「中絶ができない」ことのほんとうの恐ろしさを追体験できる衝撃映画『あのこと』
「中絶」がタブーとされることが、一人の人生にどれだけの絶望をもたらすか──。
その焦り、怒り、恐怖を痛いほどに体感できる映画『あのこと』が、先日12月2日(金)より全国で順次公開されている。
本作品は、作家アニー・エルノーの実体験をもとにつづった短編小説『事件』を、オードレイ・ディヴァン監督が映画化したもの。2021年にはヴェネチア金獅子賞も受賞した話題作だ。
舞台は法律で中絶が禁止されていた、1960年代のフランス。望まぬ妊娠をしてしまった前途有望な大学生の、12週間にわたる壮絶で孤独な闘いが描かれる。
予告編では、違法行為を恐れる医者から主人公が冷たく突き放される様子や、「妊娠したら一貫の終わり」だと話す友人の会話からも、当時の社会の実情が読みとれる。
自分の未来のため、命懸けの違法な処置を行うほかない──。
限られた選択肢に追い詰められ苦しむ主人公。相手の男子学生はどこか他人事で、責任は彼女の一身に降りかかる。
女性として生まれたばかりに、代償のすべてを引き受けることになってしまった彼女の痛みが、切実に伝わってくる。
この「中絶」というテーマは決して“過去”のものではない。
主人公と同じような状況に置かれている女性は現在も多く存在している。日本においても中絶は社会的にタブー視され、高額な費用と配偶者同意に悩み、望まぬ出産を余儀なくされる女性たちがあとを絶たない。中絶をめぐる戦いは、今も続いているのだ。
中絶が違法とされる時代のなかで、少女が妊娠することのイミを描いた本作品。誇張も歪みもない、等身大の一人の少女の身に起きた、残酷な現実のすべてが垣間見える。ぜひ目を逸らさずに、一度観ていただきたい。
映画『あのこと』
【公開日】2022年12月2日(金)
【監督】オードレイ・ディヴァン
【出演】アナマリア・ヴァルトロメイ、サンドリーヌ・ボネール
【原作】アニー・エルノー『事件』
【配給】ギャガ
【制作】2021/フランス映画/カラー/ビスタ/5.1ch デジタル/100 分/翻訳:丸山垂穂