95歳、現役ママから学ぶ「食と人生の楽しみかた」

味覚の形成は幼少期の食体験で決まる、とはよく聞く話。例えば、味の濃淡や付け合わせひとつとっても、“家庭の味”を通して知らぬ間に食卓で研ぎ澄まされていくものです。

Food52」に紹介された記事の著者Alice Medrichさんにとっても、料理を語るうえで欠かせない存在はやっぱり母。人生の多くの時間を、食を共有することで得た価値観とはどんなものか。

はっきり言って長いです(親指痛いわ!)。でもね、90を越えてもおいしい味を求めて外へと出かける。こういう歳の重ねかたしたいなあ、なんて思うわけです。

「家庭の味」は自己アイデンティティ

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© Halfpoint/Shutterstock.com

私の幼少期は、1950年代〜60年代にかけて。南カリフォルニアの郊外で育ち、夏になれば裏庭の木になるネクタリン、あんずやプラムを手でもぎ取って、お腹いっぱいになるまで食べたのをよく覚えています。それをときどきサラダに入れたりも。

母の得意料理はクリュディテ(生野菜のオードブル)でした。学校のお弁当にも、おやつにも。で当の私はというと、20歳でフランスに行くまで、クリュディテなんて言葉があることすら知りませんでした。

ただ、周りの友だちと比べても、我が家の食文化はどことなく違う気がしていました。我が家はユダヤ教の根強い信者でもないし、ロスの東側に住んでいたので、ユダヤ人の人口が集中していたわけでもありませんでした。

けれど、こと食においてはベーグル、スモークサーモン、クリームチーズ、ライ麦粉で作られたパン、黒パン、それから塩漬けしたニシンをよく食べていました。

暑い日には冷たいビーツのボルシチも定番。サワークリームを混ぜ込んでピンク色に変色した深紅色のスープで、友だち(それもバプテスト派!)を日曜日のランチにお出迎え、なんて想像できますか?

好きなものは、とことん

それはさておき、日曜日のランチといえばこれ。

カッテージチーズ、サワークリーム、きゅうり、トマト、細かく切った玉ねぎ、スモークした魚、パン、そしてオリーブをそれぞれボウルに入れて、自分のカスタムサラダをつくる、です。

これがイスラエル風のサラダだと知ったのは、ずいぶん後のこと。他にもイワシと玉ねぎのスライスを乗せたトーストも平気で食べましたし、アンチョビが苦手だと思ったこともありませんでした。夕飯には、決まってグリーンサラダが供され、ドレッシングはもちろんヴィネグレット。これとて当時は知らなかったので「オイル&ヴィネガー」なんて呼んでいましたね。

母は特別料理が好きなわけでもありませんでしたが、つねにシンプルさを追求し、味覚は抜群でした。

「チョコレートアイスクリームソーダ」の正しい頼み方を教えてくれたのだって母。曰く、チョコレートシロップだけじゃなくて、チョコレートアイスクリームと一緒に頼むのが鉄則だとか。エクレアはクリームじゃなくて、カスタードが正解というのも彼女の持論。さらに、母はスポンジケーキではなく、パイ生地で作るいちごのショートケーキを好んでいました。

味の「好み」をちゃんともつ

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そういえば、ホットドッグはザワークラウトかピクルス(もしくはその両方)を乗せる、というアイデアを授けてくれたのもまた母。

コールスローにはマヨネーズを使わず、レモン果汁と砂糖をひとつまみで味付けをしていました。私がクセのある、スパイシーなものを好んでつくるようになったのもその影響かもしれません。とにかくマヨネーズは今も絶対使いませんし。

そんな母の大好物は、マヨネーズ抜きのBLT(いまも変わらず)。あと、アボカドトーストなんて名で知られる前から、私たちはアボカドをトーストに乗っけて、塩こしょうと気持ち多めのレモンを絞って食べていました。

若い頃から、そして今も自己主張の強いタイプではない母。よくそのせいで母娘ケンカが絶えません。そんな私たちが共通してもつ感覚がこれです。

“マヨネーズは敵”です!

我が家ではデビルドエッグ、卵サラダサンド、それからカレーチキンサラダ、あるいはその類のべちょっとしたサラダのようなものが食卓に並ぶことは、まずありません。アーティチョークもマヨより、溶かしバター。ハンバーガーに塗りたくるのは、ケチャップかマスタード。

正直に告白すれば、ツナサンドだけは友だちが食べるマヨべっとりのそれにちょっとだけ心動いたこともあります。なんせ私がつくるサンドイッチのツナは、缶詰から出して乗せただけですから(笑)。だから噛み付くと、ピクルスと一緒に膝にボロボロ落ちちゃうんです。母はこの話を聞くたびに椅子から転げ落ちる勢いで大爆笑。

そんな母ですが、「自分の母親から料理や食について教わったことはない」と私にもらしたことがあります。母はこうも言いました。「アンタたちは自分がどれだけ恵まれているか知らない」。なんでも彼女の幼少期にピーナッツバターなんてものはなかったそうですから。

そうそう、もうひとつ母の大好物がピーナッツバター。これとステキな父親がいる環境で私を育てられて幸せだと、こう言うんですよ。そして、今でも先だった父(夫)に会いたいと。

食べ方、スタイルにもこだわる

母と過ごした時間を思い返すと、ショッピングとお昼ごはんの記憶ばかりが蘇ってきます。

なかでも優雅だったのは、パサディナのブロックデパートでの昼食。そこは、女性なら帽子と手袋を纏うような場所でした。私はドレスを着ておめかし。ところが母は「汚くなければジーンズと白いTシャツでも十分よ」なんて言い張っていました。

お昼は、常夏をコンセプトとする「コーラルルーム」にて。私たちのお気に入りは、エビとカニのサラダ。名前はたしかルーイーサラダだったかな。ふたりともこれに大ハマりで、もう名前くらい覚えたろうとGoogle検索してみると、想像とはまったく異なる去勢肉のメニューが出てきてびっくり。

何はともあれ、いろんな食べ物の「頼み方」も母が先生。

たとえば「必ずドレッシングで食べる」というのも彼女の教え。我が娘にも小さい頃そう教え伝えたので、ちゃっかりマスターしています。そんな名前すらど忘れしてしまったサラダを娘と食べたときは、セラミック製の大きなホタテの貝殻に盛り付けられていました。オシャレに着飾っていても、8歳児にはちょっとご馳走すぎたかな。だって、器だけでも娘の頭より大きかったんですから。

こうして、我が家では女性らしく振る舞い、ステキな時間の過ごし方をレストランを通して学んでいったのです。おかげで思春期真っ盛りの10代でも、母と私はなんとか一緒にショッピングに出かけたり、ランチを共にしました。

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ある日のことです 。自分のいる世界(といっても当時は高校くらい)にうんざりして、学校から了承も得ずに勝手に帰宅した日、家路へと向かう最中、運悪く母の運転する車に遭遇。今思えば木陰にでも避難すべきところ、そんな発想もまったく浮かばず、あえなく御用。58シェビーを横付けされて一言。「これからどうするつもり?」

こっぴどく叱られると思ったけど、「もう散々なの!」とぶちまけた私に、母はこう提案してきました。「ランチでもして、ショッピングしましょう」と。

だからできる、味覚の共有体験

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© Brannon_Naito/Shutterstock.com

父親が他界したあと、83歳になっていた失意の母を3週間のイタリア旅行に連れて行きました。

何が起きていても、イライラしても(つねに私のほう)、ワイングラスさえ片手に持っていれば、私たちは幸せでした。ただ、それでも山あり谷ありなのが旅行です。

たとえば私が「荷物を全部下ろすまで電車に乗っていて」と念を押したのにも関わらず、母は私のカバンを持とうとして電車から落ちる、なんてハプニングも。なのに病院へと運ばれる最中、英語が通じない緊急隊員たちと終始おしゃべりをしているんですから。やれ、手首を固定してくれたのはチャーミングな男性だったとか。

よくよく話を聞いてみれば、彼は私の作家友だちから英語を学んでいたんだとか。そうしてギプスをはめた母が治療を終えて目の前に現れたとき、「まだウチに帰らなくてもいいわよね?」ですって。

これが今も彼女にとって“最高の旅”だそう。私はといえば、旅先で食べたポークサンドが舌にこびりついた記憶です。小さな町のマーケットを散策しているとき、目にとまったのが、串に刺さったブタの丸焼き。

「ママ、これは食べるしかないわ!」

食への渇望に終わりなし

Written byAlice Medrich
Top photo: © Halfpoint/Shutterstock.com
Licensed material used with permission by Food52
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