「たった1%」で日本酒じゃなくなる?福島発の越境プロジェクト

福島県の老舗蔵元・豊国酒造と、クラフトサケブルワリー・haccobaが、清酒とクラフトサケの"境界"をテーマにした共同醸造プロジェクトの始動を発表しました。麹歩合99%と100%——数字にしてわずか1%の差が、酒税法上まったく別の酒に分かれてしまう。その不思議な境界線を「味わい」として体験できる、前例のない試みです。

©株式会社haccoba

「99%」と「100%」の間にあるもの

このプロジェクトのコンセプトは「たかが1%、されど1%」。天保年間(1830年)創業の豊国酒造が清酒免許の範囲内で麹歩合99%の酒を醸し、2021年に福島県南相馬市で創業したhaccobaが「その他の醸造酒」免許のもとで麹歩合100%の酒を醸す。ほぼ同じ原料、ほぼ同じ工程。けれど片方は「清酒(日本酒)」、もう片方は「その他の醸造酒(クラフトサケ)」になります。

そもそも清酒とは何か。国税庁の定義によれば、米・米麹・水を原料として発酵させ「こす」工程を経たもの(アルコール分22度未満)が清酒にあたります。ここで重要なのは、全量を麹米にしてしまう——つまり掛米(蒸した白米)を一切使わない——と、この定義から外れてしまうという点。麹歩合100%の酒は、どれだけ伝統的な技法で丁寧に醸されていても、法律上「日本酒」とは名乗れないのです。

99%と100%。飲み比べたとき、私たちの舌はその1%を感じ取れるのでしょうか。このプロジェクトは、制度が引いた線の「こちら側」と「あちら側」を同時に味わうことで、カテゴリーの意味そのものを問い直す装置として設計されています。

同じ麹から始まる、2つの酒

プロジェクトの核心は「共同製麹(せいきく)」にあります。製麹とは、蒸した米に麹菌を繁殖させて麹をつくる工程のこと。酒造りの根幹ともいえるこの作業を、2つの蔵が互いの現場で一緒に行うのです。

2026年5月、まずhaccobaのメンバーが古殿町の豊国酒造を訪れ、蔵人とともに麹をつくり、その麹を起点に「99%麹酒」を仕込みます。その後、豊国酒造のメンバーが南相馬市のhaccobaを訪問し、同じように共同で麹をつくったうえで「100%麹酒」を仕込む予定とのこと。

単なるコラボレーション商品であれば、レシピを交換して各自の蔵で仕込めば済む話でしょう。しかし、あえて互いの蔵に足を運び、同じ空間で同じ麹をつくるという身体的な越境行為を選んでいる。制度上の壁を、人と人との関係性で柔らかく超えていこうとする姿勢がここに表れています。

「オール福島」が支える酒の生態系

注目すべきは、このプロジェクトが蔵元2社だけの取り組みにとどまらない点です。第一弾「99%麹酒」の流通は、郡山市の酒販店「泉屋」と伊達市の「根本安治酒店」が中心的に担い、醸造の技術支援には福島県ハイテクプラザが全面的に協力するといいます。蔵・研究機関・酒販店が一体となった、まさに「オール福島」の体制です。

プレスリリースには「酒は、つくるだけでは文化になりません。誰が支え、誰が届け、誰が語り、誰がその価値を受け取るのか」という一節がありました。この言葉は、酒を単なる「商品」ではなく「地域の文化的な生態系」として捉える視座を端的に示しているのではないでしょうか。

haccobaが醸造所を構える南相馬市小高は、東日本大震災と原発事故の影響で一時人口がゼロになった地域です。豊国酒造のある古殿町もまた、過疎化が進む中山間地域。福島という土地で「境界を越える」ことには、酒税法の枠組みを超えた、もっと重層的な意味が宿っているように感じられます。

制度と味覚の間で考える

近年、日本の酒造業界では制度をめぐる議論が活発化しています。日本では1960年代以降、国内向けの新規清酒製造免許がほぼ発行されておらず、若い醸造家が「日本酒」をつくりたいと思っても、既存の蔵を継承する以外に道がほとんどありません。2021年に輸出専用の清酒免許が解禁されたものの、国内市場向けの参入障壁は依然として高いままです。

こうした背景から、haccobaをはじめとする新世代の醸造家たちは「その他の醸造酒」免許を取得し、クラフトサケという新たなカテゴリーを切り拓いてきました。伝統的な酒造技術をベースにしながら、副原料の使用や全量麹米など、清酒の定義では許されない自由な表現を追求する動きは、国内外で大きな注目を集めています。実際、米国では約30ものサケブルワリーが稼働しており、日本の制度的制約がかえって海外でのクラフトサケブームを後押ししているという指摘もあるほどです。

しかし、豊国酒造とhaccobaのプロジェクトが興味深いのは、「制度を壊せ」とも「伝統を守れ」とも主張していない点です。99%と100%を並べることで、境界線の存在そのものを認めつつ、その意味を静かに問い直している。対立ではなく対話。破壊ではなく可視化。この姿勢は、制度改革の議論にも新たな視座を提供しうるものだと感じます。

私たちが酒を選ぶとき、ラベルに書かれた「日本酒」「クラフトサケ」といったカテゴリー名は、どれほどの意味を持っているのでしょうか。もしかすると、グラスの中の液体は、制度が引いた線よりもずっと自由なのかもしれません。2026年夏以降にリリース予定の2本の酒が、その答えの一端を教えてくれるはずです。

©株式会社haccoba
Top image: © 株式会社haccoba
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