すべての収蔵品に光を当てる、ロンドンV&Aの革命。見せる収蔵庫が拓く博物館の未来

博物館の「舞台裏」という言葉には、特別な響きがある。通常、来館者の目に触れることのない収蔵庫や保存修復の現場は、専門家だけが立ち入りを許された聖域だった。

その常識を根底から覆す、野心的な文化施設がロンドンに誕生した。ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)が新たにオープンした施設は、収蔵庫の扉をすべての人に開け放つ。

博物館として設計された保管施設『V&A East Storehouse』

ロンドン東部に姿を現した『V&A East Storehouse』は、V&Aが所蔵する約25万点のオブジェクト、917のアーカイヴ・コレクションを収める巨大な施設だ。

その誕生のきっかけは、既存の収蔵庫が売却されるという現実的な必要性にあった。

しかし、V&Aはこの大規模なコレクション移転を、単なる引越しでは終わらせなかった。これは、「来館者が見学することを前提に設計された、まったく新しい形の保管施設」を創出する機会となった。

そのコンセプトは、来館者が自ら収蔵品の森を散策し、自分だけの物語を発見する場を提供すること。完成された展示を一方的に鑑賞する従来の博物館とは、一線を画す体験がそこにはある。

誰でも、理由なく、本物と対峙できる権利

この施設の最も革新的な側面は、おそらく「Order an Object」サービスだろう。来館者は、研究者や専門家である必要はない。

資格や理由を一切問われることなく、デジタルカタログで気になる収蔵品を検索し、最大5点を「仮想の木箱」に入れて予約するだけで、後日その実物を間近で見る機会を得られる。

V&Aの担当者、ケイト・パーソンズ(Kate Parsons)氏は、このサービスの目的を「この場所にあるすべてのオブジェクトの、すべての部分への、意味のある公平なアクセス」を提供することだと語る。

家具職人なら引き出しの裏側を、衣装デザイナーなら3,500足ある靴の縫製を、あるいは「ただ幸せな気持ちになるから」という理由で、誰でも本物と対峙できる。

ガラス張りの保存修復スタジオや、フォークリフトが収蔵品を運ぶ作業風景が見えるガラスの床など、博物館の「働く現場」を可視化する試みも随所に見られる。

これは、文化遺産を守り伝える活動そのものを、人々と共有しようとする意思の表れにほかならない。

よりオープンな未来へ、博物館の進化は続く

「見せる収蔵庫」というコンセプトは、世界的な潮流となりつつある。オランダ・ロッテルダムにあるボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館の「デポ(Depot)」は、その代表例だ。しかし、V&A East Storehouseは、その規模と、誰にでも開かれたアクセスという点で、さらに一歩踏み込んだものといえるかもしれない。

この施設が提示するのは、博物館が情報や美を提供するだけの場所ではなく、人々が自ら探求し、創造し、対話するプラットフォームへと進化していく未来の姿だ。収蔵庫に眠っていた無数の物語が解き放たれ、来館者一人ひとりの手によって新たな文脈を与えられる。文化との関わり方が変わろうとしている。

Top image: © iStock.com / AndrewMaltzoff
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