業文化、パートナーシップの在り方といった要素が重視されるため、ブランドストーリーが「なぜこの企業を選ぶべきか」を伝える手段として有効だろう。
ユーザー体験の感情設計
感情設計は、ユーザーエクスペリエンス(UX)や顧客エクスペリエンス(CX)の一環として、ユーザーが感じる感情を意図的にデザインするプロセス。これはウェブサイトやアプリなどのデジタルプロダクトにおいて、ユーザーが肯定的な感情や連結感を持つことを促進し、ブランドとの強い感情的なつながりを築くことを目指している。
感情設計の第一歩は、ユーザーの感情を理解すること。ユーザーの感情、要求、行動パターンを理解するために、ユーザーインタビューやアンケート、競合分析を行い、ユーザージャーニーマップを作成して情報探索のモチベーションや感情の高まりを可視化する必要がある。このプロセスを通じて、ユーザーとの対話やストーリーテリングも感情の共有や共感を生み出す効果的な手段となり得るだろう。
SNSでの拡散設計とUGC活用
UGC(ユーザー生成コンテンツ)とは、企業やブランドではなく一般のユーザーによって作成・共有されるコンテンツのこと。UGCを活用することのメリットには以下が挙げられる。
信頼性の向上:企業発信の広告よりも実際のユーザーが投稿したコンテンツの方が信頼されやすい
拡散力の高さ:SNSを活用したUGCは自然に拡散され、広告費をかけずにブランド認知度を向上できる
コンテンツ制作の負担軽減:ユーザーが投稿したコンテンツを活用できるため、コスト削減につながる
UGCを増やすためには、ハッシュタグを活用したキャンペーンやプレゼント企画、TikTokやInstagramのリールなどを活用した、チャレンジ企画を展開するのが効果的。また、UGCを活用する際には著作権や肖像権に関する問題に十分配慮する必要がある。
Z世代以外にも広がるエモ消費の可能性
エモ消費という現象はZ世代の専売特許ではない。調査データが示す通り、他の世代においてもエモーショナルな体験を求める消費行動が顕著に見られるようになっている。年齢を問わず広がるこの消費傾向は、世代を超えた普遍的な心理メカニズムに根ざしているのかもしれない。
Y世代・X世代の共感傾向
具体的な数字で見ると、Y世代(ミレニアル世代)においても「エモ消費」タイプの人々が21.5%を占めており、第2位の「モノ消費」タイプとの差はわずか6.2%にとどまっている。Y世代はワークライフバランスを重視し、モノへの執着が少なく、体験価値を求める傾向があるとされる。彼らの消費行動は「コト消費」からさらに進化し、心が満たされるエモーショナルな体験を好むようになってきた。
さらに注目すべきは、X世代の消費傾向だ。X世代では「モノ消費」タイプが17.2%でトップとなっているものの、第2位には「エモ消費」タイプが14.5%と僅差で続いている。つまり、その差はわずか2.7%であり、X世代においても「エモい」消費体験への共感が広がりつつあることを示している。
世代を超えた「エモ」の共通点
世代を超えてエモ消費が受け入れられている背景には、普遍的な心理メカニズムがある。たとえば、「ソロエコノミー」の特徴として挙げられるエモ消費は、「うれしい」「楽しい」といった感情(エモーション)を得ることを主目的としており、その本質は「精神的充足感を得ること」にある。
また、テクノロジーの発展により商品の機能による差別化が難しくなったことも、エモ消費が世代を超えて広がる要因。どのメーカーの商品も一定以上の品質が保証されているため、商品が生まれたストーリーへの共感や世界観に価値を見出す消費者が増えていると言えるだろう。
とりわけ重要なのは、Z世代がSNSによる強い拡散力を持つことから、Z世代向けのエモマーケティングが全世代に波及する可能性が高いという点。このように、エモ消費はZ世代の特徴的な消費行動であると同時に、あらゆる世代に共通する新たな消費価値観としての可能性を秘めている。
まとめ
このように、日本の消費行動は「モノ消費」から「コト消費」、そして「エモ消費」へと大きく進化してきた。特に注目すべきは、エモ消費が単なるZ世代の一過性のトレンドではなく、Y世代やX世代にも確実に広がりつつある普遍的な消費価値観だということ。
なぜなら、人間の購買行動の根底には「共感」や「感情的なつながり」という普遍的な心理メカニズムが存在するからだ。調査結果が示す通り、消費者の87%は感情的な繋がりを感じた商品やサービスにより高い金額を支払う意思がある。このことからも、感情を動かすマーケティングの重要性は明らかだろう。
したがって、これからのビジネスにおいては、商品の機能性や価格だけでなく、ブランドストーリーの設計、感情を揺さぶるビジュアル表現、ユーザー体験の感情設計といった要素が競争優位性を左右する決定的な要因となるだろう。また、UGCを活用したSNS戦略も効果的だ。
確かに、エモ消費は一見非合理的に見えるかもしれない。しかし、その本質は「精神的充足感を得ること」にあり、人間の根源的な欲求に応えるもの。テクノロジーの発展により商品の機能による差別化が難しくなった現代において、感情的な価値提供こそが真の差別化となるはずだ。
最終的に、エモ消費は消費者と企業の関係を「取引」から「共感に基づくパートナーシップ」へと変革する可能性を秘めている。この新たな消費価値観を理解し、戦略的に活用できる企業こそが、これからの時代を生き抜く力を手に入れることができるだろう。