強い女性はカッコいい。『ワンダーウーマン』が伝えたいことは、至ってシンプル。
鍛錬された肉体と戦う技術、そして愛に溢れるヒロインが世界を魅了しています。日本でも昨日から公開がスタートした映画『ワンダーウーマン』は、アメコミファンのみならず、多くの女性たちの心に響き、全米のみならず世界中で記録的ヒットに。
ところが、日本での公開直前に、ちょっとした物議を呼んだのです。
ワンダーウーマンは天然系
なんかじゃない
すでに予告編を観た人は気づいたかもしれませんが、ワンダーウーマンは「天然系」「男も恋も知らない」など、設定やストーリーにそぐわないようなキャッチフレーズが登場。「いかにもステレオタイプな女性像を植えつけている」と、Twitterで騒がれ始めました。それを「Japan Times」が取り上げたことで、一気にSNSで「ワンダーウーマン論争」が拡散されていったようです。
ワンダーウーマンは
「女性解放」のシンボル
なぜ、このような騒動にまで発展したのか?そこには、原作の設定との不一致があるようです。
知らない人のために簡単におさらいすると、『ワンダーウーマン』は「DCコミックス」から出版された人気シリーズ。バットマンやスーパーマンと同等にファンの多いスーパー・ヒロイン。女性だけの島で世界を救う戦士として訓練されてきた一族の王女という設定です。
原作の設定は、たしかに外の世界を知らない女性。けれど努力家でとても愛に溢れている女性として描かれているのに、「天然系キャラ」というワードにまとめられてしまったことに、ファンが違和感と抗議を唱えた、というのが事の真相。
さらには、女性解放運動からインスパイアされ、ジェンダーバイアスをなくす象徴としてのキャラクターで、「彼女はバイセクシュアル」という設定が原作者から公表されているため、「男性を知らないかもしれないが、恋は知っていても不思議じゃない」という反論も。
悪に立ち向かう
ヒロイン像は憧れ
でもこれって、日本特有の問題なのでしょうか?
日本アニメにもワンダーウーマン同様、守るべきもののために悪に立ち向かう、強く愛らしいヒロインがたくさんいます。例えば、『リボンの騎士』のサファイア王女、『キューティーハニー』の如月ハニー、『美少女戦士セーラームーン』のセーラー戦士たち、『プリキュアシリーズ』のプリキュアたちだったりと、世代を超えて、日本の女の子たちには憧れのヒロインがいるのです。
こうした文化背景もあるから、『ワンダーウーマン』はシンプルに「強くてカッコいい女戦士」と表現するだけで十分だったんじゃないかと、私は思うわけです。
もっと言えば、彼女を新たな価値観として受け入れる多様性も必要だったんじゃないか、と。だって、ワンダーウーマンと同じように『リボンの騎士』のサファイア王女も男女両方の心を持つ騎士であり、『美少女戦士セーラームーン』にも「男装の麗人」のセーラー戦士だっているのですから。
女性の「あるべき姿」の
一般的価値観
もちろん、プロモーション側から考えると、こうした事態とは別の意図もあったはず。例えば、日本ではまだ馴染みのないワンダーウーマンに対して親近感を抱いてもらうための施策だったとも考えられますよね。
アメコミは日本ではまだメジャーではないジャンルでもあるので、ファン以外の人たちにも足を運んでほしいというのはプロモーション側からすれば当然なのかもしれません。
また、その逆を考えてみたら、女性だからかわいらしくあるべきというジェンダーバイアスと「男性と恋愛」という押し付けがましいヘテロセクシュアリティという一般的な価値観が未だに根強く残っている現状が可視化されたとも言えそうです。
男女の価値観が異なる国々で上映されてきた本作。はたして、日本でどのように受け入れられるのでしょうか。