ヴェネツィア映画祭で23分間の拍手。映画『ヒンド・ラジャブの声』が描いた衝撃の実話

2025年のヴェネツィア国際映画祭で、1本のドキュメンタリーが23分間のスタンディングオベーションを浴びた。けれど、その翌日、監督とプロデューサーたちの元には、何千通ものヘイトメールが届いたという。

注目作となったのは、フランスとチュニジアの合作映画『ヒンド・ラジャブの声』(原題:『The Voice of Hind Rajab』)。拍手脅迫が同時に起きるという異例の展開は、現実を映す映画が持つ重さと力を物語っていた。

喝采のあとに、怒りのメールが届いた

この映画は、2024年にガザで実際に起きた出来事を描いている。家族とともに脱出を試みた5歳の少女ヒンド・ラジャブは、車に取り残され、イスラエル軍の攻撃で命を落とした。彼女がイスラム圏の国々で活動する赤十字社(赤新月社)に助けを求めるためにかけた電話の音声が、映画の中でそのまま使われている。

上映後、観客からは圧倒的な拍手が贈られた。だが、その直後、監督のカウテル・ベン・ハニアや関係者のメールボックスには、大量の威圧的メッセージが殺到する。同じ文面が繰り返される、組織的な嫌がらせのようだったという。

評価と批判、称賛と拒絶。そのギャップは、この映画が踏み込んだテーマの“重み”を表している。

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映画が伝えようとしたこと

この作品は、少女が命を落とすまでの最後の数分間を、実際の通話音声を軸に再構成している。音声の使用には、赤新月社と少女の母親の許可が取られており、救助隊員のやりとりは俳優が演じた。

監督は「人を快適にさせるために作ったわけではない」と「International Business Times」の取材に答えた。痛みを避けず、見たくない現実を正面から見せる。それがこの作品のスタンスだ。

心がざわつく。けれど、それは作品として間違っていない。むしろ、その違和感があるからこそ、私たちは立ち止まり、考えるきっかけを得るのではないだろうか。

ハリウッドの支援と、その代償

『ヒンド・ラジャブの声』には、ホアキン・フェニックス、ブラッド・ピット、ルーニー・マーラといった著名な俳優たちがエグゼクティブ・プロデューサーとして関わっている。その影響力もあり、ヴェネツィアでの反響を皮切りに、トロント、ロンドン、釜山といった世界の映画祭を巡回する予定だ。

チュニジアでは今月公開予定で、同国はすでにこの作品を2026年のアカデミー賞(国際長編映画賞)に選出している。だが、テーマがテーマだけに、どこでも歓迎されるわけではない。

拍手の数だけ、反発もある。
表現の自由には、常にリスクがついて回るという現実を突きつけてくる。

「感情に投資する」って、どういうこと?

とこで、この映画は事実を知ること以上に、「他人の痛みに触れること」を促してくる。
感動ポルノでもなく、同情を引くためでもない。ただ、少女の声が記録されていた。それを聴いて、何を感じるかは、観る側に委ねられている。

現代を生きる私たちにとって、「投資」とはお金だけじゃない。共感力、想像力、そして現実を見ようとする姿勢——それも大事なライフスキルだ。この作品を観ることは、もしかしたら“感情に投資する”ことなのかもしれない。

あなたなら、その声をどう受け止める?

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TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。