思い出のキス#04 「あと1センチ」

 

誰にだってある。思い出すと、ほのぼのしたり、なんだか恥ずかしくなったり、切なくなったり、涙がこぼれそうになったり。そういう特別な感情が生まれるキスのエピソードを、みなさまにお届けしていきます。

 

#04 「あと1センチ」

 

母が亡くなったのは、約7年前。
わたしがオーストラリアに留学中の出来事だった。

一度は日本に帰ったけれど、授業があったから、気持ちの整理がつかないまま、すぐにオーストラリアへ。この辛さからはやく解放されたくて、必死で日常に集中しようとした。なのに、忘れようと思えば思うほど、どんどん追い詰められてしまった。

そしてある夜。胸が苦しくて眠ることさえできなくなったわたしは、当時、いちばん仲の良かった男友達に「ひとりで眠れない。一緒に寝たい」とメールをしてしまった。

彼とはずっと連絡を取り合っていて。何度か「付き合ってほしい」と言われていたし、好意を寄せてくれていることは知っていた。だから、「いいよ」と返事がきて、驚きはしなかった。

 

わたしが家に着くと、彼はなにも聞かずベッドへ招き入れてくれた。

すぐに電気を消し、からだを向き合わせたまま、わたしは目を閉じた。最初こそ、わたしたちの間には枕ふたつぶんほどの距離があった。でも、しばらくして、彼の呼吸を近くに感じるようになった。

目を開けてみたら、案の定、すぐ近くには彼の顔があった。

 

「キスしたいの?」

「ううん、今日はしない」

 

「このままセックスしちゃうのかな、まあいっか」と思っていたから、すこしびっくりした。と同時に、「わたしのこと、ほんとうにたいせつに思ってくれてるんだ」と、底知れない安心感を覚えた。

その会話だけ交わし、また目を閉じた。

 

朝起きると、彼は床で寝ていた。

わたしはその夜、母が死んで久しぶりに深い眠りにつけたけれど、彼は、よく眠れなかったみたいで。「必死で理性を保とうとしてたんだな」と思うと、なんだか愛おしさを感じてしまった。

 

わたしたちは、いまもいい友達どうし。会うたびに、「お互い30歳になった時にパートナーがいなかったら結婚しよう!」なんてくだらないはなしで盛り上がる。

 

協力:R.Mさん(29歳・アパレル勤務)

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。