ゲータレードが「アスリート専用」をやめた理由

英紙『The Independent』の報道によると、スポーツドリンクの代名詞として60年の歴史を持つGatorade(ゲータレード)が、創業以来最大規模のブランド戦略転換を発表しました。エリートアスリート向けという看板を降ろし、「すべての人の日常的な水分補給」へ——。その背景には、私たちの身体との向き合い方そのものの変化がありそうです。

購入者の6割は「非アスリート」

PepsiCo米国飲料部門社長のMike Del Pozzo氏は、長距離フライトや散歩、さらには二日酔いからの回復まで、スポーツ以外の多様な生活シーンでの水分補給ソリューションを提供していく方針を明らかにしました。

一見すると大胆な方向転換に映りますが、実はデータを見ると「遅すぎた」とすら言えるかもしれません。調査会社Mintelのアナリスト、Jack Doggett氏によれば、スポーツドリンク購入者の60%はすでに非アスリート層。電解質やエネルギー補給といった機能性成分を求めて手に取っている人が大半だったのです。つまり、消費者の実態がブランドの自己認識を追い越していた——そんな構図が浮かび上がります。

市場全体の勢いも見逃せません。調査会社Circanaのデータでは、2025年3月までの1年間でスポーツドリンクミックス(粉末タイプ)の販売個数が約20%増加した一方、ボトルウォーターの販売は横ばい。Fortune Business Insightsの予測によれば、電解質飲料市場は2025年の約400億ドル(約5.8兆円)から2032年までに800億ドル規模へ倍増する見通しとのこと。「ただの水」では物足りない——そう感じる生活者が世界的に増えていることがうかがえます。

「水より優れた」を科学で証明する

ゲータレードが打ち出した具体策は、なかなか攻めた内容です。新たに「Gatorade Advanced Hydration System」というポートフォリオ体系を導入し、パッケージに「水より優れた(Better)」「水より速い(Faster)」「水より長持ち(Longer)」という明確なベネフィットを表示するといいます。

注目の新製品「Gatorlyte Longer Lasting」は、グリセリン(保湿成分として知られる多価アルコール)と電解質を組み合わせることで、水よりも長時間にわたって体内の水分を保持できる設計。2026年後半から展開を開始し、2027年に全米発売を予定しています。

さらに、糖分を75%カットした「Gatorade Lower Sugar」は発売直後から同社史上最大級のヒット商品になっているとのこと。主力3フレーバー(フルーツパンチ、レモンライム、オレンジ)では人工着色料を廃止し、果物・野菜由来の色素への切り替えも進めています。健康意識の高い層が「罪悪感なく手に取れる」設計を徹底している印象を受けます。

こうした動きの背景には、競争環境の激化もあります。Del Pozzo氏によれば、近年150以上の新ブランドがハイドレーション(水分補給)市場に参入。調査会社Numeratorのデータでは、ゲータレードは2025年時点でカテゴリの約60%のシェアを維持しているものの、2021年以降約3%のシェアを失っています。Coca-Cola傘下のPoweradeが非アスリート向けゼロシュガー飲料「Power Water」を投入し、Unileverが買収したLiquid I.V.がウェルネスブランドへ転身するなど、「スポーツドリンクの脱アスリート化」は業界全体のうねりになりつつあるのです。

「全員に必要」は本当か

もっとも、この流れに対して冷静な声もあります。ペンシルベニア州立大学のTravis Masterson助教授は、一般的な非アスリートは食事から十分なナトリウムを摂取しており、身体の渇きのシグナルに従って水を飲めば通常は十分だと指摘。全員にスポーツドリンクが必要なわけではないとの見解を示しています。

一方、PepsiCoの発表によると、95%の米国人が水分補給の重要性を認識しているにもかかわらず、1億5000万人以上が毎週軽度から中等度の脱水症状を感じているとのデータもあります(同社調べ)。「知っているけど、できていない」——この認知と行動のギャップこそが、ゲータレードが狙うビジネスチャンスの核心なのでしょう。

ただ、ここには考えるべきポイントがあるのではないでしょうか。「あなたは脱水しています」というメッセージは、科学的な啓発にもなり得る一方で、不安を煽るマーケティングにもなり得ます。消費者としては、自分の身体の声に耳を傾けつつ、ブランドが提示するデータの出所や文脈を冷静に見極める姿勢が大切かもしれません。

日本の「当たり前」が世界の最先端だった

興味深いのは、日本に暮らす私たちにとって、この「脱アスリート化」がそれほど新鮮に感じられない点です。大塚製薬のポカリスエットは1980年の発売当初から「日常の水分補給」を訴求し、風邪のときや入浴後に飲む文化が自然に根づいています。アメリカでは60年かけてたどり着いた結論に、日本市場はすでに40年以上前から到達していたとも言えるわけです。

とはいえ、グローバル市場で「水分補給の再定義」が本格化するこの流れは、日本の飲料メーカーにとっても追い風になる可能性があります。機能性飲料市場全体が拡大するなかで、日本発の知見や製品設計が世界に広がるチャンスが生まれているのかもしれません。

ゲータレードの戦略転換は、単なるターゲット拡大の話ではなく、「水分補給」という日常行為そのものに新しい意味を与えようとする試みです。スポーツドリンクが「アスリートの特権」から「みんなのセルフケアツール」へと変わるとき、私たちの身体との付き合い方にも、小さな変化が訪れるのかもしれません。

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