「自己管理って、じつはすっごいおもしろい“遊び”なんじゃないかな」マンガ家・タナカカツキ インタビュー
「ととのったーっ」の名台詞でお馴染み、現在のサウナブームを巻き起こした&牽引する名著『サ道』の作者であり、カプセルトイ「コップのフチ子」シリーズの原案者、そして、水草水槽の愛好家が集う「世界水草レイアウトコンテスト(IAPLC)」で世界第4位(国内第1位)の実力を誇る、天才クリエイター・タナカカツキ氏。
2022年1月に上梓した一冊『今日はそんな日』で、氏はこう語る。「私は快楽を極める求道者であり 快楽学の研究者でもあった(そんな学問はないが)」──。
究極の快楽を求め続け、稀代のクリエイターが辿り着いたライフスタイル、それは「スーパールーティン」。
クリエイションとルーティン。決して同じ地平に存在するとは思えないこれらが交わるとき、人はかつてない快楽を味わえるという。
タナカカツキ氏に学ぶ、スーパールーティンの世界。
1966年大阪うまれ。1985年マンガ家デビュー。著書には『オッス!トン子ちゃん』『サ道』、天久聖一との共著「バカドリル」などがある。カプセルトイ「コップのフチ子」の企画原案なども手がける。
多才にして奇才。
クリエイター・タナカカツキとは?
──まず、簡単に自己紹介をお願いできると……。
はいはい、そうですね……マンガ家ですね。え~アンダーグラウンドな、おいぼれマンガ家でございます。
マンガでデビューしまして、売れたらそのまま忙しく漫画家の生活してたと思うんですけど、鳴かず飛ばずだったんで、いろんなことしたんですよね。フジテレビの「笑っていいとも!」の構成ブレーンとか、コンピューターが好きになって、CGで映像作品作ったりとか。
あとはCDのジャケットとか、アーティストのアートディレクションとか。10年くらい前にガチャガチャのカプセルトイの「コップのフチ子」っていうのを、企画、原案、デザインやらせていただいて。
そこからは、もうサウナかな。サウナのエッセイからはじまって、今はマンガ描いてるっていう。
──あとは“水槽”も。
うん。11年、12年ぐらいになりましたけど、水槽のなかに石とか流木とか水草とか、魚も入れて、水槽のなかに小さな生態系を作るっていう競技「世界水草レイアウトコンテスト(IAPLC)」っていうのがあって、
毎年80ヵ国ぐらいから2600以上の応募があるんですけれども。私、最高位は世界4位なんですよ。
──......すごいですね。
うん。で、日本では1位。去年1位。でもね、ぜんっぜん話題になんないんですよ。
──(笑)
日本でいちばん獲ってんのに......。80何カ国が参加してる世界コンテストなんて、あんまりないですよ?めちゃめちゃグローバルなコンテストなんですけど、めちゃめちゃアンダーグラウンドなんですよね。
──なるほど。つまりは“アンダーグラウンドな世界に生きる超多才なマンガ家”っていうことでよろしいですか?
多才かどうかはわかんないけど、数打ってるって感じはしますよね。誰の目にも触れないリリースをいっぱいしてるオッサンっていう感じ。
稀代のクリエイターの一日。
それは早朝4時の起床から......。
──今年1月に発売された著書『今日はそんな日』で、カツキさんはご自身の“スーパールーティン”な生活スタイルについて書かれていますが、いったいどんな一日を過ごしているんでしょうか?
えっと、まず、4時に起きます。
4時に起きて、湯を沸かして、コーヒー淹れて、窓を開けて......完全固定です。全部の動線を書き出して、固定。そのあとにやる項目も、全部決まってます。
20分から25分くらいのことをひとつのセットとして次の項目に移る。で、1日のなかに、だいたい20分のやるべきことが、20項目から22項目。
そうすると、だいたい12時に終わるんですよね。4時にスタートして、12時に終わる。
──ひとつの項目を20分に設定している理由は?
“疲れるまえにやめる”ためですね。自分は30分超えたあたりから注意力散漫になるんですよ。なので、疲れるまえに切り上げる。それが、私の場合はだいたい20分なんですよ。
──なるほど。あと、マンガ家さんやクリエイターの方というと“夜型”が多いイメージもあるんですが......。
私もね、20代はずーっと夜型でした。基本的に朝になって眠る生活。子どもが生まれる30代の中盤あたりまではずっと夜派ですね。
たしかに、マンガ家とかクリエイターって、不摂生してね、締め切りに追われてみたいなイメージってあるんですけれども、調べれば調べるほど、長きにわたって作家でいる人って、ちょっと特徴的かなぁって気がするんですよ。
不摂生して、何時間しか寝てないとかいわれる人ってね、結構やっぱり早く死んじゃう。で、老年期になってもご機嫌にマンガ描いてる人っていうのはね、すごく朝型で規則正しい生活をしてるってことがわかってきて。
──へぇ、そうなんですね。
うん、「なんか全然イメージと違うなぁ」と。
たとえば、私が子どものころにいちばん不思議だったのが、藤子・F・不二雄先生。『ドラえもん』を描いてる先生の1日のスケジュールが何かの雑誌に載ってたんですよ。
まずね、すごい早くに起きてて、電車に乗って仕事場にいってるんですよ。それも決まった時間に。で、喫茶店へいってアイデアを考えて、また事務所に戻ってっていうのを、すごい規則正しくやってて。
で、夜は家にちゃんと帰って、家族と夕飯を食べてみたいな、なんかサラリーマンをイメージするような1日のスケジュールが書いてあったんですよね。「なんでマンガ家なのに、起きる時間とかぴったり決まってて、徹夜もせずに家に帰ってるんだろう?って、『ドラえもん』の人は」とか思いながら。
──(笑)
それからプロになってみて、いろんな諸先輩方に「どこでアイデア考えたりします?」とか「どんな生活してます?」とか聞き回った時代があって。
そうしたら、楳図(かずお)先生は決まった時間に吉祥寺あたりをウォーキングし、水木しげる先生も生活のスタイルがルーティンなんですよね。いつも歩いてるコースがあって、途中にある本屋に立ち寄って、おはぎを買って帰るとか。
そういうものが頭の隅にずぅ~っとありながら、私は不摂生をずっとしてたんですよ。夜は集中できるし、制作が捗るなぁ~って。
でも、あるときに思ったんですよ、「......これ、はたして本当にそうなのか?」っていうね。
スーパールーティン生活で
感じる「心地よさ」とは?
──朝から決まった内容を決まった時間でこなすルーティンな生活スタイルに変えたことでどんな変化が?
まず、スーパールーティンのキモは“意思決定の数をとにかく減らしていく”ってことにあるんです。意思決定って、とにかく脳に負担がかかる。だから、その脳の負担を極力減らすことがポイントになるんですね。
それで、生活にルーティンを取り入れたことで“感情に揺さぶられない”ということがわかったんですよ。
昔は、たとえば作画作業とかアイデアを考えたりするときに“やる気”を待ってた。机に座ってペンをもって、資料とか探して、「あ、今、やる気出てきたな」って感じてからやるとか。でも、それって逆だったんだなって。
──“逆”とは?
ものを作るっていうのは、やる気や感情に任せてやるんじゃなくて、感情を自分で制御しながら、あるいは無視してやるべきことをやる。で、やってたら、やる気がついてくるっていう。
脳の仕組みとしてあるらしいんですよね、“作業興奮”っていって、脳の側坐核(そくざかく)に刺激が入って、すごくやる気が出ちゃうっていう仕組みが。
たとえば、自転車がパンクしたと。面倒くさいなぁと思いながらも空気を入れてたら、だんだん興奮してきて、タイヤをパンパンにして、なんなら隣に停まってる人のもパンパンにしたくなるみたいな。
つまりはスーパールーティンって、創作とかクリエイションに携わる人こそが取り入れるべきスタイルなのかなぁと思いますよね。
──ちなみにお昼の12時以降はどんなふうに過ごしているんですか?
12時にはじめて食事を摂って、雑務をこなして、14時ぐらいにはサウナ施設にいると。それからサウナ入ったり、友だちと語らったり、サウナ施設で会議したりで16時くらいに家に帰って、17時からはVRで卓球ですよね。
──卓球......ですか?
世界戦で、オンラインで。1年と10ヵ月ぐらい毎日続けてるんですけど、ゲームとはいえ、やっぱりね、とてつもなく上手になる。そして、すごく汗もかく。1年と半年くらい、1時間やってたら体脂肪が半分の一桁になっちゃったんですよね。「あ、これやべぇ」ってなって、今、40分にしてるんですよ。そしたら体脂肪が10とか11くらいで平均してるっていう。
ま、これもスーパールーティンのひとつだし、“実験”のひとつですよね。
「アイデアと移動距離は比例する?」
タナカカツキの答え
──クリエイターのなかで定説のように語られる高城剛さんの「アイデアと移動距離は比例する」という言葉がありますが、生活をルーティンにすることでアイデアが枯渇することは?
移動距離については、かつては手広く積極的な人っていうのは移動距離が比例してたと思うんですよね。
それで、私が今やってるルーティンな生活っていいうのは、自分のなかでは「新しい場所にいってる」っていう感じするんですよ。だって、やったことないもん、昔からしたら。今は4時に起きて、やることを全部固定するなんて、どっかの国にいっちゃってるって感じするんですよね。「相当な距離あるぞ」って。
で、アイデアって、リラックスしてたり心地いい状態にないと出てこないと思うんですよね。交感神経が立ち上がってる状態って、アイデアが全然出てこないですよ。それよりも、お風呂上がりとか、リラックスしてる状態のほうがアイデアは湧いてくる。
じつは物理的に移動してるときってリラックスしてて、歩きでも電車でも自転車でも、同じような動きをずっとしてると、脳からセロトニンっていうのが出て、気持ちが静かに広がっていくっていう。そこでアイデアが出るっていうのはあるんですよ。
だから、移動距離とアイデアっていうのは、わかる話ではあるんです。
要は「リラックスするからでしょ」って。
移動することによって人は知見も広がるだろうし、別の角度から物事をみれたりもするだろうけど、移動中はリラックスしてものを考える機会が増えますからね。
──なるほど、たしかにそういう解釈はできそうですね。ちなみにカツキさんは人生の指針とかプリンシプル(原理原則)のようなものは?
......難しいじゃないですかぁ、なんですかぁ、もう。
私はマンガを仕事にしてるっていうこともあるんですけど、アイデアを出さないとならないんですよ。さっきの話にも関係しますけど、アイデアって、やっぱり気持ちがリラックスしていないと出てこない。
だから「いかにリラックスするか」っていうチャレンジをやってるっていう感じなんですよね、実験と検証を。
サウナもそのひとつだし、ルーティンもそのひとつなんですよ。「自分が心地いいって感じることにフォーカスしていったら、どんな1日になるんだろう?」って。
未来のクリエイター、
そしてMZ世代に贈るメッセージ
──では最後に「TABI LABO」読者のクリエイターやミレニアルズ、Z世代にメッセージをいただけますか?
家で仕事する人とか、会社に依存せずに自分で仕事する人とか、今後はもっと出てくるってなると、自分を管理するということが必要な最小限のスキルになってくると思うんですよね。
つまりは“自己管理能力”ってことなんですけど、その“自己管理”っていう言葉が、今はまだちょっとプレッシャーがあるっていう、「ちゃんとしなきゃいけない」みたいな。
努力とか継続が必要とかいわれちゃうと、ちょっと気持ちが萎えてくるでしょ?
でもね、自己管理って、じつはすっごいおもしろい“遊び”なんじゃないかなって思ってるんですよね。
スーパールーティンを遊びとして捉えて、その効果を体感しながら、自分を改造して楽しむ。“管理”に代わる言葉があればいいなぁとは思っているんですけどね。
それから、いよいよ1日中ず〜っと遊べる時代がきたのかなと思うんですよ。
昔はね、役割社会っていうのがものすごく大きかったですから、何かに所属して、何かに指示されて、自分の体力と時間を差し出して生きていくみたいなことをずっとやってたと思うんですけど、そこからだいぶ解放されて、これから自分でかなりコントロールできるような時代がやってくると思うんです。
だから、いろいろいわれてはいるけど、楽しい時代になると思いますよ、これから、きっと。
【NEWS】
【著者】タナカカツキ
【出版社】BCCKS Distribution
【発売日】2022年1月6日
【内容】朝4時起床、昼までのタスクは静かに淡々と。自分に甘く、どこまでも快適を求めた著者が辿り着いたスーパールーティンの生活。時間に支配されることで成果をもたらした創作メソッド。自己管理こそ最高の遊びだ!タナカカツキ描き下ろしコミック。