2万点「全部フェルト」のスーパーが、ウォルマートの街に出現

スーパーの棚に並ぶシリアル、冷凍ピザ、洗剤のボトル。見慣れたはずのその光景が、一点残らず手縫いのフェルトでできていたら——。イギリス人アーティスト、ルーシー・スパロウの最新展が、ちょっと信じがたいスケールで実現しています。

「便利さの聖地」で開く、最も不便な展覧会

2026年7月、米アーカンソー州ベントンビルにあるザ・モメンタリー(クリスタル・ブリッジズ美術館の現代アート拠点)で、スパロウにとって米国の美術館では初となる個展「The Beginning of Convenience」が開幕しました。

会場に広がるのは、1980〜90年代のアメリカのスーパーマーケットを丸ごと再現した空間です。3つのギャラリーにわたって並ぶ商品は、20,000点以上。すべてが一針ずつ手で縫われたフェルト作品です。

ここで見逃せないのが、開催地の文脈。ベントンビルは、世界最大の小売チェーン・ウォルマートの本社がある街です。

大量生産と利便性の象徴ともいえる場所で、その対極にある「途方もない手仕事」によってスーパーを再構築する。この皮肉な構図こそが、展覧会の核心を静かに物語っています。

VHSレンタル棚が映す「便利さの記憶」

展示が再現するのは、食品の棚だけではありません。薬局コーナー、VHSのレンタル通路、写真の現像ラボ——かつてのスーパーが担っていた、いくつもの「生活機能」がフェルトで蘇ります。

1980〜90年代のアメリカでは、共働き世帯の増加とともに電子レンジ食品や冷凍食品が一気に普及しました。スーパーは単なる買い物の場ではなく、「便利さ」そのものが家庭に届く入口だったわけです。

展覧会タイトル「The Beginning of Convenience(便利さの始まり)」は、まさにその時代を指しています。

日本に暮らす私たちにとっても、コンビニやスーパーは空気のような存在です。でも、もし誰かがその棚の商品を一つずつ、何百時間もかけて布で縫い直したら? 見慣れた風景が、急に「記憶の結晶」として輝き出すかもしれません。

手仕事の「非効率」が問いかけるもの

スパロウは2014年にロンドンでフェルト製の小さな商店を発表して以来、10年以上にわたり世界各地で15以上の展覧会を重ねてきました。

2018年にはロサンゼルスで約31,000点を並べた「SparrowMart」を、2022年にはマイアミでフェルト製のマクドナルドを展示。エリザベス女王からバッキンガム宮殿でのインスタレーション制作を依頼された実績もあります。

会場にはスパロウのアトリエ「Felt Cave」の再現や、制作過程を追ったドキュメンタリー映像も併設されているとのこと。完成品だけでなく「つくる時間」そのものを見せる構成。

効率を極めた消費の空間を、最も非効率な方法でなぞり直す。その途方もない手間が、私たちに「便利さって、何と引き換えに手に入れたんだっけ?」と、そっと問いかけているように感じませんか?

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TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。