あのトム・フォードの美学が、細部まで散りばめられた映画。
物語の鍵となるのは、20年前に別れた夫から送られてきた小説。
その本のタイトルこそが『ノクターナル・アニマルズ(夜の獣たち)』だ。それは、不眠症で一晩中起きている主人公スーザンを揶揄して、元夫エドワードがつけた愛称でもあった。ページをめくると、そこには、意味深な「スーザンに捧ぐ」の文字が──。
映画『ノクターナル・アニマルズ』は、グッチやイヴ・サンローランのクリエイティブディレクターを経て、自身のブランドを立ち上げたファッション界のアイコン、トム・フォード監督の第二作目。衣装、美術、建築…細部に至るまで、トムの美意識が散りばめられている。始まったら最後まで一瞬も目を離すことができない作品だ。
現在・過去・映画内小説が
絡み合った美しい物語
ある「裏切り」で、捨てられた夫。離婚してから20年の歳月が過ぎ去った後に残るのは「愛」か、それとも「復讐」か?本作は、現在(ロサンゼルス)・過去(ニューヨーク)・映画内小説(テキサス)が複雑に絡み合いながら、美しい物語が紡がれていく。
3つのパートが巧みに交差される度、僕はスクリーンにのめり込んでしまった。その感覚は、激流に身を投じるのに似ていた。あるいは、約2時間のジェットコースターに乗り込んだ気分だった。緻密に計算されたストーリーは、観終わった後も心をざわつかせるほどに非凡で刺激的だ。
ジェイク・ギレンホールの
お見事な一人二役
この映画は、ミステリーなのであまりネタばれになることを書けないのが心苦しい。が、元夫役のエドワードを演じるジェイク・ギレンホールについては触れておきたい。じつは、ジェイクは映画内小説の主人公であるトニー役も演じているのだ。
正直なところ、僕は、トニーとしてスクリーンに登場した前半では、ヒゲ面だったため同一人物とは気づかなかった。しかし、後半、トニーが髭を剃ってからのシーンで、ハッとなった。身振りや口ぶりの些細な変化の演じ分けは、監督も大絶賛。
面白いのは、エドワードが小説『ノクターナル・アニマルズ』を書く時、その感情とディティールは自分自身とスーザンの過去から作り上げられているという伏線。話が進んでいくうちに、エドワードとトニーが視覚上、重なっていく仕掛けは見所のひとつといえるだろう。
随所に散りばめられた
メッセージ
話を元に戻そう。
元夫から送られてきた小説。小包を開ける際に、スーザンは、紙で指先を切ってしまう。原作には、このような描写はなく、これはトム・フォードの繊細な演出とのことだ。つまり、指先を切ることで、暗にスーザンへ警告を発しているのだ。
また、スーザンの職場に飾ってあるREVENGE(復讐)という文字が書かれたコンセプチュアル・アート。この絵を前にしての対話も印象的だ。「この作品はどこから?」「忘れたの?何年も前にあなたが購入しようと決めたのに」すっかり、忘れていた作品REVENGE。しかし、復讐は忘れた頃にやってくる。これも、警告をメッセージするシーンだ。
とどめは、黒い牛にいつくもの矢が刺さっているダミアン・ハーストの作品。ガラスケースに閉じ込められたアート作品名は「Saint Sebastian, Exquisite Pain」(聖セバスチャン、優美な痛み)だ。これも、「俺を捨てて優美な痛みを感じているか」とスーザンに対する残酷なメッセージと捉えることもできる。
劇中には、様々なアートや小道具が登場するが、随所に散りばめられた警告メッセージを読み解くという面白さも。秋の夜長、極上なミステリーを堪能してほしい。
『ノクターナル・アニマルズ』
2017年11月3日(金・祝)より、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー。公式サイトはコチラ。
(C)Universal Pictures