麻薬王の遺産「コカイン・カバ」が突きつける、SDGs時代の自然との共存
南米コロンビアで、予期せぬ“遺産”が環境問題の火種となっている。それは、麻薬王パブロ・エスコバルが遺した、160頭にも及ぶ巨大なカバの群れだ。
事の発端は1993年、エスコバルの死後、彼の私設動物園から逃げ出したわずか4頭のカバ。外来種である彼らは、コロンビアの豊かな自然のなかで爆発的に繁殖し、今や生態系を脅かす存在になっているという。「MIT Technology Review」によると、その食欲は驚異的で、1頭あたり毎晩500kgもの植物を食い荒らしてしまうらしい。
「絶滅動物の亡霊」が問いかける、人間の責任
この“コカイン・カバ”の事例は、近年注目を集める「再野生化」という環境運動の難しさを浮き彫りにする。人間の手を加えることで自然を回復させようという試みは、一見、倫理的に正しい行為のように思える。しかし、その実態は複雑だ。
たとえば、モーリシャス沖の島では、かつて絶滅したゾウガメの代わりに、アルダブラゾウガメを導入する試みが行われている。遠い親戚とはいえ、別の種を「代理」として置くことは、果たして自然本来の姿と言えるのだろうか。
『The Book of Wilding: A Practical Guide to Rewilding, Big and Small』の著者であるイザベラ・ツリーと自然保護活動家チャールズ・レイモンド・バレルは、安易な代理種の導入に警鐘を鳴らし、「滅亡した大型動物の亡霊を、心の中で思い描いてほしい」と訴えかける。
SDGs時代のジレンマ
自然保護と経済活動のバランス
世界がSDGsの達成に向けて動き出すなかで、環境問題への関心はかつてないほど高まっている。しかし、皮肉にも、環境保護を目的とした活動が、新たな問題を引き起こす可能性もある。
例を挙げれば、環境保護のために森林伐採が規制された結果、木材価格が高騰し、貧困層の人々が違法伐採に手を染めてしまうケースも報告されている。環境保護と経済活動のバランスをどのように取るのか? コカイン・カバ問題は、私たちに重い課題を突きつけている。
「自然との共存」を問い直す
現代社会において、「自然」はともすれば人間にとって都合の良いように解釈されがちだ。しかし、本来、自然とは人間の制御を超えた、複雑で予測不可能なものであることを忘れてはならない。
コカイン・カバ問題を通して、私たちが学ぶべきことは、「自然のために何かをする」という一方的な視点ではなく、「自然とどう共存していくか」という姿勢が重要だということ。環境問題への意識の高まりは喜ばしい。そのいっぽうで、私たちは今一度、自然に対する謙虚な姿勢を思い出す必要があるのではないだろうか。