“あの頃”を流す「AIラジオ」介護現場へ
ダイヤルを回すと「あの頃」が流れ出す。ニチイ学館とTBWA HAKUHODOが発表したAIラジオ機器「RADIO TIME MACHINE」は、生成AIの力を"未来"ではなく"過去"に向けた、ちょっと異色のプロダクトです。介護施設での導入検証がはじまったこの装置、そのアプローチがなかなか示唆に富んでいます。
ダイヤルを回すだけで
“あの頃”のニュースと歌が流れ出す

見た目は、1950〜60年代のラジオそのもの。レトロなダイヤルがついた筐体は、昭和の居間にあったあの存在感をそのまま再現しています。ただし、ダイヤルで合わせるのは周波数ではありません。1950年から2025年まで、1年刻みで「西暦」を選びます。
すると、その年の「今日と同じ日付」に起きたニュースをラジオパーソナリティ風に紹介し、合間に当時のヒット曲が流れる——そんな音声コンテンツがAIによって自動生成されるのだそうです。コンテンツは毎日更新されるため、昨日と今日では同じ年を選んでも違う内容が聴ける仕組み。現時点では約20分間のループ再生とのこと。
開発を手がけたTBWA HAKUHODOは、このプロダクトに2年半を費やしたといいます。広告会社がソフトウェアだけでなくハードウェアまで自社で設計・開発した点は、かなり異例のことではないでしょうか。
忘れていた名前が
音楽と一緒によみがえった

なぜ介護施設なのか。その背景には、現場が抱える切実な課題があります。
ニチイ学館が介護スタッフを対象に実施したアンケートでは、業務上の負担として「利用者の見守りやコミュニケーションの難しさ」が挙げられました。とくに世代の離れたスタッフにとっては、会話のきっかけをつかむこと自体が難しいという声があったそうです。人手不足だけでなく「対話不足」もまた、介護現場の構造的な課題だったわけです。
そこで同社は、介護人材不足の解消や現場負担の軽減を目的とした研究組織「GENBA SMILE Lab」の活動の一環として、RADIO TIME MACHINEの導入検証を2026年3月5日より開始しました。対象は認知症対応型生活介護(グループホーム)や通所介護(デイサービス)などの施設です。
注目すべきは、本格導入に先立って行われた事前実証(2026年1月下旬〜2月下旬)の結果でしょう。利用者が若い頃のニュースやヒット曲を聴きながらスタッフと対話したところ、実証前には思い出せなかった両親の名前や勤務先を即答するケースが見られたといいます。
定量データも興味深いものでした。表情解析による笑顔の値は平均8.7%上昇(最大で23.8%上昇)。骨格推定を用いた身体活動量の測定では、身振り・手振りが10%増加。発話速度は1分あたり10.8語増えたとのことです。
「聴く」という受動的な行為が、「思い出す」「語る」「つながる」という能動的な行為に変わっていく。その変化が、数字としてはっきり表れています。
AIが「回想法」を
特別なケアから日常へ変えていく
この取り組みの根底にあるのは、「回想法(Reminiscence Therapy)」と呼ばれるアプローチです。古い写真や音楽など、馴染みのある刺激を用いて過去の記憶を呼び起こし、認知的・情緒的なウェルビーイングを支援する非薬物療法として、認知症ケアの分野で注目されてきました。
ただ、従来の回想法には課題もありました。専門のスタッフが個別にセッションを組む必要があり、日常的に継続するにはリソースが足りない。RADIO TIME MACHINEは、その回想法を「特別なプログラム」から「日常のBGM」に変えてしまう可能性を秘めています。ダイヤルを回すだけで誰でも使え、AIがコンテンツを毎日自動で更新し続ける。専門知識がなくても、スタッフが利用者と一緒にラジオを聴くだけで、自然と対話が生まれる設計です。
今春からはTBWA HAKUHODOが北里大学医療衛生学部の福田倫也教授らと共同研究を開始し、RADIO TIME MACHINEが認知症の行動・心理症状(BPSD)を抑制する効果について、評価尺度を用いた数値化や行動分析などで科学的に検証していく予定とのこと。ニチイ学館は研究結果を踏まえ、スマートフォンを活用した廉価版の開発も含め、全国の施設への本格導入を計画しています。
テクノロジーの価値は
「懐かしさの精度」にもある
2040年にはおよそ57万人の介護人材が不足すると見込まれる日本。テクノロジーによる課題解決が急務であることは言うまでもありません。しかし、その解決策が必ずしも「最先端のロボット」や「効率化ツール」である必要はないのかもしれません。
RADIO TIME MACHINEが示しているのは、テクノロジーの価値は「新しさ」だけでなく「懐かしさの精度」にもあるということ。そして、高齢者向けAIの鍵は「機能の高度化」ではなく「インターフェースの親密化」にあるということです。






