瀬戸内海に浮かぶ、小さな宿「guntû」
高校を卒業するまでの18年間を瀬戸内地方で過ごした僕は、この頃かなり困惑している。
だって、当該エリアの近年の脚光の浴び方は、ハッキリ言って異様。一歩引いた中立な目で見ても、ある種のブームと呼んで差し支えないほどの熱量を感じる。「全国ツアー」と銘打たれながら、なぜか華麗にスルーされることも少なくなかった中四国。そんな切ない現実にも慣れっこの故郷が、日本人はもちろん、海外の人たちの興味を引いているなんて、そりゃ戸惑わないわけがない。
そもそも、あくまでも肌感覚だが、コトの発端は2006年ではないだろうか。映画『UDON』の公開により、讃岐の名店を巡る観光客が急増。比較的ローコストで満足できるため、それまで観光資源に乏しいとされていた瀬戸内を気軽に訪れる気運が高まり始めた。
さらに大きかったのは、2010年の「第1回瀬戸内国際芸術祭」。その中核を成す地中美術館自体は2004年に設立されているものの、爆発的に知名度を高めたのは芸術祭によるところが大きいと感じている。
その後も、2014年「ONOMICHI U2」のオープンや、そこを起点とする「しまなみ海道サイクリング」など、着々と人が集まる魅力を高め続けてきた瀬戸内。やや自虐を含んだ前置きが長くなってしまったが、このような一連の流れがあるからこそ、この「guntû(ガンツウ)」が生まれたと僕は思っている。
瀬戸内からの「新たな提案」
ガンツウとは、瀬戸内海沿岸の景勝地を漂泊しながら周遊する宿泊型の客船。広島県尾道市にあるベラビスタマリーナを発着地とし、宮島・音戸の瀬戸付近、直島・犬島などを巡る5つの航路を1〜3泊で周る「小さな宿」だ。
このコンセプトの時点で、僕はもうこの船に惹かれている。が、以下のラグジュアリーな客室イメージは、さらなる興味を喚起してくれる。
4種類・全19室の客室
一歩足を踏み入れた瞬間に目の前に広がるのは、瀬戸内海の繊細な風景。季節や時間によって変化する海の色彩を楽しめる。もちろん、全室テラス付きスイートルーム。海風を浴びながら、旅への期待に心を躍らせよう。
ではここで、全4種類のうち2つを紹介。
「ザ・ガンツウスイート」
進行方向の景色を一望できる唯一の客室。ガンツウ随一の特別な空間となっている。
「グランドスイート」
全客室の中で、最も広いテラスが特徴。大きく取られた窓からは、暖かな光が注ぎ込む。
船内には、客室以外にも、スパやサウナ、ジムなどが用意されている。そして、旅に欠かせない「食」だって上質なもの。
ゆったりと漂泊する中で出会う
土地ごとの「豊かな食材」
食材の調達先は、瀬戸内の西から東まで、じつに多彩。一人ひとりに喜んでもらうことを第一に、その日の天候や気分、普段の好みに合わせた献立を作ってくれるとのこと。
充実の「船外体験」も魅力
宿泊型の客船とはいえ、ただ漂泊するだけではない。島々のささやかな日常に触れられる「船外体験」も用意されている。無人島の海岸や島にある古刹の散策、採石場や定置網の見学など、この旅でしか味わえない特別な体験も、ガンツウならではの旅の醍醐味だろう。
「瀬戸内海に沈む夕陽」は、これまでに見た世界各国の景色の中でも、トップクラスに胸を打つ。決して大げさではなく、僕はそう思っている。もし願いが叶うなら、客室のベッドに寝転びながら、またテラスの露天風呂に浸かりながら堪能してみたい。
ちなみに「ガンツウ」とは、瀬戸内海に広く生息する「イシガニ」を表す尾道市の方言。ワタリガニと比較して知名度も低く身が多いわけでもないけれど、美味しい出汁が取れるため、味噌汁や鍋に使われることも多いらしい。そんな味わい深いカニのように、時が経つほどに地元の人たちから愛される存在となることを願って命名されたそうだ。
今年10月17日(火)に就航予定で、料金は1室2名利用の場合、1泊40万円から。これには、広島空港およびJR福山駅からベラビスタマリーナまでの送迎、船内での飲食、船外体験が含まれている。
宿泊予約は、帝国ホテル本館中2階に設けられたガンツウ ギャラリーおよび電話にて。ただし、ギャラリーへの来店自体も完全予約制なのでご注意を。
それにしても、今も瀬戸内では、魅力的な観光プロジェクトが進行していたりするのだろうか?うどん、アート、自転車、船……さあ、その次は?
僕はまだまだ、故郷の“ポジティブな違和感”に戸惑いたい。