「どこに手を掛けるかで人生が決まる」スポーツクライミング・土肥圭太インタビュー
8月、東京・八王子で行われる世界選手権に、今、スポーツクライミング界で熱い注目を集めている気鋭のヤングスターが出場する。
「デニムクライマー」と呼ばれる土肥圭太選手は、この春に高校を卒業したばかりの18歳。しかし、若いと侮るなかれ。“壁をよじ登る”イメージと対極にあるその聡明さと爽やかさを感じて、あなたも虜になってしまうに違いない。
クライミングって、
飽きる要素がないんですよ。
──土肥選手は、なぜクライミングを始めたんですか?
僕自身はまったく覚えていないので親から聞いた話なんですけど、小学校に入るかどうかの頃に、ショッピングモールにあった体験コーナーに行ったみたいで。結構な高さだったのにやってみたら楽しそうだったらしく、その様子を見た親が習えるところを探してくれて、そのままハマっちゃいました。
最初は“家族でボウリング”みたいな頻度でたまに遊びに行く程度だったんですけど、だんだん習慣化して、小学校4年の夏休みはクライミング場の“月パス”を持っていました。で、いつも一人で、電車で30分くらいかけて。ほぼ毎日という感じでした。
──どこにハマったんでしょう?
クライミングって、飽きる要素がないんですよ。スポーツってだいたい対人要素が強くて、少しでも速くとか、少しでも強くとか、そういうことが求められるからトレーニングも単調になりがちですよね。例えば、短距離走ならひたすらスタートの練習をする、みたいな。
クライミングの場合は、登り方がいつも違うんです。課題のレベルが同じだとしても、クリアするためのコースとかやり方はいつも違う。そういう意味での新しさが無限にあるので、永遠に楽しめるんです。ずっと新しいものにトライできる。それが魅力だと思います。
──ちなみに、子どもの頃はいつも1人でやってたんですか?
えっと、クライミング場にいるオジさんたちと一緒に。夕方になると、仕事を終えた“強い人たち”が次々に来るんですよ。で、「君はこことここのホールドを使っていいから、俺と同じコースを登ってみな」という感じで、いつも一緒に遊んでくれて。クライミングには、そもそもそういうカルチャーがあるんですよね。みんなで一緒に、ワイワイやる。
ただ、ちょっと変わった人が多い気がします(笑)。昔からやっている人はだいたいそう。僕ですか? やっぱり、みんなやってるサッカーや野球をやらなかった時点でちょっとヘンなんでしょうね。
──あの……。土肥選手は18歳ですよね。
今年の3月に高校を卒業しました。
──どうしてそんなに大人っぽい話し方ができるんでしょう。こちらは今40歳なのですが、会話にまったく違和感がありません。
やっぱり、昔から年上の人とばかり接してきたからだと思います。自分はこれが普通なのでわからないんですけど……。最近は取材を受けることも少しずつ増えてきたので、そういうこともあるのかもしれないですね。
東京五輪に出るなんて
考えたこともなかった!
──遊びで始めたクライミング。どの時期から本気で取り組むようになったのでしょう。
世界ユース選手権に出場できるのが中学2年からで、「出たい」と思って日本代表選考を兼ねた全国大会に出場したら、見事にボコボコにされて負けました。その頃だと思います。悔しいから頑張って、次の年の選考会で勝って、世界ユースに出場しました。中学3年の時で、2015年です。
なんか、とにかくすごかったんです。海外に行くってだけでテンション上がるし、ちゃんとしたユニフォームを着てるだけで楽しいし。イタリアのアルコという街で開催されたんですけれど、僕、毎日のようにジェラート食べてました(笑)。で、これはめっちゃ楽しいぞと。それまでは遊びの延長でしかなかったけれど、初めて“競技”という感覚になりました。
──そこからはトントン拍子ですよね。翌2016年の世界ユースで優勝。さらに2017年の世界ユースで準優勝。それから2018年10月のユースオリンピックでは金メダルを獲得して、なんと一気にオリンピック強化選手に選ばれてしまう。
自分が東京オリンピックに出られるかもしれないなんて、考えたこともなかったです。「知り合いの誰かがテレビに出るかもな〜」くらいの感覚で、自分の場合、ユースの試合では勝てるけれど、大人の試合に出るとまったく勝てないという選手だったので。
「まともに戦えるようになってきたかも」と思えるようになってきたのは、去年か、むしろ今年に入ってからなんです。だから、自分で言うのはちょっとヘンなんですけど、自分で自分に感心してます。ユースの大会で勝てて、大人の大会で勝てない理由は自分の中でははっきりしていたので、それを埋めるためのトレーニングをしてきました。だから、「頑張ったなあ……」という感じというか。
──今はどう思ってますか? 東京オリンピックに出られるかもしれないことについて。
それはもう、「もし出られたらラッキー」くらいの気持ちじゃなきゃ、僕みたいな選手は欲が出て失敗すると思います。だから気にしないようにしています。のほほーんと。
海外の盛り上がりはすごい。
フェスに近い感覚なのかな
──ところで今回は、“観戦スポーツ”としてのスポーツクライミングの魅力を探りたいなと思っていて。
いやあ、海外はホントにすごいですよ。めちゃくちゃ盛り上がります。僕がすごいなあと思うのは、7戦あるワールドカップシリーズなら初戦のスイスと最終戦のドイツ。この2つはすごいです。
スイスの会場は“デカい体育館”という感じで、ドーンと壁があって、立ち見のお客さんもたくさんいて。照明でカッコよく演出してもらっているので、雰囲気がよくて。ドイツは屋外なのでちょっと明るいけれど、会場が広くて、音楽がズンズンと鳴り響いている感じというか。
──なるほど。音楽フェスみたいな雰囲気ですね。
あー、そうです! お客さんもフェスを観に来ているような感覚に近いんじゃないかなと思いますよ。もしくは、ダンスショー? ボクシング? みたいな(笑)。海外のお客さんって、ああいうスポーツを観るのがうまいですよね。盛り上げるのが。
──わかる気がします。選手をノせる盛り上がり方というか。
そうそう。例えば、それまで誰もクリアできなかったところをクリアした瞬間の大歓声とか。ワールドカップのような大きな大会に出場できるようになって、改めてそのパワーを感じています。だって、舞台裏にいても、歓声の大きさでパフォーマンスしている選手がどこをどう登っているか、だいたいわかるんですよ。「この歓声の大きさは、あのパートをクリアしたんだな」って。自分のパフォーマンスの時にそういう歓声をもらうと、やっぱりめちゃくちゃ嬉しいんですよ。自分だけに向けられたものだから。
そういう意味では、“ショー”としての要素が強いんでしょうね。もちろんクライミングに詳しいほうが選手たちのパフォーマンスを楽しめるかもしれないし、選手それぞれの特徴を知っているほうがもっと面白いかもしれない。でも、“ショー”の要素もあるから、何も知らない人でも十分に楽しめる気がします。
──ちなみに、土肥選手の学生時代の友だちが観に来ることも?
え? いや、聞いたことないけど……さすがにないと思いますよ。いやあ、どうなんだろう。来てたら怖い(笑)。
でも、知り合いが観ていると思ったら、ふざけられなくなっちゃいますよね。激しいガッツポーズとかお客さんをあおるようなパフォーマンスって、知っている人が誰もいないと思っているからできるわけで。もし親から「今日は観に行くよ」と言われていたら、ウォー! みたいなことできないですもん。恥ずかしくて。
やっぱり、できれば
汚れたくないじゃないですか(笑)
──あ、それから、「デニムクライマー」と呼ばれていることについても聞かなきゃ(笑)。
特別なポリシーがあるわけじゃないんです。ただ、壁の表面がザラザラしているので、擦れると痛いんですよ。それから、滑り止めのチョークを塗るので、めちゃくちゃ汚れるんですよね。だから、長ズボンを履くことにはこだわりがあるんですけど、デニムにこだわっているわけではなくて。やっぱり、できれば汚れたくないじゃないですか。
──ということは、「デニムを履いてる俺って、カッコよくない?」という気持ちはゼロだった?
ゼロです。長ズボン履いてる人は僕だけじゃなく結構多いし、練習場でも同じ格好だから、そのまま試合に行っているだけなんですよ。でも、他の人は練習場で長ズボン履いているのに、試合になると短パンを履いたりする。その姿を見て、僕は心の中で「え? ガチすぎない?」と思ってます(笑)。
もちろん、僕も普通のデニムを履いてるわけじゃないですよ。最低でもストレッチジーンズだし、クライミング用品のメーカーさんが出している長ズボンだったりするので。だから、全然オシャレじゃないんです。
──わかりました(笑)。さて、いよいよ8月11日から八王子で世界選手権が開催されます。土肥選手は今年5月に行われたジャパンカップで4位となり、見事最年少で出場権を獲得しました。
僕自身はチャレンジャーなので精いっぱいやるだけですけど、やっぱり、初めてクライミングを観た人が「楽しい」と思える大会になるといいなと思います。
──現在18歳ですが、もう「クライマーとして食べていく」ことを決意したんですか?
正直なところ、もうそれしか考えていません。大学に行くこともあきらめましたし、だから、今日もこの取材を受けさせてもらいました(笑)。クライミングで食べていけるように、もっと頑張らなきゃいけないなと思います。
──頭の中がすっきりと整理されていて、すごいなあ。
もう決めちゃったので、自分でちゃんと考えて行動しないとやっていけないですもん。クライミングもそういうスポーツなんですよね。一瞬の判断力が要求されるし、その1つの判断、どこに手を掛けるかで人生が決まっちゃいますから。
5月のジャパンカップでも、あったんです。僕がすごく苦手とする動きでゴールにたどり着く最後の一手を取らなきゃいけなくて、本当に最後の最後まで、そこに20秒くらい滞在していた感覚で決断を迷いました。本気で緊張しました。
あの1手がうまくいったから世界選手権に出られるわけで、世界選手権に出られるからこういう取材をしてもらえるわけで、スポンサーさんにも声をかけてもらえるわけで……。本当に、たった1手が人生を決めるんです。このラッキーを続けなきゃなって、本気でそう思います。