飢餓が存在しない島。サーモンの営む大地にて

カナダ北西に浮かぶハイダグワイ──。

そこは、1万年以上前から先住民ハイダ族の暮らす離島。文明から一歩距離を置いた手付かずの自然が残るこの土地に写真家・イラストレーター上村幸平さんは移住を決意しました。

「自然との関わりの中での人間らしい営み」をテーマにZ世代の価値観で捉える最果ての地。自然とともに生きる人々を追う連載企画です。

上村幸平

カナダ北西に浮かぶ先住民の島・ハイダグワイ在住の写真家、イラストレーター。1998年大阪生まれ、早稲田大学卒業。「自然との関わりの中での人間らしい営み」をテーマに、身体で世界を知覚しながらヴィジュアルの力を使ってストーリーを伝えています。近況はnoteから。

@siroao

サーモンに会いたかった──。

この大地を営む“主人”にどうしてもお目にかかりたくて、数個のルアーをポケットにつっこみ、釣竿と網を手にサーモンの躍る川へ駆け出した。

©Kohei Uemura

ハイダグワイの位置と地形を地図で確認すれば、一目で本来人間が住むのに適していない土地だと察しはつく。大陸本土から離され、急峻な山岳地形と複雑な海岸線をもつ列島群。農耕はまず難しそうだ。

おまけに北米有数の多雨地域であり、雨が窒素をはじめとした土壌の栄養素を洗い流してしまう土地である。不毛な土地に違いない。

それにもかかわらず、この地には世界有数の巨木を誇る豊かな森が広がり、1万年以上も前からハイダ族が独自の文明を築き上げた。その謎を紐解くカギは、サーモンがつなぐ海と大地の有機的な繋がりにある。

©Kohei Uemura

サーモンは生まれた川に回帰する。川の水の中で生まれた彼らは海に出て何年かを過ごした後、命をかけて川を遡上し、産卵して力尽きる。

ヴィクトリア大学の生物学者トーマス・ライムケンは、ハイダグワイの地の豊かさの根源を海へと辿り、このサーモンの営みこそが、ハイダグワイの生態系に肥料・養分・食べ物としての窒素をもたらしているのだということを突き止めた。

サーモンは2年から5年間の海での生活で、たっぷりと食事をして養分を溜め込んでいく。この時のサーモンの体に豊かに蓄積されるのは、地上のものとは異なる海洋性の窒素だ。川に帰ってきたサーモンをワシやクマ、オオカミが食べると、海洋性の窒素が島のいたるところに食べ残しとして、そして排泄物としてばら撒かれる。サーモンの命をふり絞った遡上が、陸上の動物たちに豊かな食料をもたらし、ベリーにたわわと実をつけ、生命の満ちた森を作りあげる。

©Kohei Uemura

この島において飢餓というものが存在しなかった、というのがハイダ族の神話世界や芸術が花開いた大きな理由である。

サーモンがつなぐ海と大地のダイナミックな窒素循環は、常に人々の腹を満たした。森に分け入ればキノコとベリーがそこかしこに気前よく座しており、数えきれないほどの薬草は儀式や医療に使われていた。干潮時に海岸に繰り出せばホタテやウニ、タコやカニで簡単にバケツはいっぱいになり、サーモンやマグロ、カレイは燻製・乾燥され、保存食として各家が蓄えていた。

ハイダ語に「飢え」に関する言葉はない。飢餓という概念も言葉も持たなかったことから、いかにこの島の文明が「食料の不安」から解放されていたかを見てとることができる。だからこそ、彼らには時間があった──ポールを彫り、物語を編み、文化を耕すための時間が。



「コーホーのジャンプ、今日はどう?」

9月に入ると、挨拶がわりにサーモンの遡上情報が交換される。秋、ハイダグワイに流れる幾つもの河川はコーホー・サーモン(銀鮭)で溢れかえる。意を決したかのような眩い銀の魚体を空中に翻し、彼らが宙を舞う。村人たちが待ちに待ったコーホー・シーズンの幕開けだ。

©Kohei Uemura

僕も町で釣りライセンスを購入し、釣具屋の世話焼きなおじさんの勧めでスプーン型とスピナー型のルアーを手に入れる。竿とネットを抱えて家のすぐ向かいを流れる川に向かう。いつもは鏡のように静かな川面を、大きな魚たちが飛び跳ね、掻き回している。コーホー・サーモンだ。小さい頃、九州の山奥で祖父とハエ釣りをしたときの興奮が蘇る。隣の釣り人の見よう見真似で僕も竿を繰り出す。

分かっていたことではあるが、サーモン釣りはそんなに簡単ではない。蚊にうんざりしながら数時間ルアーを投げ続けているのに、一向にサーモンは食いついてくれない。目の前では、彼らはあざ笑うかのようにそこかしこに飛び跳ねているのに、僕の後にやってきた2人の釣り人は、程なく2匹づつ釣り上げてスマートに帰って行ったのに、僕のところにはそれらしきアタリすらない。1日目、そして2日目は失意のうちに過ぎ去って行った。

©Kohei Uemura

サーモン釣り3日目の夕方。今日こそコーホーを1匹でも釣り上げたい。友人が2匹釣ったという岩の上で辛抱強くキャストしていると、岸から5メートルくらいの場所でゴツンと竿が引かれた。大きな魚影が見える。これまでに体感したことのない力強いファイト。間違いなくコーホー・サーモンだ。

ドラグが唸る。あくまでフックを外さないように走らせる。子孫を残すべく生まれ育った川を命がけで遡上しにきただけあって、彼らもなんとか針を外そうと頭を縦横無尽に振り回す。とはいえ、こちらも食料がかかっているので情けはかけられない。おそらくは1〜2分ほどのファイトだっただろうが、20分ほどに感じさせる時間の末、軍配は僕に上がった。

©Kohei Uemura

浜に上がった魚を石で打って気絶させる。うっすらとピンク色の乗った銀模様が美しい。

彼らの命をかけた帰郷が、ハイダグワイの豊かな森林と海洋の生態系を構築し、ハイダの文明を開花させる要因の一つとなった。この島を巡る物語の主人公のひとりに、ようやく対面できてとても嬉しい。ありがとう、ありがとう。



大きなナイフを使ってサーモンをさばく。頭や骨は炭火焼きにするために残しておき、内臓はワシやワタリガラスといったご近所さんにお裾分け。

脂の乗った美しい切り身をどう調理しよう。たっぷりバターを使ったムニエルも捨てがたいし、タレの染み込んだ照り焼きも外せない。しかし日本人として、いくら丼として頂くのが礼儀だろう。

©Kohei Uemura

筋子はていねいにほぐして醤油漬けにし、切り身は下処理をして刺身にする。なけなしの日本米を厳かに炊き上げ、好みの酢加減で寿司飯にする。

舞台は整った。刻みのりを米に散りばめ、刺身を敷き詰める。そして、宝石のごとく輝くいくらを贅沢にトッピングすれば、ハイダグワイ産「銀鮭のいくら丼」の完成である。

©Kohei Uemura

程よく肥えたサーモンはあくまでまろやかな旨みを口いっぱいに広げ、気品に満ちたイクラは絶妙な海の香りで口腔を刺激する。

自分の生活する場所で、自分が釣り上げた魚で、自分自身のために丁寧に仕込んだ一杯のどんぶりを喰らうという満足感に浸る。そうしていると不思議なことに、急にこの島の自然が一歩近くなったような感覚がした。

きっと、人はその地に息づく生命を身体に取り込むことで、その地により根源的に近づくことができるのであろう。自身が生きる大地のものを喰らうということは、大いなる自然との交歓だ。食べるという行為は本能的かつ快楽的な営みであるとともに、本来はスピリチュアルな行為でもあったのかもしれない……。

©Kohei Uemura

僕の夕食のために、命を差し出してくれたサーモンに感謝と敬意を込めて美味しく頂きながら、そんなことを考えていた。

丼をたいらげた時には、外はすでに闇に満ちていた。永遠に続くような1日をもたらした夏はとっくにどこかへ行ってしまった。積み上げられた薪は秋の深まりを伝え、ときおり頬を刺す冷たい風は来たる冬の気配を少しづつ感じさせ始めている。

 

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Top image: © Kohei Uemura
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。