味噌、ワイン、日本酒。ディープでヘルシーな「発酵」の世界へようこそ

おいしくて、健康にもよくて、しかも保存がきく。

発酵は、味噌や醤油で味付けし、納豆や漬物でごはんをかきこんできた日本人にとって、日本食の要であり、大切な文化のひとつです。

いまや世界中でトレンド、というかむしろスタンダードとなっている発酵ですが、日本ではずっと昔から全国各地で、その土地ならではの発酵食品がつくられてきました。

そう、日本は世界に名だたる発酵先進国!なかでもディープだと噂の長野県須坂(すざか)市に注目です。

登場するのは、信州の伝統的な発酵食品を手造りする蔵須坂の気候や土壌に惚れ込んだ新進気鋭のワイナリー地元では知らぬ者のいない老舗酒蔵……須坂に根付く発酵カルチャーに迫ります。

 

須坂だからできる、天然醸造の信州味噌
「糀屋本藤醸造舗」

県土の8割が山地の長野県。海はなく、山に囲まれ、冬は雪にとざされるこの土地では、古くから発酵を利用した保存食が親しまれてきました。

たとえば漬物です。

この地域では、各家庭で自家製夏野菜を浅漬けでさっぱりと漬け込み、近所で持ち寄り味の比較をすることも。お茶請けだって、お菓子ではなく漬物が何種類も出てくるんだとか。それぐらい、漬物(=発酵食)が根付いているんですね。

そして何より、長野県の発酵食で忘れてならないのは、国内の味噌生産量・日本一を誇る信州味噌でしょう。

味噌の決め手は、麹づくり。

そもそも味噌とは、麹と大豆と塩を混ぜて、発酵・熟成させたもの。米からできた麹を使えば米味噌に、麦麹を使えば九州でおなじみの麦味噌に、豆麹を使うと八丁味噌になるわけです。

信州味噌は、山吹色がきれいなさっぱりした味わいの米味噌。スーパーでよくみかけるのも米味噌ですね。

信州味噌を代表する老舗みそ蔵のひとつ「糀屋本藤醸造舗」のはじまりは、近隣の家庭や酒屋さんにつくった麹(こうじ)を売ったり、原料であるお米を受け取り麹に加工していた麹屋さん。その歴史は、なんと明治2年創業!製糸工場が盛んだった頃、工女さんたちが買い物に出かけ、休日を楽しんでいた「劇場通り」と呼ばれる場所にありました。

オンラインにて味噌づくり教室も開催中。

米のまわりに麹の胞子が繁殖し、絡み合う。そうすることで、真っ白の綿のような美しい米麹ができる。その様子が米に花が咲いたようだから、糀(こうじ)という漢字になったのだとか。屋号などには、こちらの字が使われることが多いようです。

「味噌は米と大豆と塩からできるわけですが、それを混ぜて放っただけでは当然、味噌にはならない。つまり、いいお味噌ができるかどうかは、いい麹ができるかどうかにかかってくるんです」

と話すのは、糀屋本藤醸造舗の4代目・本藤浩史さん。

麹をつくることを「花つけする」と言ったりもするそう。洒落てますな。

須坂市には、糀屋本藤醸造舗をあわせて4つ(ちょっと前までは5つあったそう)のみそ蔵がある。それほど大きくないこの町に、いくつもの蔵がそろうには理由があるのでしょうか。

「須坂は、気温が麹づくりや味噌づくりに最適だと思います。麹が繁殖するにも、味噌が発酵するにも、温度差が重要なんですよ。うちの蔵ではエアコンを使ったり、温度調整はせずに天然醸造をしています。須坂でしか出せない味があるんです」

大変だけど続けたい。
木桶と手作業にこだわる理由

この木桶は酒蔵さんから譲り受けたもの。味噌屋さんが使ったあとは、醤油屋さんに渡り醤油づくりに使われるそう。

糀屋本藤醸造舗のトレードマークとも言える木桶で、熟成される味噌には、木桶にしか出せないまろやかさと味わいがあります。

一方、木桶を傷つけないようにするため、中に味噌を入れる・中から掘り出す作業はすべて手作業。

はしごに登りながら、ひょいっと持ち上げた漬物石の重さは9kg。

「機械を使うと、木桶を傷つけてしまう可能性があるでしょ。だから、スコップで何度も何度も味噌を掘り出すんです。下のほうは、だんだんやわらかくなっていくから、タライの上に立って掘らないと、足が味噌の中に沈んじゃいますからね。正直、腰にきますよ」

本藤さんはニコニコしながら話しますが、いやはや、想像しただけでも体がバキバキになってきた……。

手作業は大変だと話しながらも、木桶を使い続ける理由をたずねてみました。

「工場を自動化してビジネスを優先させることよりも、美味しい味噌を届けることがよっぽど大切なのは当たり前。どれほど手間がかかったとしても、自らの手を動かして目が届く範囲で責任を持ってつくりたいんです」

「塩こうじピザ」や「こうじアイス」も!
信州味噌はもちろん、漬物や麹をいかした「塩こうじピザ」や「こうじアイス」といった商品も展開中。贈り物にぴったりなギフトセットもあります。また、親子で参加できるみそ造りなど、体験型のイベントも注目です!

糀屋本藤醸造舗
住所:長野県須坂市大字野辺1366
TEL:026-245-0456
URL:528.jp

世界に誇れるワインを須坂から。
「楠わいなりー」

車を降りた瞬間に、ラベンダーのいい香りがしました。

須坂市で唯一のワイナリー「楠わいなりー」。オーナーの楠茂幸さんは、経歴がちょっとおもしろい。ちょっとというか、かなり魅力的な人です。

話し方や物腰、ブドウをチェックするときの柔らかい仕草とは裏腹な、バイタリティと行動力に圧倒されまくりでした。

気温・地形に恵まれた須坂で、
ゼロからブドウ栽培に挑戦。

ブドウの実は、ひと粒ずつ斑に色づいていくのだそう。

楠さんは、実家がワイナリーだったわけでも、農家だったわけでもない。その上、40歳を過ぎるまでは、海外駐在をするくらいバリバリ働く会社員だったそう。

「仕事柄、海外に行ったり会食したり、ワインを飲む機会は多かったので、勉強しているうちに興味をもったんです。ワインリストから選ぶときに、知ったかぶりはできないでしょ。知らないことをさも経験したかのように話すのは、忸怩たる思いがあって」

このあとも、楠さんのオフビートな笑いが続きます。

畑のブドウを見守る楠さん。

「父の看病がきっかけで20年以上勤めていた会社を早期退職して、地元の須坂に戻りました。そのあと2年間、オーストラリアのアデレード大学で、醸造学とブドウ栽培学の勉強をしました」

楠さんのタフネスはまだまだです。

「帰国後は、日本全国の降水量や気温などのデータを比較して、ワインづくりに好条件な土地を探していました。あのときにインターネットがあれば便利でしたね」

まず、ブドウの大敵は病気を引き起こす雨。そして、実がしっかりと密度濃く熟すためには、昼と夜の気温差があること、水捌けのいい土地であることが重要なんだとか。

「須坂は、雨が少なく、扇状地だから水捌けもいい。盆地で夜が冷えるので、昼夜の寒暖差もいい数値でした。地元である須坂が、ブドウ栽培にとても適していたんですね」

調べ尽くした結果、地元が最適だったなんて、なんと美しいオチでしょうか。

日本食に合うワインをつくりたい。

数ある中でも人気の高い、シャルドネとピノノワール。

「わたしがこのワイナリーをはじめた頃は、日本のワインといえば甘いものがほとんどでした。最近は、国内にもワイナリーが増えて、日本でもさまざまなワインつくられるようになりましたね」

楠さんがワインをつくるときのこだわりを聞いてみました。

「まず、良いワインをつくるためには、良いブドウをつくることからはじまります。その品種特性を出すためには、発酵温度とか管理が必要。そこに自分がどういうスタイルのワインをつくりたいかという考えを加える。原料とサイエンス、それからフィロソフィー。この3つは欠かせません」

理科の実験室のような、楠わいなりーの事務所。

「日本でボルドーやオーストラリアのような赤ワインをつくることは、気象条件が違うのでできないし、その必要はないですよね。日本でつくるなら、日本食にあうものをつくりたい。繊細な日本食の味わいを邪魔せずに、お互いを引き立たせ合うようなワインを目指しています」

楠わいなりーが、日本のワインカルチャーをもっと芳醇にしてくれそうな気がしました。

須坂の気候と土壌が生んだワインやシードルをお手軽に!
楠さんが造ったワインやシードルは、WEBからでも購入可能。ジュースやフルーツも販売しているので、誰もが楠わいなりーの、須坂の、実力を味わえます。

楠わいなりー
住所:長野県須坂市亀倉123-1
TEL:026-214-8568
URL:kusunoki-winery.com

伝統をアップデートし続ける。
「遠藤酒造場」

桜の名所である臥竜公園からほど近くに位置する「遠藤酒造場」は、創業150年を超える老舗の酒蔵。

600本もの桜が見事に咲き誇る春と、一面が真っ赤に染まる秋の年2回おこなわれる蔵開きには、近所の人から全国の日本酒ファンまで集まります。

お酒を愛する杜氏が造る日本酒

「直虎」と金賞を獲得した「渓流 大吟醸」

世界最大級のワイン品評会であるインターナショナル・ワイン・チャレンジの日本酒部門で金賞を獲得した「渓流 大吟醸」。

「甘さとコクがあって、口当たりもよいのが、うちのお酒の持ち味です。『渓流  大吟醸』は、フルーティーな香りとすっきりとした辛口のお酒なので、和食によく合うと思います」

と話すのは、遠藤酒造場の杜氏を務める高野伸さん。日本酒づくりの最高製造責任者でありながら、大学時代はウィスキーの蒸留所に就職を考えていた、SNSにはクラフトビールの写真ばかりポストしているなど、おちゃめなのんべえエピソードが飛び出しました。

「見ていただいたほうが伝わると思うので、実際に蔵を見ていってください」

酒蔵見学はじまり、はじまり。

タンクに入れて発酵させている。日本酒のあまい香りで満ちていました。

日本酒ができるまでの工程をかなり簡単に説明すると、

  1. 米を蒸して、米麹をつくる。
  2. 米麹に蒸した米、水、酵母菌を入れて「酒母(しゅぼ)」をつくる。
  3. 1週間ほど発酵させ、それを大きいタンクに移し、さらに米麹、蒸した米、水を入れる。
  4. 3の工程を、発酵の日数を変えながら3回くり返す。3回仕込み終わったものが「醪(もろみ)」です。
  5. 発酵させる(遠藤酒造場さんの場合、短いもので2週間、長いもので25日ほど)
  6. 搾る。
  7. 日本酒のでき上がり!
この機械で搾る。メーカーの名前から「ヤブタ式」と呼ばれる搾り方。

さて、4の工程で、3回に分けて仕込むのはなぜでしょう。

「1〜3回目までそれぞれに名前がついています。その違いは、量が増えていくこと。一気に量を増やしてしまうと、酵母が雑菌に負けてしまうんです。これを腐造(ふぞう)って言います。もちろん失敗したことはないですよ!」

入っているのは、米と水と酵母菌のみ。そこで大きな鍵を握っているのが、発酵と米麹です。遠藤酒造場の米麹は、杉で囲まれた部屋のなかでつくられています。

「杉って、呼吸するんですよね。湿気を逃してくれるので、麹をつくるのに最適な環境をつくってくれるんです。この部屋のなかで3日間お米に麹菌を繁殖させることで、米麹は完成します」

麹を仕込む部屋は、杜氏の高野さんとごく数人のみ入ることを許されている。

日本酒が須坂のコミュニティをつなぐ。

須坂の人たちにとって、お酒は大人のものだけではないようです。

「搾りが完了すると、たくさんの酒粕ができ上がるんです。お酒の種類によって、酒粕の香りや色も変わります。いま袋詰めしているのは『渓流』の酒粕です。ウリを酒粕に漬けるのは、須坂をはじめ北信地方(長野北部)の家庭で盛んな食べ方みたいですよ」

漬けたウリは、食卓に並ぶのはもちろん、お茶請けとしても楽しまれる。発酵文化が根付いていますね。

日本酒づくりに使われる道具たち。
工場では、毎年3月と9月に蔵開きがおこなわれる。

町内会の集まりや、お祭りの打ち上げなど、地域の人が集まるときには、必ず遠藤酒造場のお酒が並ぶ。蔵開きをはじめ、遠藤酒造場は須坂にとって、大切なコミュニティのひとつのようです。

「渓流 大吟醸」のオリジナル「渓流」は、6代目の現当主と先代の杜氏がつくった日本酒。これまでの伝統に、高野さんの意匠が加わって、今回の金賞受賞となったそう。

「彗(シャア)」シリーズなど、常に新しい挑戦をし続けている遠藤酒造場から目が離せないです。

地元で愛され、世界で評価される日本酒
文中にも登場する「渓流 大吟醸」をはじめ、遠藤酒造場のラインナップはWEBでも販売中。また、美容の観点から人気沸騰中の甘酒にも注目。遠藤酒造場の甘酒は、酒粕ではなく米と米麹でつくっているためノンアルコール。デイリーに楽しむのにぴったりです。

遠藤酒造場
住所:長野県須坂市大字須坂29
TEL:0120−117−454
URL:www.keiryu.jp

この記事でフィーチャーした「糀屋本藤醸造舗」「楠わいなりー」「遠藤酒造場」は、あらためて長野県須坂市にあります。ただし、発酵カルチャーは、須坂という街の魅力のひとつ。この街には、歩いてみないと気づかない魅力的なスポットやモノ、そしてヒトが!

そんな須坂は現在、街全体を博物館ととらえて、あらゆるところで文化財に触れたり、ローカルな文化を感じられる「まるごと博物館」を打ち出しています。

この街の魅力をもっと知りたい方は、下のボタンからぜひ一度チェックしてみてください。きっと「おっ、こんなところがあったんだ」と須坂に興味がわいてきますよ。

→もっと知りたい