クリスマスのロンドンで起きた「運命の石」をめぐる争奪戦
何気ない一日に思えるような日が、世界のどこかでは特別な記念日だったり、大切な一日だったりするものです。
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700年ぶりに「スクーンの石」が
スコットランドに返還された日
今から27年前の1996年7月3日、英国からスコットランドにある石が返還され、両国では大きなニュースとなりました。
もちろん、ただの石じゃありません。ストーンヘンジの巨石でもありません。それは、「スクーンの石」と呼ばれるもの。じつに700年ぶりにスコットランドへと戻ってきた、運命の石(Stone of Destiny)とも呼ばれる重さ約152kgの石。
今朝はこのスクーンの石についてのお話です。
まずは、この石にまつわる英国とスコットランドとのあいだに起きた歴史から話をはじめていきましょう。
伝承によると、もともと石は聖地パレスチナにあり、聖ヤコブが休んだ枕だったとか、頭に乗せたといった言い伝えがあるようです。聖地からエジプト、シチリア、スペインを経てアイルランドへと到着しました。
それを西暦500年ごろ(現在の)、スコットランドへと持ち込んだのが、ダルタリア王国(スコットランド西部に建国した王国)初代国王となるファーガス・モー・マク・エルク(ファーガス1世)。
石はダルタリア王国の首都スクーンの宮殿へと移され、以来スコットランド王家の守護石とされてきたそうです。歴史的に代々の国王はこの石とともに即位式へと臨み、この石の上で戴冠の儀を執り行っていたそうですから、スコットランド人にとっていかにスコーンの石が重要なものであるかはお分かりいただけるでしょう。
その石がスコットランド独立戦争のさなか、英国人の手に渡ってしまうのです。
1296年、ブリテン島全島支配を目論みスコットランド侵攻を行なったイングランド王のエドワード1世によって戦利品として持ち出されたスクーンの石は、それからどうなったか?
ロンドンのウェストミンスター寺院へと運ばれ、エドワード1世の座る椅子の座面の下に設置されることとなりました。
スクーンの石がはめ込まれた王の椅子。のちの英国の王たちは戴冠用のこの椅子に座り戴冠を行うことで、自らがスコットランドの王でもあることを世に示し、スコットランド支配を強める象徴としたようです。
おもしろくないのはスコットランド人たち。そりゃ、そうでしょう。もともとは自分たちの歴史と文化の象徴だった石。それが敵対する英国にあるわけだから……。
さて、長くなりましたがここまでが前置きでして。ここから、スクーンの石をめぐって、誰もが予想していなかった大騒動が!
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時代はぐーんと現代に近づいた1950年のクリスマス。ロンドンじゅうが聖夜を祝うなか、ウェストミンスター寺院に4人の黒い影が。
グラスゴー大学に通うイアン・ハミルトンら学生メンバー4人のグループによって、スクーンの石はまんまと持ち出されてしまったのです。
行方不明となった石は翌年4月、スコットランド東部のアーブロース修道院の祭壇跡で発見されました。この場所は1320年にスコットランド独立を宣言(アーブローズ宣言)した同国ゆかりの場所。
石はふたたびウェストミンスター寺院へと戻されましたが、一連の事件を警察はスコットランド人の仕業と断定。捜査を続けるなかで浮上したのが、くだんの学生4人。実行メンバー全員が事情聴取を受け、イアン以外の3名は自白し罪を認めたそうです。
と、本来ならば全員逮捕となるところですが……当局は政治問題へと発展することを恐れ、起訴をとりやめたのです。
情状酌量に近い起訴取りやめの決断に、議会で演説した英司法長官で法廷弁護士のハートリー・ショークロス卿はこう説明しました。
「寺院からの秘密裏の石の撤去と寺院の神聖性を無視した行為は、イングランド、スコットランド双方において、大きな悲しみと侮辱を引き起こした許されざる行為である。が、公共の利益を考えれば、刑事訴訟の必要はないと判断する」。
全員処罰することで、スコットランド独立運動に火がつけば、間違いなく政治問題へと発展する。それこそ厄介とばかりに、罪を憎んで人を憎まずの判断を下した、というわけ。
稀代の大泥棒となるはずが一転、イアンら4人の実行メンバーは、愛国心あふれる若き英雄としてスコットランドで称えられる存在になったとか、ならなかったとか。
そうそう、この事件をモチーフに映画もつくられているんです。『Stone of Destiny』お暇なときにでもご覧になってみてください。彼らがどのように計画し警備の目を掻い潜って寺院に侵入したかがわかりますよ。
最後に、現在スコットランドへと返還され、エディンバラ宮殿に安置されているスクーンの石ですが、2024年開館予定のパースにある博物館(スコットランド王立や軍隊に関する資料が集まる)へと移され、最重要資料として展示保存されることになるそうですよ。